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第三話、そんなあなたは!?

「ふぁ〜あ、どうすっかな」


 魔王は標高500M付近の空の上を、頭の後ろで両手を組んで、仰向けに寝転ぶように飛んでいた。

 格好よくイクゾーと別れたものの、行く当てがなかった。

 これといってする事も見当たらず、部下もいなければ知り合いもいない。

 

 ――魔王は悩んでいた。

 冷静に考えてみると、問題が山積みな事にきづいたからだ。

 この後どうしようか? 俺の飯はどうなるんだ? ゼームス大陸に帰れるのか? など……

 ただ、さし当たっての最重要項目はやはり飯だ。

 魔王は腹に右手を当てながら、力ない顔を表面に浮かべていた。


 ――もうだめだ、腹が減りすぎて眩暈が……取りあえず、地上に降りてみるか。


 魔王は短い命を夏の間燃焼させ、死の瞬間を迎えた蝉のように、ふらふらと地上へ落下していく。


 ――あれはなんだ?


 落下してゆく魔王の弱弱しい目で捉えたものは、白い正方形の建物らしきものだった。

 その建物の横には黒っぽい地表の広場が見える。


「とりあえず、あそこに着陸だ」


 着地地点を広場の真ん中にロックオンすると、魔王は一直線にその場所へ頭から滑降していく。

 風を切る魔王の黒いローブは激しく波打つ。

 ほぼ重力に逆らわず、落下していく魔王。

 徐々にだが、確実に目で捉えている風景が大きなものへと変わっていく。


 地上から30M付近まで降りてくると、上昇する力を解き放ち、落ちる速度を少し弱める。

 そして、地上擦れ擦れの上空で、魔王は空中で前転するかのように、頭を腹の方へ引き込みその反動で、一回転して足から地面に舞い降りようとした……


 しかし、距離の計算が空腹のせいで曖昧になっていたため、足より先に頭から広場の堅そうな地面に舞い降りた……いや、突き刺さった。

 広場の黒い地面に、魔王の頭がめりこんだ辺りを中心にして、放射線状に大きな無数の亀裂が走る。


「いてぇ……」


 魔王は生きていた。人間や並の魔物なら首の骨が折れて、死んでいるところだが、ぴんぴんしていた。

 鋼鉄よりも堅い頭、鎧のような鍛え上げられた筋肉、魔族特有の丈夫で太い骨が、派手に頭から落ちたにも関わらず、首の捻挫程度で押し留めたのである。


 

 頭が刺さったまま体を内側に折りたたみ、両足を地面につける。

 そして、両手の平を地につき、地面にめり込んだ頭を引き抜こうとする魔王。

 しかし首と腕の力だけでは、いくら力んでも抜けなかった。


「この野郎〜〜」


 その無様で苦しい姿勢に嫌気が差してくる。

 同じ方法で駄目なら……と頭を冷ややかにし回転させる。


 ――よし、これでどうだ。


 四肢をたわめ、力を溜め始める。


「ぬおぉお」


 魔王の力が四肢に行き渡り、辺りの地面が微かに振動し始める。

 そして、それらを一気に伸ばしたかと思うと、体を勢いよく上に持ち上げた。


「オラー!」


 ――スポッ


 ビールの栓が抜けたような音とほぼ同時に、魔王の頭が地表の石を巻き込みながら、引き抜かれた。

 抜けたまでは良かったが――その反動で体勢を崩し、後頭部から後方の堅い地面に激突した。

 仰向けになったままピクリとも動かない魔王。




◆◇◇◆



「おい、どうしたんだ君! 変な仮面つけて……おい、生きてるか?」


 偶然近くを通り、魔王の地面に横たわる姿を発見した男が、安否を気遣い魔王に近寄って声を掛けた。しかし、反応がない。


「これは……」


 それを見て、咄嗟に魔王の左手首を掴み脈を確認するが、脈自体が見当たらなかった。

 魔族は人間より少し深いところに脈があるため、相当怒りをむき出しにでもしない限り、外へと浮き出る事はまずない。

 脈がだめなら――ってことで魔王の胸に男は耳を当てると、心臓の鼓動が聞こえてくる。

 それを確認した男は、次の行動に移る。

 

 ――えーっと、車の講習思い出すんだ、落ち着いて〜、次は、呼吸確認だ


 男は暑い太陽の日差しが照りつける中、汗を顔一杯に掻きながら迅速に行動する。

 魔王の鼻に手をあてると、冷たい空気の流れが感じ取れた。

 その冷たさに異様さを感じたが、取りあえず息をしていると判断した彼は、握り締めていたバッグから何か小さな四角いものを取り出し、真ん中で折りたたまれていたそれを開いた。

