1章完結、第五十話 過去との決別。
ルージュは俺の顔を見ると、口を両手で包み驚いたように目を見張った。
『おぉ、ルージュちゃんか奇遇だね』
ドンゴロは間の抜けた挨拶をした。
しかし、ルージュの黒目がちの瞳には俺しか映っていないようだった。
『光君……光君なの? 』
声を震わせて確かめるように言った。
『あ、あぁ……ていうか、なんでこんなとこに……』
俺はセギトに長い間帰らなかった後ろめたさもあってどんな顔をすればいいか分からなかった。
しかし、俺がへどもどしていると、ルージュは突然目端を吊り上げて捲くし立ててきた。
『そんな事はどうでもいいの! それより……今までどこで何してたの!? みんな心配してたのよ! 』
『…………』
俺はしばらく無言を決め込んで、その間に言い訳を考えていた。
『……ちょっとその辺歩いてくるわ……』
俺達の込入った様子を見て、ドンゴロはなけなしの気を使って二人にしてくれた。
粗暴に見えて、敏感にその場の空気を読む速さは年の功か……
俺はどう返答しようか迷っていた。
洞窟の中で寝ていて、起きたら超人になってたもんだから、調子こいてあちこち放浪して、でも、セギトには帰る気しなくて今まで流浪人してた――と真実をありのまま言えば、ルージュは納得する――とは思えなかった。
『私だって……心配してたんだから……』
悲哀のこもった搾り出すような声で言って俯いたまま黙る。
しかし、まだ言い足りなさそうに、口を引くつかせている。
俺はその様子を見て、もう少し黙ってみることにした。
少しルージュの口から何か引っ張りだしてからの方が、言い訳しやすいんじゃないだろうかって。
洞窟で目覚める以前の記憶がないのに、下手に作り話をでっち上げて噛みあわないと話しがややこしくなる。
そう思って、だんまりを長引かせて、ルージュの動向を見守ることにした。
『ジャンヌ姉ちゃんに念交玉で聞いたんだけど、ギガントを倒した後、行方不明になったって言うじゃない! 』
何を言っているのかさっぱり分からなかった。
ただ、俺の抜け落ちた記憶の一部分である事は確かだった。
ルージュは語気を強めて続けた。
『私はね、途中で脱落して……みんなと一緒に行くことはできなかったけど……こんな辺境の村にいても、ずっとみんなの事を思ってたわ……絶対ギガントを倒してくれるって、そしてあなたたちは倒したわ……でもその後、あなたは姿を消してしまった』
ルージュの目尻に透き通った涙の粒が溜まり始めていた。
今にも声を上げて泣こうって風に、ふっくらした頬を赤く染め口元を振るわせていた。
涙が持ち上がった頬の上で小さな泉をこしらえ、今にも決壊しようとした時、
『ちょっと待った! 』
俺は叫んでいた。
ここでわぁわぁ泣かれては、体裁が悪いし俺が質問ができるようになるまで長引いてしまう。
そう思って、大きな声を放ってルージュの涙を留め置いた。
そして、抑揚のない低めの声で刺激しないように切り出した。
『ここじゃなんだから、君の家で話さないか? 』
辺境の地とは聞いていた。
しかし、ここまでとは思っていなかった。
藁葺き屋根の住居が点々と建ち並んでいた。
木造高床式の造りは日本から遥か南にある東南アジアの村を彷彿とさせた。
北方のリアーザにいた時は、袖の長い衣服を着ていても肌寒く感じたが、ここは半袖でもいいくらいだった。
ルージュも肩が露出した白い衣に赤い民族衣装のようなものを身に着けていた。
『取りあえず、長旅してきたんでしょ、飲み物でも持ってくるから座っててね! 』
一時の感情の高まりは治まったらしく、ルージュはあっけらかんとした微笑みを湛えて部屋の奥に消えていく。
ルージュの背中を見送りながら俺は違和感を覚えていた。
涙を流してまで俺の帰りを心配してたと訴えるのはなぜだろうか?
