第二章 夜風
機械都市――夜の郊外。
少し寂れた宿のベランダで、
セレストは風に当たっていた。
生暖かい夜風が、頬を撫でる。
遠くには、機械都市の灯り。
瞬く光が、静かに揺れていた。
ぼんやりと、それを眺める。
(……大変でしたね)
地下の道中。
崩れかけのリリアの身体を、
運び屋がが何度も調整しながら進んだ。
止まっては直し、また歩く。
その合間にも――
リリアの質問は止まらなかった。
流行りのこと。
夢のこと。
自分たちの関係。
(……あんなに人のように、話すものなのでしょうか)
それに――
五十年以上前の依頼。
あの箱。
すべてが、どこか繋がっているようで――
「……」
思考が、ゆっくり沈んでいく。
「黄昏れてるね、セレ」
不意に、声がかかった。
振り向くと、運び屋が立っている。
片手に、瓶を二本。
「飲むかい?」
「ありがとうございます」
差し出された瓶を受け取る。
ひんやりとした感触が、手に心地よい。
栓を開けると、軽い音。
炭酸が、わずかに弾けた。
「リリアは?」
「今、充電中」
日向は軽く肩をすくめる。
「女将さん、いい人で助かったよ」
「こういう宿ってさ、
古いものもちゃんと残してるんだよね」
二人は並んで、夜風に当たる。
一口、飲む。
炭酸が喉を抜ける。
「……ところでさ」
日向が、何気なく切り出す。
「もう一人の聖女さんって、どんな人なの?」
「……ソレイのことですか?」
セレストは少しだけ考えた。
「そうですね……」
夜の向こうを見ながら、言葉を選ぶ。
「ソレイは、あまり喋らないんです」
「でも……家族には、すごく懐いていて」
少しだけ、口元が緩む。
「他の人には、あまり近づきませんけど」
日向が、へえ、と相槌を打つ。
「私が八歳の頃です」
「父が巡礼先から、連れてきました」
「えっ、それって大丈夫なの?」
運び屋は唖然とする。
「元の家族とか……」
「もう、いませんでした」
セレストは静かに答えた。
「その地域の人たちで、子供たちをまとめて育てていたようで……」
「正直、いい環境ではなかったと」
少しだけ、視線が落ちる。
「……本人から、聞きました」
「……そっか」
日向は短く呟いた。
少しの間。
風だけが流れる。
「でも」
セレストが、続ける。
「最初は、私たちにも全く心を開いてくれませんでした」
「まあ…そうだよね」
「はい」
小さく頷く。
「そもそもソレイの法力は
一目でわかるほど凄かったと」
「父が言っていました」
「正直当時の私も嫉妬しました」
「でも――」
一度、言葉を切る。
「いじめられているところを見て……」
「気づいたら、身体が動いていました」
「それから、ずっと一緒にいるようになって」
「最初は嫌がられていましたけど」
「……隣にいることを、許してくれました」
セレストは、少しだけ微笑む。
「父も母も、ソレイに優しくしてくれて」
「……母は、私が十歳の時に
亡くなりましたけど」
瓶を口に運ぶ。
一口、飲む。
夜の空気が、少しだけ冷たく感じた。
「今は……家族は、私だけです」
しばらく、沈黙が続く。
「……」
「……」
「……ずぅ」
鼻をすする音。
運び屋の方からだった。
セレストが、ちらりと見る。
「……泣いてます?」
「まだ泣いてない」
即答だった。
「まだ手前だ」
「ふふっ」
思わず、笑みがこぼれる。
少しだけ、空気が軽くなる。
「…でも」
運び屋が、ふと真面目な声になる。
「そんな話、僕にしてよかったの?」
セレストはきょとんとした。
「……?」
「会ってまだそんなに経ってないし」
運び屋は照れくさそうに言う。
セレストは、やわらかく笑った。
「日向さんは」
少しだけ視線を下げる。
「“祈り”に近いことを、自然にする人ですから」
「だから……つい、話してしまいました」
「……おふぅ……」
日向が、気まずそうに息を吐く。
「まあいいや」
気を取り直すように言う。
「明日の話、しようか」
「明日ですか?」
「うん」
指を折りながら数える。
「まず、リリアちゃんの身体を見てもらう」
「ジャンク屋だな」
「それと、住所の特定」
「あと――」
「えっ、まだあるんですか?」
思わず、セレストが割り込む。
日向は少しだけ笑った。
「教会の評判の聞き込み」
「……」
セレストの口が、わずかに尖る。
「……そういうところですよ」
小さく、呟いた。




