第16話:夕暮れの展望台。当たり前だった名前と、消えない熱
いつも応援ありがとうございます!めびうすワークス代表のまりもちゃんです。
初デート編、ついにクライマックス。第16話の舞台は、夕陽に染まる「展望デッキ」です。
これまで何万回と呼び合ってきたはずの「名前」。
しかし、恋人として歩み出した二人にとって、その響きは全く別の意味を持ち始めます。
オレンジ色の光の中で、幼馴染という殻を脱ぎ捨てる瞬間の、甘く切ない空気感をお楽しみください。
ショッピングモールの最上階にある展望デッキ。
沈みゆく夕陽が、街全体を燃えるようなオレンジ色に染め上げていた。
映画館の暗闇から抜け出した私たちは、どちらからともなく、一番眺めの良いフェンス際へと歩み寄った。
「……綺麗ね」
「……ああ。今日、来て良かったな」
隣に立つ悠真の横顔も、夕陽に照らされていつもより大人びて見える。
繋いだ手からは、まだじっとりと熱が伝わってくる。
私の心臓は、デートが始まってからずっと、心地よいパニック状態を維持していた。
(……もっと。もっと彼に近づきたい。私たちが、もうただの幼馴染じゃないって証拠が欲しい)
幼い頃から、当たり前のように呼んできた「悠真」という名前。
けれど、恋人になった今、その二文字を口にするだけで胸の奥がチリチリと焼けるような感覚に陥る。
*
その頃、展望デッキの下の階にあるカフェ。
「……よし、最終局面。お兄ちゃん、今だ! 雰囲気は最高だよ!」
あおばが双眼鏡を構え、窓の外のデッキを監視している。
「あおば、声が大きい。……でも、確かにここが正念場だね」
みもりは『デリデリ』で買ったクッキーを齧りながら、冷めたコーヒーを飲み干した。
「作戦名:『サンセット・リ・ネーミング』。……今まで無意識に呼んできた名前を、これからは『愛称』として意識させる。幼馴染の殻を完全にぶち破る、精神的な調教よ」
二人の策士は、夕陽に照らされた「自分たちの作品」が完成する瞬間を、息を呑んで見守っていた。
*
「……ねえ、悠真」
私は勇気を出して、彼の袖を少しだけ引いた。
「……何、ほむら?」
「……さっきから、何度も私の名前を呼んでるわね」
「えっ? ……そりゃ、呼ぶだろ。いつも通りだろ?」
悠真が不思議そうに首を傾げる。
そう、いつも通り。それが今の私には、少しだけ物足りない。
「……違うの。今までみたいに、幼馴染として呼ぶんじゃなくて。……ちゃんと、あなたの『特別な人』の名前として、呼んでほしいの」
私は逃がさないように、彼の目を真っ直ぐに見つめた。
完璧な美少女としてのプライドが、彼の前でだけは甘い期待に変わる。
悠真は顔を真っ赤にし、何度も口を噤んだ後、意を決したように私の肩を抱き寄せた。
そして、耳元で、今までで一番低い、熱を帯びた声で囁いた。
「……ほむら。……俺の、大事な彼女。……大好きだよ、ほむら」
その響き。今まで何万回と聞いてきたはずの自分の名前が、彼の唇を通るだけで、世界で一番甘い呪縛へと変わる。
「……ええ。……もう一度、呼んで。私を、あなただけのものにして」
私は彼の胸に顔を埋めた。
夕暮れの光の中で、私たちの影は一つに重なる。
あおばたちの策に溺れ、自分の執念に振り回された初デート。
けれど、最後に残ったのは、名前という響きに刻まれた、逃げ場のない愛の証明だった。
展望台を吹き抜ける風が、私たちの熱をさらっていく。
けれど、握りしめた手の温度だけは、夜が来ても消えることはなかった。
(第16話・完)
第16話をお読みいただきありがとうございました!
「幼馴染」から「特別な人」へ。
名前という最も身近な言葉を、改めて「愛の言葉」として定義し直す。そんな、ちょっと背伸びをした二人の姿を描きました。
悠真の低い声での「ほむら」という囁き……。ほむらにとって、これ以上の「呪縛」はないでしょうね。
そして、下の階のカフェから双眼鏡を構えていた策士たち。
「サンセット・リ・ネーミング」という、いかにもみもりらしい作戦名とともに、彼らの初デート・プロデュースは一旦の成功を収めました。
あおばたちの「精神的な調教」が、今後二人の関係をどう加速させていくのか……。
次回、第17話は「冬の足音と、お揃いのキーホルダー ――初めてのペアアイテム」。
季節は進み、二人の手元には「証拠」が刻まれます。
引き続き、めびうすワークスの連載をお楽しみください!




