”奇跡”
教会総本山――大聖堂の奥。
高く伸びる天井の下、
静かに祈り捧げる姿。
色硝子から差し込む夕陽が、
床に長い影を落としている。
ソレイユは、ひとり跪いていた。
両手を組み、目を閉じる。
その祈りは――
今日も、変わらない。
セレストの無事を願うものだった。
地下王国からの発表があって以来、 毎日。
聖女としての勤めを終わったあとも、
彼女だけは、その場を動かなかった。
(……私が行けたなら)
胸の奥に、押し殺した衝動が燻る。
立場も、役割も。
すべて捨ててしまえたなら――
その時だった。
カツン、カツン、と。
乾いた足音が、静寂を割った。
「――少々よろしいですか、ソレイユ様」
低く、よく通る声。
その声は教会の方針を決める七人の内の議長だ。
ソレイユは振り返らない。
「……見て分からない?」
短く、冷たく返す。
「私は忙しいの」
「申し訳ございません」
声は変わらず穏やかだ。
「ですが、大事なお話が」
ソレイユは、ゆっくりと息を吐いた。
そして立ち上がり、振り返る。
大聖堂の入口にはもう二人立っている、
同じく七人の内の大司教。
目の前には議長。
――セレストを派遣した三人だ。
ソレイユの目が、わずかに細くなる。
「……何?」
感情を隠そうともせず、問い返す。
「いえ」
頭を下げた。
「ここ最近、毎日遅くまで祈りを捧げておられると聞きまして」
「お身体が心配でして」
「心配ないわ」
即答だった。
「構わないで」
わずかな間。
議長は、微笑みを崩さない。
「セレスト様も、ご無事です」
「現在は療養中とのこと」
「それに」
声色が、ほんの少しだけ変わる。
「今回の件で、教会への信頼はより強まりました」
「市井では――」
「それが何?」
ソレイユが遮る。
鋭い声だった。
「それが“今”話すこと?」
空気が、わずかに張り詰める。
「……では、本題を」
議長は、ゆっくりと顔を上げた。
外は、すでに日が落ちかけている。
大聖堂の中にも、影が差し始めていた。
「ソレイユ様」
一拍。
「もし――」
言葉を選ぶように、間を置く。
「お父様やお母様が」
「そして、セレスト様が」
「“元気な姿で戻ってくる”としたら」
静かな声だった。
だが、底に何かが潜んでいる。
「……どうされますか?」
ソレイユは、鼻で笑った。
「馬鹿らしい」
一蹴する。
教会の教えに、そうした“救済”があることは知っている。
だが――
それが“今”起こるものではないことも。
「疑うのも無理はありません」
議長は、穏やかに続ける。
「ですが――もし、それが可能だとしたら?」
「それも」
ほんのわずか、声音が低くなる。
「あなたにしか成し得ないとしたら」
ソレイユの目が、鋭く光る。
「……正気?」
吐き捨てるように言う。
「子供でも騙せないわよ」
「ええ」
議長は頷く。
「突然では、信じられないでしょう」
「ですが」
その笑みが、わずかに深くなる。
「“奇跡”は、実現できるかもしれません」
沈黙。
ソレイユは、無意識に三人を睨みつけていた。
議長はそれを受け止め、
わずかに肩をすくめる。
「今日はこれで失礼いたします」
「ご興味があれば――いつでもお尋ねください」
三人は、静かに踵を返した。
足音が、再び遠ざかっていく。
やがて、完全に消えた。
大聖堂に、静寂が戻る。
だが――
ソレイユの胸には、
重く、冷たいものが残っていた。




