弟九話、シンデレラ。
「グランパ……」
拳を膝元できゅっと握り締める姫。
最初は回想をしているうちに、それが今起こってるかのような、憤りと悔しさに満ちた顔で小刻みに体を震わせていた。
だが、次第に顔や体に走る怒気を抜いていくと、深く息を吐いて、吊り上がってた肩が力なく下がった。
魔王は長い話を聞き終えたあと、あまりピンとこない様子で、姫の動向だけ注意して見ていた。
自分から言葉をかけ難いし、何を言ったら良いのか思い浮かばなかった。
「魔王ちゃん……」
「うむ」
不意に姫が口を開いた。
一年の間、押し込めていた感情。そして久し振りに心の片隅に置かれる箪笥の奥から、引き出された過去の話。
それを魔王とは言え、ゼームス大陸の唯一の知り合いに全て打ち明けた。
多少気持ちがさっぱりしたんだろう。
姫は憑き物が落ちたような爽やかな表情を浮べ、穏やかさが戻りつつあった。
「私異界の向こう側にでると、どこにいたと思う?」
魔王は自分のときの事を思い出した。
――あの時は確か……狭く暗い臭い場所に立ってたよな、俺
「ここくる時にあった、空き地あるでしょ、あの真ん中に立ってたの」
「うむ」
目立たないという意味じゃ、似たような場所だと魔王は思った。
「飛ばされた時は、悔しさ一杯で、すぐにでもアイツの所に戻ってコテンパンにしてやろうって息巻いてたわ、でも、どんなに頑張っても、ゼームス大陸のある世界には戻れなかった」
淡々と一定のリズムで話す姫。
気負う事なく、平常心で言葉を紡ぐ。
その口調に強弱は感じられない。
「飛ばされてきた場所で、穴を掘って見たり、魔法剣を作り出し、空間に切り付けてみたり、色々したけど、全て徒労に終った……」
姫は立ち上がると窓に手をつき、空き地に視線を流す。
空き地に向けられる目には郷愁すら漂っていて、複雑な笑みを浮かべている。
魔王は何か言いたかった。
何かないか? 何でもいい! 姫を慰めるような言葉を考えるんだ――魔王はそう思い頭を悩まし、浮んだ言葉を言ってみることにした。
「俺は思うんだが、帰れないんなら、無理して帰らずとも、ここで楽しく暮らせばいいじゃないか」
「楽しく? 」
姫が魔王の言葉を聞くや、敏感に反応して、素早く魔王に向き直る。
右指を魔王に向けると、2歩3歩と詰め寄りながら、大きな声でまくしたて始めた。
「魔王ちゃん、分かってないわね! 異界の国に急に飛ばされて、知り合いもなければ、住む家すらない、お金もない、行くあてもなければ、ここがどんなところかも分からない。これがどういうことだか分かる!?」
姫は目尻に薄ら涙を溜めながら、怒気を孕んだ形相を魔王に力一杯向けてくる。
魔王はその迫力に押され言葉が出てこない。
いや有無を言わさない姫の剣幕に押さえ込まれていた。
「最初はね、ゼームス大陸の事、父上の事、その他もろもろ、心配したわよ! でも帰れないの、ならここで生きていくしかないの! そう開き直って血の滲むような努力をしたわ、一週間もしたら、ゼームス大陸の事なんか頭の端っこに消えていた。それほど大変だった。 ただ生きていくのに必死だった。 何も持たない私にとって、ここでの生活は想像を絶するものだった、楽しいなんて感じる暇なんてあると思う!?」
そこまで姫は語ると、息をハァハァ言わせながら、魔王の前に両手をついて腰を下ろす。
魔王は言葉はまだ出てこないが、姫が想像を絶する苦労をこの一年してきた事を薄っすら感じ始めていた。
魔王は姫の言葉の弾幕をあびて、正座が崩れて後ろ手をついた状態で固まっていた。
