夕陽
あかん。
「あなた、だれ?」
不思議そうな目を僕に向け、銀髪の美少女は手を止め僕にそう聞いてきた。
向こうからすれば僕は突然入ってきた謎の男、言葉を発することも無くただ立ち尽くしている。警戒するのも無理はない。
「用がないなら出てって貰えないかしら」
僕が言葉に詰まっていたところに彼女はそう続けて言った。
何か考えてここに来た訳では無いが、ただ帰るのはもったいない。
「良かったら、もう少し聴かせてくれませんか?」
なにか理由をつけて話でもしようかと考えたが僕の目的はそこではない。
階段で聞こえてきたあの心地よいリズムをもう少し聞いていたいという本音を言葉にした。
少しを眉をひそめる様子を見せた彼女だったが、浮かせていたその腰をもう一度椅子におろし、ドラムスティックを握る。
「まぁいいわ。けど私も勝手にここを使ってる身だから、そう長くはやっていられないわ」
そう言うと彼女は先程ドラムを叩いていた時の表情に戻る。
先程とはうってかわり、次はかなり激しめなビートを刻み始める。
一見無造作に思えたが、バス、スネア、ハイハットが個々を主張するのではなく、お互いがお互いの手を取り合うように共鳴する。
額に汗を浮かばせドラムを叩く彼女の姿は、どこか浮世離れしているようで、まるで映画のワンシーンを見ているかのようだった。
それから時折テイストを変えていくつものパターンを叩いてみせる様子に、僕は言葉もなく、ただその空間に体を預けるようにして聴き入っていた。
ドラムの音が止み、静寂が訪れる。彼女は再び腰を浮かせ時計を確認する。
「こんな時間だし、ここまでね。鍵を閉めるからあなたも準備しなさい。」
その言葉に僕は正気を取り戻す。手元の時計は5時を指していた。ほんの一瞬のように感じたこの時間は2時間も経っていたことに驚いた。
帰りの支度を済ませた彼女に続くように第3音楽室を出る。
「そういえば見ない顔だけど、新入生かしら?」
部屋の鍵を締めながら、彼女はそう聞いてくる。そういえばお互いの名前も知らないままだった。
「はい。新入生の藍葉ねずと言います。見ない顔ということは上級生ですか?」
「私は2年の葉山奏よ。そういえばあなたはどうしてここに来たのかしら?」
普通の新入生ならば、部活動見学だったりするのだろうが僕はそうでは無い。それに葉山先輩は1人のようだし、勝手に使っているとも言っていたので、部活動では無いのだろう。
「本当は帰ろうとしてたんですけど、ドラムの音が聞こえてきて。すごく気になって来てしまいました。」
窓からの日が廊下を赤く照らす中、僕と先輩はそんな言葉交わしながら職員室前までやってきた。
「鍵返してくるからあなた先に帰っていいわよ」
僕に背を向け先輩は職員室へ入っていく。僕は先輩に言われるがまま下駄箱へ向かい帰路に着く。
赤い夕日を背に、まだ耳に残っているリズムに乗って歩みを進める。
本来であれば今頃荷解きも終わり、一息している頃だろうが後悔はしていない。
こうして僕、藍葉ねずの学園生活は始まるのだった。
そこはらめぇ




