第五話、追跡。
――――そう、あの時確かに城へあの文を送り、姫は俺の嫁になるはずだった。
しかし、すぐに速達で、文を送る3日前に、王家から忽然と姫は消えたという返事が魔王城に届いた。
初めは疑った。城へ怒鳴り込んで、隅々まで探したし、王家の奴等を締め上げて本当の事を吐かそうともした。
だけど、居ないものはいない。どうしようもなかった。
俺は城で何日も姫の事が忘れられず、悲嘆にくれる毎日を送っていた。
だが、俺も魔王、ゼームス大陸の支配者が、いつまでも女一人に気を捕らわれているわけにはいかなかった。
そして諦めた、断腸の思いで姫を記憶の片隅へと追いやった。 ――――
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その諦めたはずの姫が、魔王が迷い込んだ異界の国にひょっこりいる。
魔王は目を疑った。人間違いという事もあるかと思い、何度も何度も確認した。
しかし、姫だった。多少痩せたようには見えるが、全ての体のパーツが姫と同じものだった。
そしてさっきのイヤリング、ホクロ。もう疑いようがなかった。
「ぐわ、なんだ、眩しい」
魔王は眼下にいる姫を攫っていこうかと考えていると、地上から眩しい光が魔王の顔に注がれる。
「だから、眩しいって、誰だよ、やめろってば」
両手でその光を遮り、その僅かな隙間から視線を通して、しつこくしつこくこちらに光を向けてくる不貞の輩を特定しようとしていた。
見ると、姫が手鏡のようなもので、太陽を反射して自分に向けていた。
「あ、姫の奴、やっと俺の事に気づいたんだな」
「相変わらず、変なことしやがって、ちょっと小言のニ、三も言ってやらないとな、言いたいことが山ほどあるんだから」
魔王はそんな粗暴な言葉とは裏腹に、久しぶりの再会に胸躍らせていた。
顔には自然と笑みが毀れる。
多少緩んだ間の抜けた顔で、姫のもとへ降下していく魔王。
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姫は手鏡で魔王の目に太陽の光を反射し、しつこく当てていた。
それは、こちらに興味を惹かせ、魔王を違う場所へ誘導するミッションの一つだった。
あの姿は目立ちすぎるし、それに放っておいたら、何しでかすか分かったものじゃない。
気まぐれに、この辺りを爆破だってしかねない。
ちゃんと、自分が姫である事を魔王に話して、どこかへ連れ込み教育する必要がある!
そんな使命感に突き動かされ、ミッションを遂行しはじめた姫。
――ちょっとまずいわ、今降りてこられると、知り合いだと思われてしまう!
まだ救急隊員とさっきの男が、だらだら話している。
そして、コンビニに出入りする客、コンビニの中からこちらの様子を窺う店長。
目撃者が多数居る中であからさまに不審な姿をした魔王と、会話をするわけにはいかなかった。
姫に『世間体』と言うしがらみが重く圧し掛かる。
――それだけは、それだけは絶対阻止しないと。
そんな姫の都合など知るはずもない魔王は頬を緩ませ、黒いローブを風に揺らめかせながら、こちらに近付いてくる。
その間の抜けた顔から姫は、魔王が自分の正体に気づいた事を悟る。
咄嗟に空から接近してくる魔王に向けて片手を突き出し、手を交差させた。
その場で一時停止→来るなの合図だった。
魔王はそれを見て、動きを止める。
その合図は良く分からなかったが、姫がいつか昔見せた事がある冷たい目を、手の隙間から垣間見せていたからだ。
――あの目は……
ある日の魔王城での姫との出来事。
「姫〜、姫〜、焼き芋もってきたぞ」
姫はソファーに横になり熟睡していた。
魔王の野太い声で起こされ、不機嫌そうな顔で目を覚ます。
「焼き芋〜? う〜ん……ちょうだい!」
姫は焼き芋は大好物だった。
不機嫌が上機嫌に光の速さで変わり、跳ね起きたかと思うと、鼻歌を口ずさみながら芋を手に取り、細かく皮をはいで、むき出しになった部分を口に放り込んでいく。
「おいしい〜、ありがと〜魔王ちゃん」
「ははは、良かった、喜んでもらえて」
「ブッ!!」
魔王は姫の方から届いた怪音に、咄嗟に思ったことを口に出した。
「屁こいた?」
姫は背中を魔王に向けていたが、芋を握る手が震えていた。
そして、おもむろに握っていた芋を皿に置くと、振り返り、今まで見せた事のない形相で魔王を睨みつけてきた。
「ど、どうした? 何か気に障ったか?」
鈍感な魔王はその意味が良く分からない。
口を開いたまま、こめかみに汗を一筋垂らし、姫の動向を見守る。
そんな魔王の横に回りこんできて、姫は静かに顔を近づけ、耳元で囁く。
生暖かい息が耳に吹きかけられ、栗色の髪が魔王の鼻を掠める。
「今の他の人に喋ったら、コ・ロ・ス」
その耳元で囁く姫の顔を目にした魔王に、戦慄が走る。
絶対零度を遥かに超えるであろう、凍えるような冷たい目。
魔王はそれを見て恐怖した。
「ひ〜〜〜! しゃべらん、しゃべらん! 魔王の名においてしゃべらん!」
「そう? それならいいわ、良かった♪」
姫はそう言うと、何事もなかったような笑顔に瞬時に変えて、また芋に手を伸ばしていた。
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魔王はあの目を思い出した瞬間、体を強張らせ小刻みに震えだした。
取りあえず、迂闊に動くと逆鱗に触れかねないので、その場で止まり、姫のよくわからない合図を読み取ろうと努力をしてみる。
――手の平をこちらに突き出し、手をクロス=×マークをこちらに向けるってことは……
分かった! 『魔光波』は打つなって事だな。
そう魔王は解釈すると、右手の人差し指と親指で小さな円を模り、OKの合図を姫に送った。
そして、「分かった分かった」と何度か頷きながら口元を綻ばせ、再度接近し始める。
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――何も分かっちゃいね〜!