しかし、それが止んだので体を起こすと、姫に視線を合わせ静かに口を開く。
「姫、頑張ったんだな、すまぬ。俺は馬鹿だから、つい適当言っちまった」
魔王は窓に目を向けると、立ち上がった。
姫を見下ろしながら、静かな口調で言葉を連ねる。
「俺、出て行くわ、いたら、姫も大変だろうし」
魔王が窓に手をかけた瞬間――
「待って! 待って! 行かないで!」
姫は我に返り、大きな声で魔王を呼び止めた。
ちょっと自分がヒートアップしてた事を反省して、冷静な思考を頭に張り巡らせる。
――魔王ちゃんを今放したら、この世界は……、それに――
姫は魔王を放っておいては、何をしでかすか分からないと言う心配もあったが、ゼームス大陸の唯一の知り合いであり、理解者? とも言える魔王を、このまま行かせるには忍びなかった。
「ごめん、私が悪かった、言いすぎた」
姫は立ち上がって、申し訳なさそう胸で手を組み、俯き加減で魔王に謝った。
魔王は別に拗ねたとか、怒ったとか、そんな稚気な気持ちで出て行く事を告げたわけじゃなかった。
ただ、純粋に迷惑を掛けたくなかっただけだ。
姫に謝ってもらうと、多少心苦しいものがある。
「魔王ちゃん、ここに住む?」
魔王は思わぬ姫の言葉に、顔を姫に素早く向けて息を呑んだ。
姫の事を愛する気持ちは、今も昔も変わっていない。
グランパの妨害がなければ、今頃姫とゼームス大陸で結婚もしてたはずだ。
それに、姫はあの手紙が届く3日前に失踪していた。
魔王の告白は未だ姫には伝わっていない、魔王としても何も言えぬまま、ここから立ち去る事が本意でないのは明らかだった。
「良いのか? 俺みたいな厄介な奴、一緒に住ませても……」
姫は魔王にそう言われて、即答ができなかった。
良く考えると、この狭い部屋に魔王と二人っきり。
魔王は魔族だが、男性である事には違いなかった。
そして厄介な奴である事にも違いはない。
だけど――姫は悩んでいた。
悩みの原因を少しづつ魔王に漏らしていく。
「住んでもいいんだけど、ほら、部屋狭いでしょ……」
「うむ、狭いな……(臭いし、汚いし)」
何気に心の中で付け加える魔王。
「それに私一応女だしね」
「そうだな、う〜〜ん」
魔王は姫が言わんとする事は、きっちり理解していた。
隣に姫が寝ていたら、理性を無くして、狼のごとく襲い掛かるなんてこともあるだろうなとも思う。
そして何より、大きな体の魔王にはこの部屋は窮屈すぎた。
――掃除や、片付けはワシがするにしても、やっぱりきついよな〜狭さだけはどうしようもない。何かないかな〜……そうだ!
「姫、なんかさ、箱ない?」
「箱?」
「そう、できれば金属性の丈夫な蓋のある箱がいいな」
魔王は何か思いついたのか、淡々と姫に言った。
「箱ね〜、箱〜箱〜あ、この間大家さんに頂いた、上等なクッキーが入ってた金属の箱があったわ、ちょっと探してみる〜」
姫は押しいれを開いた。
中には――やはりゴミが積みあがっていて、魔王はそれを見て思わず顔をしかめるが、後で掃除をする場所のリストにひっそり組み入れた。
「あったー!」
「これどう?」
姫は顔のゴミと額の汗を左手で払い、笑顔を向けて魔王に言った。
「お!? いいかんじだ、それなら立派な世界が作れる」
「世界!?」
姫が魔王の突飛な言葉にきょとんとした目を向けて言うと、
「ふふふ、まぁすぐに分かる、ちと、俺外行って材料集めてくるわ」
魔王は得意な顔で、また窓に右足をかけると、ふわっと浮いてふらふらとどこかへ飛んでいった。




