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第四話、姫じゃん。

「まぁ、もうすぐ救急車きますし」


 男が卑弥呼と話しながらふと視線を降ろすと、仰向けに気絶していた魔王の姿がなかった。


「あれ? ここに居た人は?」


「あら……」


 男がそう問いかけてきて、初めて魔王の姿が消えていることに卑弥呼も気づいた。


「おいおい、どこへ消えたんだ、救急車ももうすぐ来るってのに……」


 男は焦りと驚きが交錯したようななんとも言えない素振りで、辺りに挙動不審気味に視線を這わせていた。


 ――魔王ちゃん、意識取り戻したのかな、だとすると……上だ!


 卑弥呼はそーっと男に気づかれないように、空に素早く顔を向け一瞥した。

 そして、0.5秒視線を空に向けて捉えたものを頭で分析し始める。


 ――青い空に、黒いローブの顔色の悪い人が突っ立ってました。おそらく魔王ちゃんかと思われます。どうしますか?→放置します。


 そう頭で卑弥呼独自の思考パターンで迅速に処理すると、取りあえず、救急車が来るまで待つことにした。







 ――ピーポーピーポーピーポー


「あぁ、救急車来ちまったよ。しゃーねーなー」


 男は苦々しい顔で舌打ちをした。

 救急車がコンビニの駐車場まで入ってくるとすぐに止まり、車の中から慌しい様子で救急隊員が飛び出してきた。

 男は面倒くさそうに頭を掻きながら、その隊員達のいるほうへ歩み寄っていく。


「あなたが連絡をくれた方ですか?」


「はい、そうです」


「で、けが人は?」


「それがええっと――」


 男はこめかみに滴る汗を拭きながら、罰の悪そうな顔で俯き言葉を濁す。


「消えちゃいました……」


 嘘をついても仕方ないので、思い切って本当の事を隊員に伝えた。


「消えたってあんたね〜なにしてたんだい?」


「いやそれが〜……」


 救急隊員と男がぶつぶつやり取りをし始めたのを見計らって、その場からそろりと離れる卑弥呼。


 ――取りあえず、ややこしい事はあの人に任せて……魔王ちゃんをどうにかしないと。








 コンビニから10メートルほど上空に移動した魔王。

 目が覚めたとき、視界にまず入ったのはグレイのやぼったい履物を纏った、冴えないしょぼくれた男の顔だった。

 男が会話を交わしている女らしき姿は、魔王の角度からでは後ろ頭しか見えなかった。

 取りあえず、二人の会話を早いうちから、眠った振りをして聞いていたので、何故自分の傍に集まっていたかは大体分かっていた。


 ――しかし情けない、この魔王ともあろうものが、人間の前で気絶した姿を晒すとは……

 

 その姿を見られる醜態に耐えかねた魔王は、彼等の隙を窺い、そーっと背中を地から少しばかり浮かせて、死角になるであろう壁の隅に高速で水平移動し、その場所からはるか上空へ音も立てずに素早く飛んだのであった。

 魔王は上空から下の様子をぼーっと眺めていた。


 ――なんか、下の広場に色々あるな〜、赤い光を放つ白い箱物、銀色の箱物もあるし。


 物珍しそうに観察をし始める魔王。

 その興味はそのうち無生物から人間に移っていった。

 視線を救急隊員2名から男に巡らし最後に女の顔に置いた。


「うーん……んーー、あの女、どこかで見たような」


 魔王の目はとても良かった。

 上空2500メートルからでも地上に歩く、蟻の姿を観察できるほどであった。

 もちろん、今眺めている人間の顔、その顔についているホクロから、服装の刺繍の細かい部分まできっちり見えていた。

 その双眼鏡のような目で女を見ていると、以前にも会ったような不思議な感覚を覚える。


「あれ? あの耳飾り、どこかで……」


 魔王は女の耳に注目していた。

 女の耳を飾るイヤリングは独特な形をしている。

 獅子のような胴体に鷹の頭がくっついた、変わった動物を模った金色のイヤリング。


「あれは、サルビカス王家の紋章!」


 『サルビカス王家』

 

 ゼームス大陸に幾つかある国の一つサライアを統治する王族。

 彼等は戦う事を放棄し、早くから魔王に白旗を揚げ忠誠を誓った者達。

 その王族だけが身に着けることが許される、王家の紋章を模ったイヤリング。

 そのイヤリングを耳につける女。

 それを見て魔王は、更に女に熱い視線を送る。


 ――あの女は間違いない、ゼームス大陸のサルビカス王家の女だ


 女の顔をマジマジ見つめると、喉仏の少し下辺りにある青い★型のホクロが見えた。


 ――あのホクロは! 


