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第八話、陰謀。

「あー食った食った!」


 魔王は犬食いを止めると、顔を上げ、後方に両手をついて姫に満足そうな顔を向けた。

 口元に食べ物のカスがこびりつき、赤いケチャップが右頬についていた。


「生き返った、姫ありがとな〜」


「どういたしまして〜」


「じゃちょっと散歩行ってくる」


 魔王は後方のローブを引っつかむと、部屋の窓を横にスライドさせ開け広げ、窓の桟に右足を掛けた。

 窓から飛び立つつもりらしい。


「魔王ちゃん待って!」


 そんな魔王に突然、大きな声を浴びせる姫。

 魔王はその声を聞くや、足を下ろして姫に向き直る。


「どうした?」


「ちょっと話があるの……」


 姫は正座したまま上目遣いで、魔王にどこか影のある目を向けてくる。

 魔王はこんな姫の目を今まで見たことが無かった。

 ゼームス大陸にいた時でさえ、見せた事がない鬱々とした力ない瞳。

 

 ――これは並大抵の話じゃないな……


「分かった」


 魔王は真剣な表情で姫にそう言うと、黙って座布団に腰を下ろし、胡坐を掻き腕を組んで姫を見やる。

 二人の間に重々しい空気が漂う。

 外から吹き込む冷たい風が、部屋中にあるゴミを揺り動かし、ビニールの擦れる音が細波のようにざわめく。


「魔王ちゃん……」


「うむ、なんだ?」


 魔王は思わず喉をごくりと言わせた。

 姫のただならぬ雰囲気に呑まれている。


「なんで、私がこの世界にいると思う?」


「なんでって、そりゃあ〜……」


 魔王は、そういや、なんでいるんだろ? と心で呟く。

 語尾の「あ」を伸ばしながら、その答えを導き出そうと頭を捻る。

 

 ――やっぱり、姫もあの蝶々が戯れるような光に、うっかり触れてしまったんじゃないのか? そしてこの世界にやってきた。うむ、そうに違いない。きっとそうだ! ――


 魔王は素晴らしい答えをひねり出すと、自信満々に姫に伝える。


「白い光にうっかり手を突っ込んだんだろ?」


「うん」


 姫は平然と魔王に答えた。

 導き出した答えがジャストミートしたので、魔王は少し浮かれかけたが、


「ただし、うっかりじゃないよ、ある人にはめられたの……」

 

 微妙に間違っていたので、ため息を漏らした。

 俯き暗い表情で、膝に置いた両拳を震わせながら握りこむ姫。

 その異様な様子を敏感に察知した魔王が、思わず胡坐を正座にゆっくり変えていく。

 姫に体を傾け、黙ったまま顔を覗き込んだ。

 そして、いつになく真面目な顔で姫に問いかける。


「何があったんだ……?」


 姫は目元に涙が薄っすら滲んでいた。

 気位が高く自信の固まりのような姫が涙を――魔王に多少なりとも動揺が走った。

 しかし、それを意思の力で押さえ込み、平然を保つと、姫に優しい面持で話しかける。


「話せば楽になるぞ、鬱憤ってやつぁ、溜め込むもんじゃない、吐き出すもんだ」


 魔王のあけすけだが、どこか温かみのある言葉を聞くや、姫の目から押し込めていた感情と共に涙が溢れ出てくる。

 畳に前のめりになって、顔を伏せ両腕をついて泣きじゃくる姫。

 魔王は、その震える姫の頭にそっと右手を添えた。

 

 

 ――姫はしばらく泣いていた。

 しかし、魔王にどうしても話しておきたい事を思い出すと、徐々に声を小さくしていく。

 目を擦りながら半身を起こすと、嗚咽を上げながらも、赤くはれ上がった目を魔王に向けた。

 そして、何度か深呼吸しながら、息を整え始める。

 大分落ち着いてくると、近くにあった白いタオルを掴み顔に押し当て、ぶーっと○水を吹き付け、顔を何度も擦った後、視線を魔王に戻した。

 その様子を眺めていた魔王は、不謹慎だと思いながらも、汚ねぇ……と心の中で呟いた。


「ふーー……、でね……」

 

