第六話、変身。
「久しぶりだな、姫、随分、痩せちゃって」
魔王は姫の足先から頭の先まで、視線を巡らす。
ゼームス大陸にいた頃の姫は、全体的にふっくらしていた。
決してデブだった訳ではないが、いつも血色よく、ふっくらしていたイメージが魔王の脳裏にこびり付いていた。
それは、魔王城での食っちゃ寝や、王家での怠惰な生活が影響してるのは想像に難くない。
しかし、今目の前にいる姫はなぜか痩せていて、小さくさえ見える。
何があったんだろうと思わせる程、頬は多少こけていて、手や足に少なからず付いていた贅肉も消えて、逆に筋肉がそれに取って代わり、引き締まっているくらいだ。
「見ないで、そんなにジロジロ見ないで」
肩を竦ませ半身を捩って肩を突き出す事で、全体の姿を見られまいとする姫。
それは魔王が目を大きく見開き、嘗め回すように自分の体に視線を這わせる事で、怖気が走ったせいもあるが、以前の自分の姿を知っている魔王に、変わり果てた今の姿と見比べられる事への恥じらいが、自然とそういう行動を取らせたのも事実である。
姫もうら若き乙女である事に違いはなかった。
「姫……」
魔王は肩を竦ませ俯いた姫の横顔に、恥じらいと悲哀さえ漂わす表情を見て取り、思わず口を噤んだ。
どこからともなく流れ来る冷たい風が、二人の再会の熱を冷ますかのように吹き付ける。
「変わったでしょ、私……ここへ来て、一年になるわ」
何かをふっきるように、胸に流れてきていた栗色の髪を後ろに払うと、空を見上げて言葉を紡ぎ始める。
「本当に色々あった……事の発端は……」
姫は何かを言いかけたが、途中で言葉を紡ぐのを止めた。
これ以上話すと長話になるのは避けられないし、人気がない神社にいるとは言え、ここで長居するのは得策じゃないと瞬時に判断したからだ。
魔王に向き直り大きな金色の瞳を向けて、場所を変える事を告げる。
姫は変わっていた。表情や言動が以前より更にテキパキしてて、どこか逞しささえ感じさせる。
そんな姫に半ば自然に先導され、魔王はその後を付いていく。
「姫さっきから細い暗い道ばかり、歩くのはなんでだ?」
姫は自転車を魔王に担がせ、細い人気のない路地ばかり通って、目的地へと移動していた。
明るみが差す場所へ出ると、まず姫が先に出て様子を窺う。
人がいない事が分かると、魔王を傍らに呼び寄せて行き先を指差し、こそ泥のように踵を浮かせ、忍者のように次の路地へと体を吸い込ませていく。
魔王は比較的大きな体(推定190CM)に自転車まで担いでるため、時折、細い路地につっかえて四苦八苦していた。
「だって、魔王ちゃん、目立つじゃない、その姿がいけないのよ。この国にはね、世間体っていうのがあってね、私も色々大変なのよ、ゼームス大陸にいた頃のように、自由奔放ってわけにはいかないの」
姫はスルスル路地を素早く移動しながら、魔王に振り返らずに口早に言葉を重ねた。
魔王は腹がまだ満たされていない。
そのせいか段々疲れが見え始めていた。
姫に気を遣って、抑え気味だった愚痴が毀れはじめる。
「疲れた〜、腹減った〜あぁ、もう、そんなにこの姿がいかんなら、人間の誰かに変身するぞ」
魔王の言葉を聞いて、姫が動きを止めた。
そして振り返り、魔王の顔をまじまじと見つめてくる。
「どうした?」
魔王を黙ったまま、訝しげな目でじーっと見据える姫。
その様子を見て魔王は、変な事を言ってしまったかな〜と視線を足元に向け舌打ちをした。
「なんだ変身できるんだ〜! それ早く言ってよ〜! もう〜〜馬鹿みたい〜!」
顔の近くで突然、弾けたように大きな声で捲くし立てる姫に、魔王は思わず両肩を吊りあがらせ、体を後ろに逸らした。
――びっくりしたぁ、心臓止まるかと思った……
魔王のすね小僧に蹴りをいれながら、口を尖らせブーを垂れ始める。
そんな姫の言動にどこか懐かしさすら、魔王は感じていた。
――やっぱり、姫だ、この変わり身の早さ、手慣れた非人間的扱い、やっぱり姫はこうでなくっちゃな!
