第四十七話、青空と勇者 回想その15
化け物が鎌を持ち上げ切りかかってきた時だった。
「風の刃よ!」
左方から声がしたかと思うと、眼前の化け物が真っ二つに裂ける。
と、同時に散り散りになってその禍々しい姿は空に溶ける。
「ふー助かった……」
「…………」
光は何が起こったのか理解できなかった。しかし、隣で身構えていたルージュが安堵の息を吐き、壁越しのジャンヌを見やると、
「さすが、ジャンヌ姉ちゃん」
笑顔を投げかけ、親指を立てた。
ジャンヌは吐息を漏らし、安堵の色を瞳に浮かべる。
「ふー……やれやれ……」
奥のベンチでシルクは両足を開き床を踏まえ、両手を胸の前で合わせていた。
胸元で瞬く青い光が徐々に色褪せていく。
ルージュがころころ笑い始めると、手をだらんとさげ同じく安堵の息を漏らしそのまま腰をすとんと落とした。
「ビグの仕業だな、どこにいったー」
「いないな……」
ジースは喚きながら辺りを見回す。
その剣幕に吊られて一緒にサンチョも探すがビグの姿はなかった。
「タイミングといい、あいつに違いない!」
ジースはさっきの化け物を呼び寄せたのがビグだと決め付けていた。
挨拶をしにビグが出向き、その途中で姿を消した後の化け物の出現。
普段から素行の悪いビグが疑われるのも仕方がなかった。
そんな時――突然部屋の入り口の扉が開いた。
瞬間、一斉に皆の視線がそちらへ吸い寄せられる。
「あ? なんだ……?」
ビグは白い布地で手を拭いながら、怪訝な目つきで周囲を見渡す。
「お前どこ行ってたんだ?」
「トイレだが……文句あるか……」
淡々とジースの問いにビグは答える。
ジースは憤然として肩を震わせた。
「どうやって出て行ったかはしらないが、お前出て行く前に、光に向けレブナント放っただろ!? 」
ジースはビグを睨んで質した。
「知らねぇよ……」
不機嫌そうにビグが口を尖らした。
方耳に小指を突っ込みながら、奥のベンチへ足を踏み出した。
「そんなわけねーだろ! お前しかいねーだろうが!」
その態度に激昂し、ジースは有無を言わさずビグに飛び掛った。
「うわ……ジース落ち着け! 」
「お前はいっつも俺に恥かかせやがって! 」
襟刳りを掴み、ジースはビグの顔を右拳で殴りつけようとした。
ビグはその拳が打ち出される前に右手で掴むと、
「何しやがる! 」
渾身の左ストレートをジースの横っ面に叩き込んだ。
もうそれからは――お互い足を止めての殴り合いに発展していた。
殴り殴られ、お互いの顔は赤く張れ上がっていく。
「落ち着けよ! 」
サンチョが二人の間に大きな体を割り込ませた。
二人の距離を力づくで離し、喧嘩の仲裁に入る。
光とルージュはただ呆然と眺めていた。
「ったく……男って奴は……」
美しい金髪を振り乱しながら、ジャンヌは壁に寄りかかり溜息をついた。
「お前じゃないっていうのか!? 」
「そうだ……俺はお前が挨拶をしろっていうので……新人に声をかけ……すぐに外へ出た……」
「嘘つけ! どこかに隠れてお前がレブナント放ったんだろ!」
「俺じゃない……」
話は堂々巡りで治まりがつかないように見えた。
しかし、ビグは殴り合いの後でも、終始落ち着いていて、ジースの辛辣な責めにも動じずただ否定を繰り返す。さすがのジースも自分の推測に懐疑が紛れ込み、
「おかしいな……どうも嘘をついている風じゃないような」
「ジース決め付けは良くない……」
サンチョの宥めも重なって、自身の判断に迷いが生じ始める。
「じゃ、一体誰が……あのレブナントを?」
「さぁ……」
ジースとサンチョが顔を見合わせ、悩む素振りを見せ黙り込む。ビグは二人の間を縫って奥のベンチへすたすたと歩き始めた。部屋内を不穏な空気が満たしていた。
だが、また入り口の扉が軋みを立ててゆっくり開けられた、と同時に、
「あれは私が放ちました……」
朗々とした声が響く。
ジース達が声をした方を見やると、クライスが扉に手を掛けて立っていた。
「なんで……クライス様が? 」
混乱気味にジースは言葉を漏らした。
「私が扉の陰から放ちました」
「え…… な、なぜ、そんな事を? 」
ジースや他の仲間は動揺を隠し切れない。
重々しい空気を纏い、黙り込むクライスの次の発言を固唾を飲んで見守る。
「一つには……」
静寂を破ると、クライスは光を見据える。
「光君を試す意味もあり、そして、魔法がどんなものであるか知ってもらおうとも思いました」
クライスは言った後、ジースの反応を観察するかのように光から視線を移す。
「そ、そんな怪我でもしたらどうするんですか? 」
ジースが困惑して言うと、クライスは困ったように口を閉ざす。
「ふん……あれくらい倒せないようなら……ここにはいらん」
ビグが吐き捨てるように言った。
横槍を入れられ、ジースはかっとなって白い歯をむき出しビグを睨む。
「確かに……」
クライスは鼻を右手で包み少し考える素振りを見せた後、同調したかのようにビグを見た。
「倒せとは言わないまでも、化け物の殺気を敏感に察知し、初撃をかわすくらいはしてほしいところですけど……」
「素人ですよ……」