 不意に姫が切り出した言葉に、魔王は気後れしながらも相槌を打った。

 姫はほんのり赤い顔と充血した目はそのままだが、多少泣いたことで落ち着きを取り戻したのか、さっきより幾分雰囲気を和らげて語り始める。

 

「詳しく話すと、長いけど聞いてくれる?」


「どんとこい!」


 魔王は胸を右手でぽんと叩くと、力強い口調で姫に言った。

 その言葉に魔王の思いやりみたいなものを感じた姫は、にこりと笑うと静かに語り始める。




 

 

 

 魔王が治める魔族の王国ラフレシア。

 その国がゼームス大陸で最強だとすると、次に名前が出るとすれば、サルビカス王家が統治するサライアである。

 この国は魔法科学、即ち魔術に関する研究が進んでいて、それは膨大な恩恵を国にもたらし、国は隆盛を極めていた。

 高度な魔法を使う魔術師、卓越した剣術と魔法を組み合わせた魔法騎士。

 そんな屈強な兵士を持つサルビカス王家が、王の意向で初めから戦いを放棄して、魔族の軍門に下った。

 王家の者、サライアに住む民衆は動揺を隠せなかった。

 戦わずして、何故魔王の軍門に下るんだ? 王様は弱虫だ!

 そんな言葉があちこちで飛び交う。

 ある日、王様はそんな臣下と民衆を大広場に集めて、自分の思惑を彼等に忌憚なく語った。


「謹んで聞いて欲しい……我等は確かに魔術において、優れたものを持っているが、それは魔王を含め、魔族たちも同様である。そして、数において魔王軍と我等の軍は圧倒的な戦力の差があり、例え、様々な策を弄し、魔法を駆使して立ち向かっても、数の力に押し負け、多大な被害、即ち死傷者や損害が出る事は避けられない。」


 王様は息を荒立たせながら更に言葉を紡いでいく。


「それならば、一層の事抗う事を放棄し、早いうちから白旗を上げて、魔王の軍門に下るのも悪くないと判断した。魔王は一定の貢物をすれば、我が国に出すぎた干渉はしないと断言してくれた。ワシは彼を信じようと思う。無駄な血を流す事無く、平穏に彼等と共存共栄する道をとる事に決めた。ただ、お前たちの意見をないがしろにするつもりは無い。異存があれば聞こう」

 

 王様がそこまで言うと、周りから拍手と歓声が湧き起こる。

 彼の演説を最後まで聞き遂げた者から、不満の声は上がらなかった。

 民衆は顔を綻ばせ王様の選択を支持したのだ。

 その様子を見て、王様は笑顔を浮かべ、自分が決断した事に間違いはなかったと安堵の表情を浮かべたと言う。


          〜〜〜〜〜


「それでね、一見治まったように見えたの」


「ふむ」


 魔王はその話を聞いているうちに、ゼームス大陸の事を思い浮かべ、自分が魔王という地位につく支配者である事を改めて思い出した。


 ――そうだな〜、ゼームス大陸にも早く帰ってやらんとな〜部下どもが心配しておるかもしれんし。

 だが、帰り方が分からないし、取りあえず当分の間は良いかな、姫もいることだし ――

 

「だけど……」


 姫が短く呟くと、表情が曇り始める。

 魔王は咄嗟に頭の中のゼームス大陸から、姫の言葉に意識を戻した。


「私はある日、叔父の部屋を通りかかった時、聞いてしまった。盗み聞きするつもり無かったんだけど、ドアが開いてたの……」


 姫はその様子を回想しながら、魔王に語っていく。





「ワシはいつまでも、魔王にこびへつらう今の状態は我慢できん」


 憤慨した様子で大きな声を放つのは、姫の叔父に当たるグランパ。

 彼は兄である王様の決定に、すこぶる不満を抱いていた。

 濃い紫の法衣を身に纏い、高そうな宝石が連なる首飾りを頭から下げた初老の男性。

 短い白髪、顎から白い髭が首根っこのあたりまで伸びている。


「そう言っても父上、王様の意見は民衆に支持されてるし、今更凄んでも変えられるものじゃないよ」


 彼の息子、スパーシアが父に震える声で宥めるように言った。

 金髪が真直ぐ、肩より少し上の辺りまで伸びていて、黒い瞳、鼻は高く整った顔立ちをしている。

 

