第四十八話、青空と勇者 回想その16
――うわ、広いなぁ……
暗い廊下の先の赤い扉を開け放ち、目に飛び込んできたものに驚嘆の声を上げる。
ドームと呼ばれる鍛錬場は想像以上に広く光を圧倒していた。
まさしく内部はドーム状の広大な造りになっている。
乳白色のタイルが床一面ばかりか、天井に向かう壁にまで敷き詰められている。
建物の奥にも何か見えるが、光の位置からは確認しづらい。
光は後ろを振り返ると、不思議な形をした像が入って来た扉を挟むように置かれている。
像の向こう側には壁に扉がいくつか見える。天井には丸い光源がいくつかあり内部を浩々と照らしている。
「光、こっちだ!」
「おいで~」
ドームの少し入ったところに、整然と並ぶ騎士見習い面々。
その前にはクライスが手を後ろで組んで立っていた。
光は待たせてはいけないと、急いで駆けていく。
「お待たせしました」
「やっと主役がきたか」
クライスが微笑みながら言った。
「光君ドームは広いだろ?」
「はい、とても……びっくりしました」
「ここは、主に魔法や剣術の修業のための場所なんだ。だから、それ用に大きめに造られている」
「さてと、いきなりで悪いんだが……光君、今日ここに来てもらったのは、他でもない、君の現在の剣術の腕前と魔法の潜在能力を確かめるためなんだ。光君一人でも良いのだが、今日は入隊式の一貫として皆にも来てもらった」
「はぁ……」
光は呆けた顔で説明を聞いていた。
「魔法の潜在能力を確かめるのは簡単だ。入り口にある魔力測定器で測ればすぐ済むんだ」
「魔力測定器? 」
「入り口を挟むようにしてある像があるだろ? あの像の前に立てば測定できる」
「なるほど……」
説明を受けたものの、全ては光の理解の外にあるものだ。
「だから、先に今から剣術の腕を見せてもらおうと思う」
クライスがそう言うと不意に右手を高く伸ばし、手の平を宙で反転させた。その直後、地鳴りのような音がどこかで聞こえすぐに止んだ。
「な……」
驚きの声を漏らし光は慌てたが、他の者は座ったままどこかを眺めている。
その視線の先を光は見やると、乳白色の床の一部が盛り上がり四角いステージのようなものが出来ている。
盛り上がった床の側面には赤い石材が使われていた。
「今から、あの上で君と今いるメンバーの誰かと軽い試合をしてもらう」
「ええ? 」
光は面くらい、しばし言葉を失う。
しかし、時を移さず、ジース達がざわめき始めた。
「俺が相手します! 」
「いや、俺が! リーダーだしな! 」
「ずるいよ、ジース、こんな時はリーダーは関係なしだ! 」
ジースとサンチョが光の相手候補の座を狙って揉めていた。
しかし、さざめくのはその二人だけで、それ以外の者は黙っている。
ジャンヌは俯いたまま目を閉じているし、ビグは宙に虚ろな眼差しを置いたまま不動。
シルクはこの前とは違う生き物を相手に囁いている。
その隣にはルージュがいて、サソリのような形をした黒い生き物を指で突付いていた。
「よし、じゃあ、光君の相手はジャンヌにしてもらおうか」
クライスはメンバーにさらっと目を配った後、ジャンヌを即座に指差した。
「そんな~……」
不満の声を上げるサンチョ。
ジースもいささか納得がいかない顔をしていた。
「まぁまぁ……」
二人を宥めるように手を宙で泳がせ苦笑いを浮かべる。
「ジャンヌ、お願いできるかな?」
「クライス様がそう仰るなら謹んでお受けします」
四角く盛った場所で向き合って立つ光とジャンヌ。
「その模擬場の枠から出ないように、出たら負けね。」
あらかじめクライスが光に言った。
決められた枠内で剣をあわせる様式はさながら剣道のようである。
二人にはクライスからモックソードと呼ばれる剣を渡されていた。
刀身は黒いが材質は柔らかめで、それなりに当たれば衝撃はあるだろうが、大きな怪我に結びつかないだろうという代物だった。
模擬場の周りをクライスと仲間たちが取り巻いている。
ビグも模擬とは言え、新人の剣合わせに興味あるようで傍にきて眺めている。
一人相変わらず、興味なさそうに座っているのはシルクだった。
ペットにエサのようなものを与えている。
「はじめ! 」
静かな立ち上がりだった。
光の柄の握りは剣道の握りと酷似していた。
臍の辺りに柄の先を固定し、切先を自らの肩付近の高さで止めてジャンヌに向けている。
片や、ジャンヌは両手で握ってはいるが、拳と拳の間に隙間はなく剣道のそれとは違っていた。
切先を右斜め下に落とす構えは、切り上げからの攻防を得意とするものだ。
