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下記はボツにします。
彩(27話~30話参照)は大学の講義を終えると、彼氏である卓と喫茶店に立ち寄っていた。
閑静な住宅街にある、美味しいケーキが評判の落ち着いた外観の喫茶店だ。
「ミルフィーユとホットレモンティー……」
彩は自分の注文を伝え、視線を流し向かいの卓に目配せをした。
しかし、卓はそれに気づかず、喫茶店の窓の外を虚ろな眼差しでぼんやり眺めている。
「ちょっと、卓……何にする? 」
彩が声をかけるが、昏く虚ろな瞳は反応を見せない。
さすがに間が長引きすぎて、注文待ちのウェイトレスの目が気になり始める。
――確かいつもは……そうだ
「後~レアチーズケーキとホットコーヒーで! 」
苦笑いを浮べ、ウェイトレスに応対する。
事務的な口調で注文を復唱し、ウェイトレスは営業スマイルと軽い会釈をして奥へと消えていく。
彩は大きな溜息を一度吐いた。
「卓! おーい! もしもしー!」
周囲の目を気にしつつ、声を抑えながら卓に言った。
それでも眉一つ動かさない卓。彩は業を煮やして、卓の顔付近に右手を持っていった。
そして、親指と人差し指をすり合わせてパチンと乾いた音を響かせる。
「お、あぁ、どうした……?」
「どうしたもこうしたも……催眠術じゃないんだから……」
彩は頭を右手で抑えながら、呆れたように顔を歪めて呟く。
元々彩と卓は近所に住む幼馴染というありふれた関係だった。
だが、地元の同じ高校に進学した頃、卓の横顔を眺めているうちに、ふと胸の内に浮ぶ特別な感情に気づいた。
彩は最初は気のせいだと感じ、それを心にしまいこんいたが、ある時、学校が終わって二人で帰る途中にふと、卓に呟いた。
『私たち周りからどう見えてるんだろう? 』
彩はなんとなく口を衝いて出た言葉に驚いていた。
何言ってるんだろう……私……
唐突な彩の言葉に卓も驚いたような顔をして、
『さぁ……』
黄昏の夕日を受けて、二人は無言で歩を進めた。
その途中、卓は何か決心したみたいに喉をごくりと動かし、右手に触れる彩の手をさり気なく握った。
『こ、恋人同士に見え……てるかもよ? 』
少し間を置いて、顔を赤らめ卓が声を上ずらせて囁いた。
彩は期待はしていたが、本当に返ってくるとは思いもしなかった言葉に動転し、鼓動が高鳴るのを感じた。
二人の関係が幼馴染の垣根を越えた瞬間だった――――
――懐かしいなぁ……
彩はそんな出来事を遠い過去のように感じながら、夜ベッドの上で回想に耽っていた。
――あの後、結局、卓に告白させちゃって……
甘い過去に陶酔し微笑む彩だったが、それも束の間、見る間に表情を変えて口先を尖らせる。
――だけど、今の卓にはあの時の面影がどこにも……
体を反転させて、桃色の枕にうつ伏せに抱きつき顔を埋めた。
そして、なぜか、漆黒の視界に映るは魔王の姿だった。
――今、どうしてるんだろ……魔王さん……
枕元の携帯を手に持ち、しばらく人差し指で弄んでいた。
彩が卓の事を思い悩みながらも、睡魔に負け眠り込んだ翌日の朝、魔王は最強の敵を迎えていた。
「魔王よ……ゼームス大陸を混迷におとしいれた罪……許しがたい……今ここで屠る! 」
魔王はほっかむりの漆黒のローブを脱ぎ捨てた。
「ハハハ……愚か者め、闇の支配者である我の力を知らぬ痴れ者には……当然死あるのみ! 」
魔王は対峙する敵対者に、手の平を向け構えた。
何やら口ずさみながら、禍々しい気を手に集めている。
大きな手の平に集約され形を成す青白い光の玉。
それが凄まじい勢いで対峙する相手に放たれる。
「魔光波! 」
長い白光の緒を引きながら、一直線に対象に向かうエネルギーの塊。
だが、待ち受ける敵は事もなげにそれを交わした。
数瞬後、的を失った光は、その少し向こうの地に着弾した。
地鳴りのような爆発音が轟き、吹き上がる炎で生じた高熱が辺りに風を撒き散らす。
「魔王覚悟! 」
爆風と砂煙が目に入るのを腕を盾にして防ぐ魔王。しかし、それを好機と見るや、敵対者は一瞬で間合いを詰め、魔王の背後に回っていた。
「なんの! 」
唸りを上げて振り下ろされる白刃を、体を反転しながら交わし敵対者の脇に入り腕を上から押さえつける。
「さぁ、どうする!? 」
魔王は敵対者の腕に強い力を加え、鈍く光る白刃をその手から地に落とさせた。
「まだまだぁ」
甲高い声を上げると、自らの右手を上から押さえつける魔王の腕を、巻き込むように前転して魔王の大きな体を宙に舞わせた。しかし、前につんのめりながら魔王は片手を地に着き、腕の力でとんぼ返りして離れた位置に着地する。
「ははは……中々やるな! だが、もう剣は……」
「剣よ! 我が手に! 」
上空で声がすると、地に横たわる剣がまるで生き物のように震え一直線に空へ飛び立つ。