「それはどうかな? スパーシアよ、ワシが時空魔法をどれだけ研究してきていると思う?」


「確か、10年と聞きましたが……」


 スパーシアは俯いて、薄っすら残る記憶を呼び起こし、父に顔を向けて曖昧な答えを返した。


「そうだ、10年の間、ワシは時空魔法を一から洗いなおし、あらゆる可能性を探ってきた」


 顎髭を摩り、得意な表情で言葉を紡ぐ。


「そして、その努力がやっと身を結び――」


 グランパは目を細めて、怪しい笑みを浮かべた。


「次元転送魔法 エンゲルを編み出したのだ」


「それは一体……」

  

 スパーシアは喉を鳴らし、グランパに好奇心に満ちた眼を向けた。


「これさえあれば、この国、いやゼームス大陸さえ我が手中に収める事ができる!」


 自信に満ちた眼で、内に秘める大きな構想を外に漏らしたが、扉の向こうに気配を感じると、


「ん? 誰だ!」


 大きな声を上げながら、扉に詰め寄る。

 姫は走り去ろうと思ったが、気位の高い性格が災いして足が止まる。

 そして、覚悟を決めると、自らドアを開け、堂々とグランパたちの前に姿を現した。


「ソフィア姫!?」

 

 スパーシアは姫の名を発し、ぎょっとした目を向けた。


「これはこれは、王家の姫君がなぜこんなところで、立ち聞きを?」


 息子と比べて、グランパは落ち着き払った様子で、姫に棘のある質問をなげかける。


「通りすがって、扉が完全に閉まってないところに、叔父様が大きな声でしゃべってたからつい聞き入ってしまっただけよ」


 姫はつんとした表情をグランパに向け、淡々と自分の正当性を主張した。

 グランパが訝しげな目を姫に向けると、姫はそれに睨み返し言葉を連ねる。


「悪いけど、話全て聞いていたわ、そして最後の言葉、あなたたち何をするつもり? まさか我が父、国王に謀反をはたらく気ではないでしょうね?」


「そんなこと……」


 スパーシアが姫に何かを言いかけると、グランパは左手を彼の顔の前に伸ばし制した。

 低く笑いながら、姫ににじり寄って来る。

 姫から2Mほど向かいまで来ると、足を止めにっこり笑った。


「まさか、私たちが王に謀反など起こすわけありませんでしょう」


「そうかしら? 信じられないわ! 私この事父上に話してきます!」


 姫がグランパを睨み、踵を返し背中を向けた瞬間――、姫の首に鈍い衝撃が走る。

 グランパが一足飛びに姫に近付き、手刀を浴びせたのだ。

 姫は一瞬で意識を絶たれ、糸が切れた人形のように、その場に崩れ落ちる。

 頭から倒れこむ前に、グランパがその背中のドレスの端を掴みあげた。



 






「うぅ……」


 姫が目を覚ますと、真っ暗な部屋の天井を眺めていた。

 


「痛い……」


 曖昧な意識の中、体を起こそうとすると、首に鈍い痛みが走った。

 思わず顔をしかめるが、痛みがだんだん引いてくると、周りに意識を巡らし始める。

 右手を首に当てながら、辺りを見渡すも光源が無いこの部屋は、真っ暗で何も見えない。

 姫が手で地面を探っていると、突然部屋に明かりが灯り、聞き覚えのある嫌味な声が姫に届いた。

 