ジースはクライスにためらいがちに言った。
「ですよね~……」
クライスは顔全体を手で覆って溜息をついた。
既に自分のやった行いに、悔悟しているようだった。
周囲が黙ると、さすがにクライスも自らの行いの正当性を貫けなくなったようで、
「今言ったことは実は建前です……苦しい言い訳とでもいいましょうか……」
苦笑いを浮かべながら、皆に向けて両手のひらを左右に振って、実際のところを話しはじめた。
「私は扉を少し開けて、君達の顔合わせをほぼ最初から盗みみていたんです。 どこかぎこちない自己紹介を見てて、少し物足りないなぁと感じていました。そこで、ここは一つ私が……盛り上げてやろう! と思った瞬間、つい魔が差して、魔法を放ってしまいました……やりすぎました! 光君申し訳ない!」
光に申し訳なさそうに手を合わせてクライスが頭を下げる。
「えっと……いや……僕は何もできなくて……情けないです、しかも……」
頭を掻きながら、クライスに決まりの悪そうに光は言いながら、ルージュをみつめる。
「女の子に助けてもらうなんて……」
間を空けて、光が俯き内省する素振りを見せると、
「光君は全然悪くないよ、さっきのは仕方ないわよ、いきなりあんなの出したクライス様が悪い!」
ルージュの胸裏に潜む母性本能が燻り始めたのか、光を弁護した後クライスを一方的に悪者に仕立て上げる。
「ご、ごめんなさい! 」
肩膝を地につけ頭を何度も下げるクライスにルージュの容赦ない叱咤が続いた。
「クライス様は普段は冷静なのに、時々思いつきで行動するからいけない!」
「はぁ……痛いところを……その通りかもしれません……」
そのやり取りを見ていた仲間達は、くすくすと押し殺し気味に笑っていた。
しかし、ビグはベンチの端で我関せずと寝そべっており、もう片方の端にペットの世話に耽溺するシルクが座っていた。
「じゃ、ドームへいきましょうか」
クライスは騎士見習いの鍛錬場へ光を連れて行くことにした。
控え室から目と鼻の先にそれはあった。
「行こう!」
クライスの呼びかけにぞろぞろと部屋を出て行く。
「光君一緒に行きましょう! 」
「そうそう!」
「ごめん! 着替えまだだから、後から行きます」
部屋に敷き詰められた金属の箱の中に制服があることをクライスに教えられた。
奥から三番目の箱が光のものだった。
開閉式の箱には取っ手がついていて、手前に引くと前面の扉が開いた。
――ロッカーみたいなもんだな……
中にはジース達が着ているものと同じ青い制服が入っていた。
光は着替えながら、ベンチに座るビグを目の端で捉える。
――なんで、まだここにいるんだ……? まさか……俺待ち?
横っ面に刺さる冷たい視線を感じながら、制服をさっさと着替え終える。
「さぁ……行こうかな」
わざと声を漏らし、部屋を足早に出て行こうとした時、
「ちょっと待てよ……少し話しいいか? 」
奥から低いがよく透る声が光を呼び止める。
「は、はい? 」
動揺しながらも、体をおもむろにビグに向けた。
前に垂れる灰色の髪の陰に、黒い瞳が爛々と輝き光を見つめる。
光は内心焦っていた。あからさまに危険な空気が漂うビグと二人きりで話す事に、不安は禁じ得ない。しかし、いつまでも下を向いて接していては相手に舐められてしまう。
最初が肝心だと思い、なけなしの勇気を振り絞りビグの瞳を真っ向から受け止める。
その物怖じしない光の態度を見て、ビグは唇を薄く開き白い歯を覗かせた。
「臆病者ってわけでも……なさそうだな……」
ビグは立ち上がって、光の傍までゆっくりと近付く。
真ん前まで来ると、囁くような声で切り出した。
「クライスの言ったことを鵜呑みにしないほうがいいぜ……」
「え……? 」
「アイツは……無鉄砲に見えるが……その行動には絶対の自信と確信を持っている……つまり……」
光は何となく言っている意味は読み取れた。
しかし、そんな事は言われるまでもなく分かっている。
「大丈夫です、俺はここで鍛錬して強くなって見せます」
「違う……そんな事を言ってるんじゃねぇ……」
光に更に詰め寄り、声を潜めて続けた。
「俺が……トイレから帰ってきた時、部屋内に殺気の残滓が微かに残っていた……レブナントを放ったと言っていたが、あの殺気がレブナントのものだとすると……」
「おい、何してんだ、早く集れよ!」
ビグが話を続けようとした時、ジースが部屋の扉を派手に開け放ち怒鳴る。
「ち……! 」
ビグは舌打ちをして、光の肩を右手でぽんと叩くと、
「まぁ、気をつけたほうがいいぜ……」
光はビグの言ったことが理解できなかった。
ただ、よく分からない不安だけ植えつけられてしまっていた。
――どういうことなんだ……
手の平を顔付近に持ってきて眺め、思いつめたように黙り込む。
後ろを振り返ってビグがその姿を認めると、
「まぁ、とにかく……俺はお前を歓迎するぜ……」
と言って、低く笑いながら扉から駆けて出て行く。
ジースが首を振りながら光の右肩に手を置いた。
「えらいのに……見込まれちまったな……」
憐憫を瞳にこめて、光の肩を二三度ぽんぽんと叩いた。




