起動
電子音が、岩壁に反響した。
「ソチラノ……ニブクロヲ,モッタカタ」
音は続く。
「ワタシノ……トウブニ…メモリーヲ,イレテクダサイ」
「荷袋……あ、僕か」
心当たりはない。
それでも、手は自然と袋の口をほどいていた。
「…ん?」
指先が、固いものに触れた。
取り出したのは、数時間前に確認したばかりの依頼品だった。
掌ほどの箱。
先ほどまでは、ただの“妙に硬い箱”だったはずだ。
だが今は――
わずかに、隙間が開いている。
運び屋は眉をひそめながら、慎重にそれを開いた。
中に収められていたのは、
透明な結晶のような基盤。
淡く、内側から光を宿している。
「ソレヲ……ワタシノ,トウブハイメンニ……ソウニュウシテクダサイ」
電子音が、再び告げる。
セレストが、不安げに日向を見た。
「それは、先ほど見せていただいた荷物ですよね?」
咎めるような、戸惑うような、その中間の声だ。
運び屋は顎に手を当て、しばし考え込む。
「あー……んー……」
唸るように悩み――
数秒後。
「ああ、まあ」
軽く息を吐いた。
「入れてみよっか」
さらりと言う。
「仕事のことは……なんとかなるでしょう」
「……そうですか」
セレストにはそれ以上言えなかった。
そう言って運び屋は箱を大切に抱え機械の山へと足をかける。
足場は悪い。
歯車が転がり、金属片が音を立てる。
慎重に登り、ロボットの傍まで辿り着く。
その時。
ぎ、と鈍い音を立てて、
ロボットの頭部がゆっくりと回転した。
背面が、こちらへ向く。
よく見なければ分からないが、
そこには――差し込み口のような隙間があった。
運び屋は一瞬だけためらい、
そして、基盤を差し込む。
カチリ、と小さな音。
――次の瞬間。
ジジ……とノイズが走る。
センサーが明滅し、
機械音が、洞窟の中に流れ始めた。
その音の中に、
かすかに“声”が混じる。
やがて、
センサーの光が、青く安定した。
「……あ……」
かすれた声。
先ほどの電子音とは、まるで違う。
「……ここ……?」
「わたし……」
一拍。
「……お父さん……お母さん……」
少女の声だった。
「動けない……」
ロボットの身体は、瓦礫に半ば埋もれたままだ。
ぎこちなく、視線だけが日向へ向く。
「……あなたは、だあれ?」
運び屋は一瞬、言葉を失った。
だがすぐに、いつもの調子で答える。
「僕ですか?」
軽く肩をすくめる。
「日向鐵、運び屋です」
「そっちの人は?」
「私はセレストです。セレスト・ルクナ」
「そうなんだ」
少女は、少しだけ嬉しそうに言った。
「初めまして、日向君。ルクナ君」
そして、困ったように続ける。
「ごめんなさい。身体が動かせないの。助けてくれる?」
「ええ、もちろん」
運び屋は頷いた。
「セレ、手伝ってくれるかい?」
「はい」
セレストは機械の山を登り、
二人は瓦礫を一つ一つどかしていく。
歪んだ装甲、折れた腕、重たい鉄片。
ようやくロボットの身体を引き出した。
だが、損傷は激しい。
降ろすのにも苦労する。
「……ふう」
地面に降ろした時、
少女の声がほっと息をついた。
「ありがとう、二人とも」
「どういたしまして」
運び屋は軽く手を振る。
「ところでお嬢…さんには、
名前はあるのかな?」
「うん、あるよ」
少し誇らしげに。
「リリアよ、リリア・ベルナー」
「リリアちゃんって呼んで」
「そうなんだ」
運び屋はあっさり頷く。
「よろしくね、リリアちゃん」
セレストは――しばらく言葉を失っていた。
(リリア……ちゃん……?)
状況が、まだ整理できていない。
その間にも、会話は進む。
「ところでさ」
リリアが言った。
「さっき、お父さんに会ったんだけど」
「……お父さん?」
セレストが小さく反応する。
「うん」
リリアは頷いた。
「あたしを起こしてくれる人が、
家まで連れていってくれるって」
「二人がそうなの?」
運び屋は少し考えてから言う。
「その“お父さん”は知らないけど……」
「家って、どの辺かな?」
「機械都市だよ」
「ああ」
運び屋は納得したように頷く。
「それはちょうどいい」
「僕たちもそこに行く予定なんだ」
軽く笑う。
「一緒に行こうか」
セレストは、もう完全に置いていかれていた。
(……話が進んでいる……)
「それとね」
リリアが少し困ったように言う。
「この身体、すぐ動けなくなるみたいなの」
「バッテリーとか、持ってないよね?」
「ほーん」
運び屋は荷袋を漁る。
「こんな所で役に立つとは」
取り出したのは、小型のバッテリー。
「リリアちゃん」
それを差し出す。
「これは多分、適合するよ」
「これでしばらくは問題ない」
「でも」
少しだけ悪い顔をする。
「僕も商売人なんでね」
「タダってわけにはいかない」
「ひどいです日向さん!」
セレストが慌てて口を挟む。
「事情は分かりませんが、こんな時に……!」
「でしたら、私が――」
「いやいや」
運び屋は手を振る。
「そんなに慌てなさんな」
リリアの方を見る。
「リリアちゃんには、“出世払い”でお願いするよ」
「……出世払い?」
「将来、偉くなったら返してくれればいい」
実質、タダだった。
「……ありがとう」
リリアは小さく笑ったようにみえる。
運び屋がリリアのボディに触ろうとした。
次の瞬間――
「……日向君」
リリアがぽつりと呟く。
「……エッチ」
一拍。
空気が止まった。
”エッチ”……セレストの意識が、ふっと遠のいた。
「……そうだよね」
運び屋は素直に頷いた。
「女性の身体に触るのは、あまりよろしくない」
姿勢を正す。
「すみません、リリアちゃん」
「少し触れてもいいかな?」
「しょうがないから、許してあげる」
「ありがとうございます」
「すぐ終わらせます」
「何言ってるんですか……!」
セレストが、ようやく現実に戻ってきた。