 魔王は女のホクロの形と位置に見覚えがあった。

 そしてはっきりその正体を確信してしまう。


「姫じゃん……ソフィア姫じゃん」


 ボールから空気が漏れたような声を発し、呆然と姫の姿を見降ろす。

 魔王はその女の髪型と化粧の仕方が姫と全然ちがっていたために、すぐに姫だと気づかなかった。

 しかし良く見ると顔のパーツが姫と同じものだった。

 とぼけた目つきに、丸い小さな鼻、金色のぱっちりした瞳……Etc。


「なぜここに……」


 ゼームス大陸にあるサライアの国を治める王族の姫が、異質のこの国になぜか居た。

 魔王は驚きを隠せない。


 ――何であの姫が……


 魔王は過去での姫との触れ合いが、頭をよぎり回想し始める。

 



 #



 

 ゼームス大陸を支配する魔王は、自分の支配下に置いた国々に、食べ物やその国特有の調度品を決まった周期で、魔王城に献上させる事を義務付けていた。

 それはサライアを治めるサルビカス王家も例外ではなかった。

 

 ゼームス大陸での一年前、サルビカス王家の者が調度品などを献上しに魔王城へやってきた。

 その者達はターバンの真ん中に赤い宝石をつけ、独特の簾のような白いひらひらを重ね合わせたような服装を纏っていた。

 その姿はとても印象的で魔王の目に深く焼き付いていた。

 

 しかし、その中でも一際目についた存在が――――ソフィア姫である。

 

 周りが王家の装束を身に着けているのに対し、彼女だけは桃色が鮮やかなゴージャスな宝石が散りばめられた、目が痛くなるようなドレスを着ていた。

 魔王はその姿を見たときこう思った。


『何このデーハーな女は?』


 しかし、魔王はその派手なドレスを着た姫に、どういうわけか興味をそそられ、その出会いをきっかけに、彼女を度々魔王城へ招待するようになっていった。





「なー姫よ、お前はなんでそんな派手な格好をしてるんだ?」


「魔王ちゃんは、なんでそんな気持ち悪いローブ着てるの?」


 質問に質問で返す姫。


「あぁ? そんなもん決まってるじゃないか。目立つからよ! 見た目は大事だ。まず相手と対峙するとき、舐められたらいけないからな、只者じゃないと思わせなければいけない、だからこの格好を択んだわけだ」


 魔王は力強く独自の理論を振りかざし、姫に向って得意げな顔を浮べ言った。


「なら同じよ、私も只者じゃないって思われたいし、目立ちたい」


「へ?」


 魔王は間の抜けた顔で口を半開きにして、姫の顔を覗き込んだ。

 唇をきゅっと締め、魔王城のテラスから夕日を眺めるその瞳はどこか力強く、そして清流を湛える水のように澄んだものだった。


「同じ種類の同じ模様をした魚の群れに身を任せる人生なんて嫌。私はその魚の群れを離れていつか……」

 

 姫は唇を一瞬かみ締めたかと思うと、最後まで言い切る事無く、言葉を紡ぐのを止めた。

 そんな姿を優しく包み込むような目で眺める魔王。


 ――姫……逞しい娘よ、王族の娘にありがちな箱入り女とはまるで違う。


 魔王はこの時から姫に少しずつ惹かれていく。

 何度も魔王城へ姫を呼び寄せ、その度に姫と濃厚な話を交わす。


 ――ある日の会話


「姫、痒いのか? 背中かこうか?」


「うん、右肩の拳3つくらい下掻いて」


「分かった!」


「あぁ、気持ち良い、ありがと魔王ちゃん♪」


 ――また違う日の会話


「姫、動物好きか?」


 魔王はそう優しい瞳で姫に問いかけると、可愛い子犬を木箱にいれて

 姫に手渡そうとした――それを見た姫は


「犬はいらない、猫にして」


 魔王の温かな思いを、そっけない一言で打ち砕く姫。

 しかし魔王は怒らなかった。


「ははは、猫か、姫らしい」


 

 そんなやり取りをする毎日が何日か続いたが――ある日

 サルビカス王家に魔王直筆の文書が届いた。


『ソフィア姫を嫁にくれ――以上』


 たった一行で纏められたその文書に、王様はあっけに取られた言う。




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