「お目覚めですか? ソフィア姫」


 声のするほうへ視線を向けると、グランパの姿を捉える。

 石壁が周りを覆うこの部屋の真ん中に、彼は立っていた。

 姫は傍らに目をやると、大理石で出来た平坦な台に自分が乗っている事に気づく。

 すぐに、台座から足を下ろし地にゆっくり両足を置くと、ドレスを手で叩き、体を起こしてグランパに向き直った。

 姫は眉を潜めて少し後ずさりながら、警戒をする。


「叔父様もとい、グランパ! 私に何をするつもり?」


 姫は強気な口調でグランパに言った。


「別に何もしませんよ、ただ二人でお話がしたくって、ここにお呼びしました」


 グランパは姫を見据えながら、近くにあった木の椅子に腰掛ける。

 そして姫の傍にある椅子に手を差し伸べ、座るように促した。


「いらない! 私は立っていますから!」


 姫は目を閉じ、顔を背けて、それに座る事を拒否する。

 グランパがその様子を見て、鼻で笑った。

 

「我が兄の娘、ソフィア姫よ、その高慢ちきな顔つき、兄にそっくりだよ」


 グランパから地の言葉が飛び出し始める。


「うるさいわね、不細工で陰湿でドブネズミみたいな顔した、あんたに言われたくないわよ!」


 実の叔父にとことん駄目だしを浴びせる姫。

 グランパが眉根を下に引っ張り、鼻息を荒くして憤る。


「言わせておけば〜〜!」


「ふん、本当の事しか言ってないから!」


 姫はこの状況でも全く強気な様子を崩す事無く、淡々と軽口を叩いてグランパを煽っていた。

 グランパは怒り心頭で顔を紅潮させていたが、所詮小娘の戯言と自分に言い聞かせ、頭を冷やすと、すーっと息を吐いて言葉を発する。


「どうやら、お前を説得しようなんて、考えた私が馬鹿だったようだな」


 グランパが立ち上がると、姫は彼を睨みつけながら、着ているドレスの両端を手で掴む。

 だんだん、本性を現し始めると、グランパの形相が悪びれた顔へ変わっていった。


「残念だが、姫にはこの世界から消えてもらうしかないようだ」


 グランパがそう言うと、両手の平をへその辺りに持ってきて、平行にして何か呪文を唱え始める。

 姫はその異様な雰囲気に危険を感じ、咄嗟にドアに擦り寄りノブを回すが、鍵が掛かっていて開かない。

 その間にもグランパが平行に揃えた、両手の平の間に白い光が、灯り始める。


「姫よ、この光りをじっくり見るのだ」


 姫は体が動かなかった。

 その光りを目にした時から、体の自由が奪われ、なぜかその光に近寄って触りたいとすら思い始める。

 意識と相反して体が、白い光へと吸い寄せられていく。

 一歩二歩と足が勝ってに歩を進める。

 それに抗おうと声を荒げるが、体が言う事を利かない。

 気がつくと、光はもうすぐ目の前だ。

 手が光に向けて伸び始める。


「そうだ、この光を触るんだ」


 姫は目を咄嗟に瞑ろうとするが、もう遅かった。

 右手の平の半分ほどが、光の中に入ってしまっている。

 ――そして、次の瞬間……

 姫が悲鳴を上げるが先か、右手から右腕、さらには体全体がその中に勢い良く吸い込まれてしまう。

 この世界から姫の存在そのものが消えてしまった。


「ははは、姫を異界に飛ばしてやったぞ! 大成功だ!」


 グランパは高らかに笑い、両手を閉じると、白い光りを煙のように消し去る。

 しばらく、その場を右往左往しながら、喜びを体で湛えるグランパ。

 ある程度気が済むと、その場で立ち尽くして目を細めて呟く。


「後は……フフ……ハハハハハ!」


 何か言おうとしたが、笑いが先に込み上げてくると、それを最後まで言わずに、上機嫌で部屋を後にした。

 部屋の床に落ちた姫のイヤリングの片方が、鈍い光を放っていった。



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