 そして、中に閉じ込められていた表面に、規則正しく並ぶ丸いボタンを三つ押すと、開かれた片方に耳を欹てる。


「○×所です」


「あ、コンビニの駐車場で男の人……た、たぶん男の人が意識を失い倒れています。すぐに救急車寄越してください、場所は、えーっと、どこだここは?」


 男はこの場所の特定が出来なかった。

 あまり普段は来る事がないこの場所。

 たまたま、仕事先へ行く途中で通りがかっただけのようだ。


「あーちょっと待って……」


 男はそう四角い物体に話しかけると、白い建物へ近付いていく。

 真ん中で割れた透明の扉までやってくると、自動的にそれは外側へ開いた。

 その扉が完全に開き切る前に、男は慌てながら中へと駆け込むと、大きめの声で叫んだ。


「すみません! 外で男の人が倒れてて……救急車呼びたいんだけど、住所分からなくて、教えてください!」


 男は外の広場を指差しながら、カウンターの向こうに陣取る年若い女性と白髪の男性に向き直り、早口でまくし立てた。


「あー、はい、ち、ちょっとまって下さいね」


 女性の方が先に男の訴えに反応して、カウンターの下に手を伸ばすと白い紙を取り出し、そこに書かれている文字の羅列を読み始める。


「○×市○×区○×町〜2−3」


「あー、もう一回言って」


 男は聞き取れなかったらしく、向かいの女に復唱させ、途切れ途切れに放たれる言葉に少し遅れて、四角い物体に同じ言葉を掛けていく。


「分かりましたー、○分後すぐ向います、そこでお待ちください」


 四角い物体から人の声が男の耳に届き途切れると、多少安堵の表情を浮かべその場で立ち尽くす。

 額の汗をグレイの履物の袋から取り出した白い布で拭いさると、透明の窓を通して魔王の姿を建物の中から見やった。

 ――男は外に放置された魔王が気になり始めたのか、白髪の男性に「ちょっとみてきます」と声を掛け、また外へ踏み出て行った。


「おい、君、もうすぐ救急車が来るからね」


 男は魔王に近付き、心配そうに震える大きな声を魔王にひっきりなしに掛けていた。

 魔王はその懸命な声にも、意識を取り戻す様子はまだ見えない。





 #



 

 白い建物の中にいる女性が、隣にいる白髪の男性と会話をいくらか交わすと、外へ飛び出してきた。


「大丈夫ですか〜?」


 外の倒れた人の安否が気になり、様子を見に来たようだ。

 ストライプの白の縦腺が、明るい青の布地に流れた上着を羽織った年若い女性。

 その下に白い肌着、グレイのスカートが垣間見える。

 肩より少し長めであろう栗色の髪を後ろで一つに束ね、大きな金色の瞳を震わせながら、魔王の姿を見下ろす。


「あれ、どこかで見たような……」


 その女性は魔王の姿を見て何か思い当たったのか、首を傾げながら食い入る様にその姿を眺める。

 男はその女性の言葉と様子から、曖昧な確信を含んだ言葉を投げかける。


「どうされたんですか? お知り合い?」


「いえ、こんな変……いえ、たぶん違うと思います」


 女性は――こんな変質者みたいな格好をした人と知り合いな訳は無い、と言いかけたが、その言葉を途中で止めすぐに飲み込んだ。


 ――どこかで、会った事がある気が……ま、真っ黒な服、ま、間抜け……


 女性はどうもこの倒れてる人を見てると、『ま』の字が頭をよぎって離れなかった。

 しばらく彼女の連想は続いていた。


 ――『ま』で始まる言葉集合〜! まっ○ろくろすけ! マントヒヒ! 丸顔! アン○ンマン! ちが……

 

 途中で「ん」を言ってしまい、しりとりでは無いんだけど、何か落胆した様子で頭をうな垂れる。その女性の顔に不審な目を送る男性。


 ――もう少しよ、頑張れ、卑弥呼!


 どうやら彼女の名前は卑弥呼らしい。


 ――魔物、魔界……魔、あ!?



「そんなあなたは 魔王ちゃん!?」


 女性はとうとう正解を導き出したようだ。

 その正体を知って面くらい、思わず間の抜けた言葉が外へと飛び出た。


「ん? 魔王ちゃん?」


「いえいえ、なんでも〜ハハハ……」


 どこかごまかす様な口調で苦笑を浮べ、その場を取り繕う卑弥呼。

 ぎこちない会話を男性と交わす傍らで、魔王の青く尖った耳の先が微かに揺れた。

 

 


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