足を何度か蹴りこまれながらも、魔王は気味の悪い笑みを浮かべている。
姫は額に汗を二、三浮べながら、目を細めてその奇異な顔を不審げに覗き込んでいた。
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姫は細い路地で魔王を待たせながら、その先の道を通る人間を物色し始めていた。
――やっぱり、どうせ変身するなら、格好いい男の人になってもらわないとね〜♪
姫は面食いだった。
遠くから近付いてくる男性の顔を、路地のコンクリートの壁に身を寄せて、顔を少しだして覗き込む。
その姿は良く言えば、片思いの男の子に心臓を高鳴らせ、電柱の影から熱い視線を送る女子高生。
悪く言えば――……、ストーカー、息を潜めて様子を窺う盗人、スリ、暗殺者、スナイパー…etc。
魔王は姫の後ろで座り込んで、力ない顔を浮かべ、ため息を何度も付いていた。
空腹が頂点に達する今、立っているのも苦痛のようだ。
――おじーさん……却下、眼鏡のオタクっぽい学生……却下、頭の薄いリーマン、却下、
却下、却下、却下、却下
姫の却下の嵐がしばらく続く。
――却下、却下、却下…………
中々決められない姫。既に30分は経過していた。
日は既に西に傾き始め、橙色が青い空に霜降り始めた頃……
――あ! あの人格好いい、ちょっと若いけど、好みだわ、大学生くらいかしら。
見ると、道の向こうから一人男性が近付いてくる。
魔王とほぼ変わらない程の背丈、お洒落な黒っぽいズボンに、落ち着いた黒の高そうなシャツを身に着け、鼻がすっと高い端正な顔立ち、黒髪を短めに纏めた清潔感漂わす二枚目な年若い男性。
「魔王ちゃん! 魔王ちゃん! あの人よ、あの人に化けるのよ!」
二枚目を見つけた喜びから、その場で笑顔を浮べ軽く跳ねる姫。
魔王に左手を差し出して、振り向かずに声を掛けるも反応が返ってこない。
それもそのはず、魔王はあまりの長い姫の選択に、疲れも重なって、その場で眠りについてしまっていた。
「あー、もう、起きてよ〜お願いだから〜」
姫は体重をかけて、両手で魔王を揺するが、中々目を覚まさない。
その間にも、路地に近付いてくる男性。
姫は焦っていた。
このままでは通り過ぎてしまう、せっかく長時間かけて見つけた理想の男性が――そんな焦りからか、頭をフルに回転させ、さっき魔王が空腹を訴えたのを思い出すと
「そうだ、後で一杯ご飯食べさせてあげるから、ね! 起きて!」
その言葉を耳で受け取り魔王の脳に信号が届いたのか、それとも条件反射か、虫の知らせか定かでは無いが、魔王は目をかっと見開き、跳ね起きて大きな声を上げる。
「飯!? 飯だな? 飯と言ったな? 姫言ったよな?」
ものすごい剣幕で捲くし立ててくる魔王に、少し気後れを覚えながらも、視線を合わせて小刻みに頭を縦に何度も振る姫。
「あの人よ、あの人に変身して!」
かなり接近してきていた二枚目男性を路地から指差し、魔王に希望を伝えた。
魔王は血走った目を男性に向けて
「奴だな、殺してもいいんだな」
とんでもない言葉を吐き出した。
それを聞いて、瞬時に姫の顔が青褪める。
「違う! 違う! 」
魔王はあまりの空腹に我を忘れ、言葉の判断が曖昧になっていた。
必死に魔王の顔に両手を振りかざし、行動の修正を求める。
――修羅場の様相を呈する路地裏。
魔王は低く唸りながら爪を鋭く伸ばし、男性に飛び掛ろうとした。
それを姫は咄嗟に魔王のローブの端を足で踏んで、阻止する。
「イタタタ!」
ローブを踏まれた反動で、前のめりに倒れこんで、額をコンクリートの地面に派手に打ち付ける魔王。
「魔王ちゃんは、あの人に変身するの、変身するの、変身するの…………」
姫はその上に素早く飛び乗り、耳元で呪文の様に何度も希望を繰り返す。
「あぁ、すまぬ、分かった、任せろ」
その姫の必死の行いが功をなしたか、魔王は冷静さを取り戻し、地に伏した状態で前を歩く男性を路地裏の影から、視界に捉える事に成功した。
「OK! 奴に変身すればいいんだな」
「そうよ」
魔王は両手を交差させ、何やら呻き始め
「メタモ!」
呪文の言葉を口ずさむと、体が眩しく光り、姿が変わっていく。
「これでどうだ!」
「おぉ、素晴らしいわ、魔王ちゃん」
魔王はさっきの二枚目な男と瓜二つの姿に変貌した。
姫に爽やかな表情を向けると、はにかむ口元から白い歯が毀れる。
「格好いい! あなたとならそこが、大通りでも、東京タワーでも、パリの凱旋門でも付いていきます」
うっとりした顔で手を胸元で組み、変身した魔王に妄想を語り続ける姫。
魔王はそれが自分に向けられているものと勘違いし、頬を緩ませ鼻の下を伸ばしていた。