確かルージュはシルクって奴と恋人同士だったはずだ。
まぁ……失われた記憶にその理由も隠されているのだろう。
『助かったなぁ……偶然とはいえ、ルージュちゃんいて本当助かったわ』
確かに……こんな辺境の地の寒村じゃ知り合いでもいなけりゃ、休憩もままならなかったに違いない。
ルージュが戻ってくると、変わった味の飲み物と甘い香りが漂う果物でもてなしてくれた。
俺はその甘い飲み物を啜りながら、訥々とこれまでの経緯をルージュに伝えていった。
『記憶がなかったんだ……』
目を見開いて驚いた風に、口を薄く開けて呆けていた。
『はぁ~ん、また記憶喪失になってたんか』
『いや、今度のは嘘じゃなくって本当の記憶喪失だよ』
ドンゴロにはそれまで詳しい話しをしていなかった。
会った当初も、クライス様のところを首になった程度の会話しかしていなかった。
ルージュは俺の記憶喪失について、最初は疑ってたが毅然とした態度でそれを強調していると、やっと信用したらしく、噛んで含めるようにこれまで起きた出来事を話し始めた。
『ギガントはマイルを治める魔族の王の名よ、ギガントは人間達を蔑み、税の負担を人間側だけ大きくしたり、諸政策においても人間に不利なものばかり作ってマイルの人々を苦しめていたわ。クライス様は常日頃から、そんな圧政に苦しむマイルの民を哀れに思っていた。そして、見るに耐えかねたのか、それとも時機を見計らってたのかは知らないけど、ある日――騎士見習いのみんなにギガントの暗殺を提案したの……最初は皆戸惑ったけど、この国が平和になるなら素晴らしいって最終的には賛同したわ、そして、決行することになったの』
『え……でもそんな事しても、どうせまた似たような魔族が王に……』
『その点は抜かりなかった。クライス様は魔族の上層の方と太いパイプがあるらしくって、その方が現魔王にマイルの次期王にはぜひクライス様をって根回ししてくれてたらしいの。つまり、ギガントが倒れれば、自動的にクライス様がマイルの王となるのよ。実際、皆がギガント討伐に成功して、今、クライス様はマイルの王として君臨しているわ。マイルの虐げられていた人間達は快くクライス様を迎え入れた。そして、騎士見習いのみんなは今はマイルのクライス王、直属の騎士団の中核として頑張っているわ……でもそこに本当ならあなたがいたはずなのよ』
俺はルージュの話で失った記憶の大部分のピースを集めることができた。
ここまで聞いた時、俺はある一つの推測が頭に浮かんだ。
クライス様は最初っからギガント討伐に向かわせるために、騎士見習いと称して人間を集めたんじゃないのかって。
セギトに着いたばかりの時のドンゴロの話しを思い出した。
確か、騎士見習いの募集の条件に天涯孤独である事があった。
ギガントを暗殺する際、クライス様自ら出向くのは論外、そして、セギトの正規騎士である魔族を使うのも難しいはずだ。誰の目にも触れる事無くギガントを倒しその場をひっそり去ることができれば問題ない。だが、途中で王都の魔族にその姿を見られたり、万が一、負けて無様に死体を敵地で晒すようなこともないとは言い切れない。ギガント暗殺に関わった者が同族だと知れれば、魔族内で様々な懐疑や憶測が飛び交いクライス様に結びつくこともありうる。そうすれば、クライス様に同族殺害の嫌疑がかかってしまう。
その点、信頼のおける人間を通して集めた身寄りのない人間を使って、その暗殺を試みれば、それが成功しようが失敗しようが、クライス様に結びつくことはまずないだろう。人間であるだけで良い気もするが、身寄りのあるなしを含めたのは、万が一にも親類縁者にクライス様との繋がりが漏れる事を危惧してのことだろう。
更に、セギトは孤立した要塞だし、ルージュの話しでは、騎士見習いの面々はセギト中心部の極秘の部屋から、人気の全くない古びた遺跡の地下までの空間を時空魔法で結んで出入りしていたらしい。しかも、外へでる日は一週間に一度と決められ、外では全て足先から頭まで覆う赤い鎧を着せられてたらしい。
その存在が世に知れることは皆無と言っていい。