両者はまだ動かなかった。四角い枠内を円を描くように距離を置いて足を運ぶ。
その動きがピタッと止まった瞬間、光は気合の篭った高い声を上げ間合いを詰める。
「メーーン! メン! メン! メン! 」
凄まじい速さで連続して、ジャンヌを上から切りつける。
その発する言葉はまさしく剣道そのものだった。
「コテ! メン! メン! メン! メン! 」
時折りコテを放ち下に振りながら、ジャンヌの防御の型を揺さぶる。
初撃こそ切り上げて払ったジャンヌであったが、上下の揺さぶりや連続した頭への早い切り込みを受けるのに精一杯で攻撃に転じられないでいるかに見えた。
しかし、次の瞬間――乾いた音が響き渡り、光の剣が宙を舞った。
「それまで! 」
一瞬の出来事だった。
光はとてつもない速度で剣を払われ、伝わった衝撃のため手が痺れていた。
――早……
光の前に立つジャンヌが近付いてくる。
かなり近い位置で光と向き合って足を止めた。
前髪を指先に絡め右側にさらりと運ぶ。
光の鼻腔にジャンヌの柔らかい香りが漂う。
「初めてにしてはいい動きだった……何かやってた? 」
「えぇ、子供の頃剣道を少々……」
小学生の頃、父徹に進められ始めた剣道。高校に上がる頃には3段を取得していた。
「ケンドウ……? 変わった名前の剣術ね、ふ~ん……とにかく良かったよ」
この世界には剣道はないらしく、ジャンヌは少し首を傾げて低く唸り、口元に微笑みを浮かべた。
「ジャンヌさんも……」
感極まった様子で、光は言葉がうまく出てこない。
これほど呆気なく勝負に負けたのは初めてだった。驚嘆と憧憬の思いが胸を焦がし光の顔は火照っていた。
「ジャンヌさん……凄かったです! 驚きました! 」
光は一度空気を飲み込むと、ジャンヌを熱い思いを込めて称えた。
既にジャンヌは踵を返して背中を向けて反対側へ歩いていたが、光の称賛に返すように肩辺りで右手を振った。圧倒的な力の差を見せ付けられた後のジャンヌの後ろ姿や素振りは、これまでとはまた違った印象を光に与えていた。
――格好いいな~……
「光、初めてにしては上出来だよ! 」
ジースが笑顔で褒める。
隣のサンチョも腕を組んでそれに頷き同調している。
「光君良かったよー! 」
ルージュが親指を立てて微笑む。
「確かにいい動きでした、そうですね~、剣術の腕はD判定ってところでしょうか」
クライスは光の一連の動きを見て一定の評価を与えた。
黒い金属の板を指先で押すような動作をしていた。
ビグは既に座り込んで、両膝を抱きこんでその間に顔を埋めていた。
「次は魔法の測定だ。光君はこっちきてくれるかい? 」
「はい」
クライスは入って来た扉の傍にある像へ一直線に歩き始めた。
「これなんだけどね……像の前に背筋を伸ばして立ち、手を像の両手に重ねて欲しい」
「はい……」
目の前にはどこかで見たような像が置いてある。
大きな目が二つついてあって、どこかずんぐりむっくりとした体型……
――これは……土偶!?
日本の遺跡で発掘された遮光器土偶に似ていた。
瓜二つだった。違う所といえば、人間大の大きさと手が奇妙に曲がり大きな手の平を相撲取りのツッパリのように光に向けているところだろうか。
光は言われたとおり、土偶の手に自らの両手の平を重ねた。
「よし、始めるよ……」
といって、クライスは土偶の肩付近を手で摩った。
瞬間――モーターが動き出したような低い音が聞こえる。
音がある程度の高さで一定し始めると、土偶の目の部分に突然、赤い光が宿った。
そして、その両目が瞬いたかと思うと、赤い光条が二つ伸び、光の体の表面を素早く照らし無軌道になぞる。
「はい、終わり」
クライスが言った時には、既に伸びた光もその目の赤い輝きも消えていた。
あっという間の出来事だった。
「さてさて、どんな結果が……」
クライスは屈みこんで、土偶の足元の影の部分に手を突っ込んだ。
そして、何かを土偶の中から引きずり出した。
透明の板のようなものに、何かの絵と数字が羅列されている。
「君の魔法相性とキャパシティが分かりました……」
「はぁ……」
言われてもよく分からず生返事をした。
「言いますよ。CP1500、火、3、地、7、水、7、雷、7、風、4 闇2 時空1 ですね」
「はぁ……」
「簡単に言うと……君の魔力の最大値は1500で、地水雷の魔法と相性がいいということです 」
光はそう言われても、ピンとこない。
クライスは鼻を手で包んで、光にどう説明しようか考えているようだった。