魔王が空を仰ぐと、太陽を背に受けた小柄なシルエットが目に映った。
飛んできた剣の柄を握り締めると、
「炎よ! 剣を焦がし灼熱の剣を我に! 」
と叫んだ瞬間、どこからともなく蛇のように蠢く長い炎が湧き起こり、敵対者の持つ剣に絡みつき赤く染め上げていく。
「その技は……」
太陽の眩しさに手を翳して、魔王は叫んだ。
灼熱の炎を纏う剣が、上空から魔王に振り下ろされる。
しかし、その切先が魔王に届く瞬間、魔王の姿が地に潜り込むように消えた。
「こっちだ、こっちだ!」
見ると、魔王はいつの間にか離れた場所に移動していた。
「時空魔法か……やるわね」
「うむ、姫もなかなかだったぞ」
二人から殺気のようなものが急激に和らいでいく。
「魔王ちゃんも、たまにはこうやって体鍛えないとね、中年太りするよ」
「俺の体は人間とはちょいと違うんだ。そんなことにはなりはせん! 」
朝から魔王と姫は魔王の作った箱世界の中で、模擬戦をしていた。
姫の持つ剣はモックソードだ。ゼームス大陸の模擬試合で広く使われる刃のない刀だ。
それでも魔法剣を使えば、それなりの破壊力は付与することができる。
最初に放たれた魔光波も死なない程度の破壊力ではあるが、直撃すればそれ相応の火傷を相手に負わせる。
模擬戦といえど、ある程度のリスクを背負って二人はさっきまで戦っていた。
「お疲れ様です~怪我はないですか? 」
薄い青白い寝着を身に纏ったリーシャが、傍らから声をかけた。
「ちょっと腕に焼けどが、よろしくね」
「はい! 腕を出してくださいね」
リーシャに赤くなった腕を姫は差し出した。
「清浄の水よ! 」
リーシャは目を閉じて、口元でぼそぼそっと口ずさんだ後叫んだ。
足元の土の地面から水滴が幾つも浮かび上がり、姫の腕の火傷の部分に集い覆っていく。
透き通った青く光る水滴は姫の火傷に吸い込まれるように消えたかと思うと、焼け爛れた肌を潤すとともに火傷を癒していく。
「はい、完全に治りました! 」
「有難う、リーシャさん! 」
今リーシャが姫に施したのは、ゼームス大陸に伝わる神水魔法の『癒しの水』と呼ばれるものだ。
水のエレメンタルを利用して様々な効果を生み出す神水魔法にある呪文の一種だ。
リーシャはこの系統の魔法を得意としていた。
魔王達がある程度傷を負う覚悟で戦えたのも、彼女の治癒魔法が念頭にあったからだった。
「ちゃんと、見せてみて」
魔王が姫の細い白い腕を優しく手にとり、隈なく視線を這わせる。
「大丈夫だってば……」
「うむ、完全に消えてるな……すまぬ、次から魔光波はやめとくわ……」
姫は手加減するなと最初に言ったが、それでも10分の1程度の力に抑えて魔王は戦っていた。
しかし、それでも姫に火傷を負わせてしまい、魔王は酷く反省していた。
――はぁ、俺のかわいい~目に入れても痛くないくらいかわいい~姫の真白な腕を俺は……
消沈した様子で猫背気味にうな垂れる。
「あ、リーシャさん、そろそろ仕事いく準備しなきゃ! 」
リーシャはそれを聞くや、青褪めた顔で懐から巨大な目覚まし時計を取り出した。
「きゃああああああああ!! 急がなきゃーーーー! 姫様ーーーー早くーー!」
甲高い悲鳴を響かせ、取り乱してその場で右往左往するリーシャ。
彼女は時間には正確でなんでも物事が決まった通りに運ぶのを好む。
執事系タイプの魔族に共通する性質だ。
決まったスケジュールどおり事を進めて初めて安堵を得る。
その行動は常に直線的で、故に、一度その規則正しいリズムが崩されると脆さが露呈する。
今日は姫と魔王との模擬戦という不測の事態が入り、その戦いに目を奪われているうちに時間の把握を怠ってしまっていた。
「あぁ、急がなきゃ~! 」
リーシャは魔王の丸太小屋へ物凄い勢いで走った。
途中、マランガが自らが住む木の扉を内から開けて、
「お、リーシャさん、早起きじゃねーか! 」
リーシャの姿を認めて、笑顔で声をかけた。
が、彼女は動転していて周りが見えていない。
素っ気無く障害物を払った手は、とてつもない力を孕んでいた。
悲鳴とも嗚咽とも取れる声が青空の彼方に吸い込まれていく。
「あ、マランガ、おはよ! 」
時間差置いて、一時的に冷静を取り戻すがそこにはマランガの姿はない。
「それどころじゃないーー!」
一瞬で彼の存在を忘却の彼方に放りこみ、我に返ったリーシャは丸太小屋の中へ消えていった。
姫達は苦笑いを浮べその一部始終を見ていたが、姫は隣にいる魔王に振り向いて、
「じゃ行ってくるね、戸締りよろしく! 」
「おう、任せとけ! 」
魔王が力強く言うと、姫は青い空を仰いだ。
青い一条の光が天に向かって消えていく。
リーシャが姫のアパートの部屋に飛び立ったのだ。
「リターン! 」
姫は青い光の筋を見て微笑むと、魔王に手をニ三度降っておもむろに呪文を叫んだ。