推測の域は出ないが、この徹底した用意周到ぶりを考えると間違いないだろう。
まぁ……でも、そんな事は俺の中ではどうでもいい話だった。
気になるのは、俺はギガント討伐に参加して、実際、マイルの王都に出向いて、皆と一緒にギガント暗殺に絡んだらしい事実。そして、ギガントを倒した後、どういう理由からか俺だけその場を去っていた。
一体この時、何が俺にそうさせたのか――
もしくは……俺の身に何が起きたんだろう……
この時に記憶を失わせる何かが起きたに違いない。
一部始終をルージュに聞いたその後、ルージュも一緒に旅がしたいとごねるので、ルージュもギルドに登録させて、三人で旅をすることになった。
仕事をこなしているうちに、ルージュは俺を勇者様と呼ぶようになった。
俺はその呼び方はやめてくれとルージュに訴えた。
しかし、頑として受け付けようとしない。
圧倒的な力で魔族をなぎ倒す俺は、勇者と呼ぶに相応しいと言うのだ。
俺はパーティが三人になったことも踏まえて、一度、規律みたいなものを作ろうと三人に提案した。
もちろん俺を勇者と呼ばず、横の繋がりを大切にしようと言うつもりだった。
だが、事態は逆へと流れた。
日頃からの俺のずば抜けた強さをドンゴロも認めていた。
俺がパーティのリーダーとなるべきだとドンゴロは声を張り上げた。
こうなると、もう俺には止めようがなかった。堰を切ったようにルージュが話しを進めた。
結局、パーティ内の約束事として――
俺がこのパーティのリーダーを努める事。
それぞれを特定の名称で呼び合う事。
俺は勇者、ルージュが魔法使い、ドンゴロは僧侶だった。
その方が格好よく周囲の人々も親しみやすいと、示し合わせたように二人の意見が一致していた。
俺はもう何も言わずそれを受け入れる他なかった。
この二人に言っても無駄だと分かっていたからだ……
そうして、粛々と三人で仕事をこなしていると、ある日――闇ギルドに大きな仕事が入ったのだ。
依頼主は匿名だった。その案件とは、ゼームス大陸の実質支配者、現魔王の討伐だった。
最初はその仕事を受けるなんて気なんて更々なかった。
何といっても相手は魔王、いくら俺が強いといっても……
だが、この依頼の情報を拾ってきたドンゴロは、やってみたいと言い出した。
ルージュも乗り気だった。二人はギルドの一般的な仕事に飽き飽きしていた。
俺が強すぎて、あっという間に魔族を倒してしまうので面白くないとか不平を述べていた。
魔王なら少しは楽しませてくれるはずとか無謀な事を喚いてた。
何勘違いしてるんだ……あんた達が強いわけじゃ……と言いたかったが、面倒なので口にはしなかった。
結局、魔王の城には行ったし、はっきり言って相手は思った程強くなかった。
むしろ、弱かった。
ルージュは岩陰で他人事を決め込んでたし、ドンゴロは死にかけてはいたが……
俺との一騎打ちで歴然とした力の差を悟った魔王は、恐れをなして逃げようとしていた。
俺は面倒と思いつつもしとめにかかった。
逃げる者を追う趣味もなかったが、あそこまで追い詰めて逃がす道理もなかった。
じりじりと魔王に詰めよった。しかし、なぜか……その途中で、魔王に向かう足が鈍る。
その一瞬の躊躇が魔王を逃がすことに繋がったが――
――まぁ、魔王なんてどうでもいい……問題は、ギガントを倒した後、俺に何が起きて、なぜ記憶がきえたのかだ……
「ねぇ、まだ悩んでるの? 」
「あぁ……」
既にルージュはテレビを消して勇者の顔を横から覗き込んでいた。
「前も言ったけど、過ぎ去った記憶なんてどうでも良いと思うの。過去に縛られて今が楽しめないなんて、つまらないよ! それにもうゼームス大陸に帰れないわけだし、あの時の記憶思い出しても仕方ないよ」
「おーい、飯できたぞー!」
階下からドンゴロの野太い声が響いた。
「はーい、今行きますー!」
ルージュは明朗な声で階下に伝えると、勇者の腕を引っぱりながら、
「ほら、美味しいご飯食べに行こう! 」
屈託ない笑顔を向けた。
――――そうだったな……俺達はいつだって……今って瞬間を大事にして生きてきたんだ……そして、これからも……
「よし、行くか! 」