姫は魔王を止める術をなくすと、コンビニの手前に置いてある自転車に跨がり、服のポケットに入っていた鍵を差し込んだ。
この自転車は通勤用に姫が使っているママチャリだった。
前に備え付けられた白い網目の籠が目に映える。
その慌しい卑弥呼の様子を見て、店長が中から出てくる。
「どうしたんだい? 卑弥呼ちゃん」
「店長〜! 母が病院に運ばれたって姉からメールが……、ちょっと行って来ます!」
姫は外に覗きに出てきた店長に、青褪めた顔でそう伝えた。
「えぇ、そりゃ、大変だ、行って来なさい、カードは通しとくから」
「すみません!」
顔を引きつらせながら店長に会釈を一度すると、ハンドルをコンビニの敷地外にある道路に向けて切る。
そして、ペダルに足を掛けると、接近してくる魔王から逃げるように、物凄い勢いで自転車を発進させた。
――取りあえず人気のないところへ……
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――うお、姫が良く分からないカマキリみたいな乗り物に跨って、移動し始めたぞ、どうしたってんだ。
魔王は姫の不意を付く行動に面くらい、慌てて空から追いかけていく。
あまり、低空で飛ぶと、建物から出る突起物やら、建物自体にぶつかりそうになるので、それよりは高所を飛んで追跡する。
姫は乗り物の横から伸びた、小さな金属の板を足で踏んで、凄まじい勢いで回転させていた。
まだ日の照り付けが厳しい道路は、姫に向って強烈な熱気を浴びせてくる。
額に汗を滲ませ、ハァハァ言いながらも、ひたすら自転車を漕ぐ姫。
時折、ブレーキを強く掴んで、左足を地に付いて停止し、空を見上げて魔王が付いてきてるか、逐一確認していた。
姫の動きが止まったのを確認すると、魔王が降下してくるので、また急発進する。
その一連の動きを繰り返しながら、姫は魔王をある場所へと誘導していた。
姫は視界に目的の場所を捉えると、その中へ入っていき、奥で自転車を止めた。
息を整えながら、空と入り口の両方を交互に見ながら、魔王の到着を待っていた。
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「なんだ〜? 高い木があちこちに茂る一帯に姫が入ってくぞ、降りてみるか」
魔王は急降下して、姫が入っていった辺りに足から舞い降りた。
目の前に赤い大きな歪な形をした枠がある。
魔王はその枠の間にゆっくり足を踏み入れていく。
石畳の道が奥まで続いている。
黒いローブが歩を進めるたびに、旗が靡くような音をたてる。
周りにはゼームス大陸では目にする事がない木々が、外側を囲むように生えていた。
その石畳の道の先には古びた大きな建物が見える。
やがて、魔王はその建物の前に立ちはだかる金属の乗り物に猛々しく跨り、汗が眩しく光る姫の姿に釘付けになった。
「姫、ソフィア姫!」
目を潤ませながら姫に向って叫んだ。
ゼームス大陸で嫁にまでしようと考えた姫。
そして、その願い空しく、忽然と幻のように消えた姫。
その姫が目の前にいる……
喜びに打ち震え、飛びつきたい衝動に駆られるが自重した。
魔王はゆっくり歩み寄り、姫との距離を徐々に縮めていく。
姫は自転車を足でスタンドを立てて固定すると、地に両足を着けて魔王に向き直る。
「おひさしぶり、魔王ちゃん……」
姫は愛想笑いを浮かべるものの、どこかよそよそしい雰囲気で魔王に話しかけた。




