その五
翌日、大木くんが掴んできた情報は私達が現場で手に入れたものとそれほど変わらなかった。百合子さんの亡くなった場所は晃さんが書斎にしていた別邸、別邸は本邸と近い場所にあること、龍之介さんが受け取ったと言っていた手紙はまだ見つかっていないこと、などだった。唯一の収穫は百合子さんの命を奪った凶器についての情報だろうか。
「凶器は書斎にあったナイフだそうです」
「なんでそんな物が書斎に」
驚いた私に大木刑事がメモを見ながら報告した。
「えっと…ナイフ、といっても骨董品だそうで、普段から晃さんが封書をあけたりするのに使っていたようです」
「そのナイフから何か手掛かりは?」
「いえ…有力なものは何も…あ!ただ、凶器のナイフは昔、龍之介さんが使っていたらしいです。晃さんがナイフをとても気に入って、譲ってもらったものだとか」
大木刑事の報告を聞いて、私はとなりの加賀見をちらりと見た。普段の加賀見なら凶器について、大木君を質問責めにしそうなものだが、何か今日は様子がおかしい。昨日から加賀見は言葉数も少なにぼんやりと何か考えているようだった。
「三園晃さんは?」
私がそう言うと大木君は手に持っていた紙をぱらぱらとめくった。
「晃さんはその…事件後から行方が分からず、容疑者とされてるみたいですが…証拠不足でもあり、三園からの圧力もあって、手配がかかるかどうかは難しいところです」
晃さんの消息に大木君が語っている間も加賀見は手を組んだまま黙っていたが、大木君の
「それにしても、これじゃあ、式は当分延期ですかねぇ~…」
という言葉を聞くと顔色を変えた。
「式?式って何の話だい?」
「え?あれ?お話してなかったですか?」
自分はてっきり話したつもりでいたんですが…と呟く大木刑事の胸倉をおもむろに掴むと、加賀見は大木君を揺さぶった。
「式とはなんのことだ!!大木君!!僕は聞いてないぞ!!」
「落ち着きたまえ!加賀見!!」
加賀見を無理やり大木刑事から引き離すと、私は大木刑事に続きを話すよう仕草で促した。ごほごほとやや咳き込みながら、大木君はこう言った。
「じ…事件のあった翌日は…一ツ橋家の…龍之介さんの結婚式が行なわれるはずだったんです…」
大木刑事の言葉を聞くと加賀見は「くそっ!!」と叫んだ。
「なんてことだ…!!事件はすでに起こっていたんだ…!!」
私がその言葉の意味を加賀見に問いただすより先に、どたどたと誰かが階段を駆け上がってくる音が聞こえて勢いよくドアが開かれた。
「龍之介さん…!」
ドアの前に立っていたのは、泣き出しそうな顔をしている龍之介さんだった。しかし、彼はひどく取り乱していて、嘘だ晃が…そんな…と繰り返すばかりだった。なので、私は最初、晃さんがどこかで死体で見つかったのかと思い、顔面蒼白になった。一方、先程まで取り乱していた加賀見は、何故か至極落ち着いて龍之介さんを宥めると、彼と一言二言やりとりすると、私達の方に向き直った。
「晃さんが百合子さんを殺したのは自分だと、警察に自首したそうです」
加賀見の言葉に龍之介さんが泣き崩れた。
「僕は百合子さんが亡くなった理由が分かった」
加賀見がそう言ったのは、大木刑事に龍之介さんを落ち着かせるよう頼んで、私と加賀見、二人で警察まで向かう途中でのことだった。
「晃さんが犯人だって、気付いてたのかい」
「そんな言い方をするものではないよ」
そう私をたしなめた加賀見は何故か何時になく悲しそうな瞳をしていた。
「どう足掻いたって、我々には止められないことがあるんだよ」
「犯罪がってことかい?」
名探偵と呼ばれる男の言葉だとは思えない。そう思って、隣を見ると加賀見は何故か少し微笑んだ。少なくとも、私にはそう見えた。
「急ごう」
そう言うと加賀見は歩く足を速めた。
あの時、加賀見は本当は泣きたかったのかも知れない。ただ彼は不器用だから、ああして微笑むことしかできなかったのだろう。今になって私はそう思う。




