第四十六話、青空と勇者 回想その14
フォルカスは光を招き入れると、
「じゃ、ジース後は頼む……」
一言残し一つ目を細めて部屋内を軽く見回した後、扉を開けて部屋を出て行った。
光はぽつねんと立ち尽くしたまま、部屋にいる数名の好奇の眼差しを一身に受け止める。
俯いて顔をほんのり朱色に染めて、恥ずかしそうに両手を臍の辺りでもじもじさせる。
幾重の視線を交わすかのように、光はちらりと辺りに視線を散らした。
中はゆったりしていて奥行きがあった。青い壁に覆われた部屋には、壁際に縦に長い金属の箱が敷き詰められている。しかし、その他は奥に長いベンチがあるだけの質素な部屋だ。ベンチに二人、壁際に一人、真正面に座り込んでいる三人、光含めて七人がこの部屋にいる。
正面に座る三人の一人はルージュだった。床に寝そべり、笑顔で光に手を振っている。
ルージュの隣に肩膝を立てて座っていた青年が立ち上がった。動きやすそうな青い衣服を身につけ、スカイブルーの蓬髪の根元を青い帯のようなもので縛って整えている。精悍な顔立ちには凛としたものが漂う。背は光よりも少し高いようだ。
「初めまして、ここのリーダーを務めるジースだ、よろしく」
爽やかな笑顔で光に握手を求める。
「光です、よろしくお願いします……」
光は握手を交わし自己紹介を終える。ジースが戻ってくるのを見計らって、正面の他の二人が立ち上がり光に駆け寄った。
「俺……」
「私が先よ!」
「もうルージュは先にあってんだろ!」
猪首の浅黒い肌を持つ大柄な青年が名乗ろうとすると、ルージュがその大きな顔に片手をめりこませ遮る。押し合いへし合いしながら、我先にと光の前で揉み合っている。
「こら! 子供じゃないんだから。サンチョ先な! ルージュは次!」
「はい……」
ジースに一喝されて、ルージュは勢いが萎みうな垂れる。
その彼女に勝ち誇った顔をサンチョは向けた後、光に向き直り、
「光、サンチョだ、よろしく! 一緒に頑張ろう!」
袖を捲り上げて太い腕で光の手を強引に掴み、満面の笑顔で上下に腕を振って光の入隊を快く迎え入れた。このサンチョもジースと同じ格好をしている。ルージュも桃色ではあるが衣服の形態は同じようだった。たぶん、制服のようなものだと光は考える。
「ルージュです! さっきはもう少しで駆け落ちできたのに惜しかったね! まぁ、よろしくね! 」
「よろしく……」
光は後ろ頭に手を当て、苦笑いを浮べルージュと握手を交わす。
しかし、ルージュの冗談めかした挨拶に、いち早く反応し声を張り上げた青年がいた。
「か、か、か、か、駆け落ち!? 」
奥のベンチから血相変えて、ルージュに駆け寄ってくる。
茶色がかった黒髪が丸い頭に満遍なくぺたりと張り付いている。小脇に黒い生き物を抱えている。
「ル、ルージュ駆け落ちってなんだよ!」
語気を荒げてこめかみに汗が滴るその姿は真剣そのものだ。
「二人だけの秘密よ、ねー光君! 」
「ひ、ひ、ひ、光って誰だ? 」
ルージュは目を眇め、すすすっと光の傍に擦り寄る。
それを見るや、青年は光に血走った目を向けた。
――おいおい……いきなり……
唐突に渦中に放り込まれた光は、鼓動を高鳴らせて俯く。
最初は目を剥いて青年は光を睨んでいたが、そのうち懐から柄のついた丸いレンズを取り出した。
柄を握り、観察するかのようにレンズを通して光の体に視線を這わせている。
――何なんだろう……
不思議に思いながらも、初対面の相手なので、
「は、はじめまして……光です」
引きつった笑みを浮べ手を差し出す。
その瞬間、レンズが光の手に向けられ、最後に光の顔を間近で覗き込む。
一連の奇矯な所作に、光は気味が悪く思い、顔を後ろに逸らせていた。
そのうち青年はレンズを静かに懐にしまい、右脇に挟む黒い生き物を左脇に移した。
「どうもどうも……はじめまして、シルクと言います、今後ともよろしく……」
光と目を合わさずに淡々と抑揚なく言った。
握った手は汗ばんでいる。
左脇に抱えた黒い生き物が奇妙な声を上げて欠伸をしていた。
――気持ち悪い生き物だな……
鶏のような姿をしているが、鶏冠がなく代わりに頭から細い触角が二本伸びている。
光との挨拶が終わると、シルクは真っ先にルージュに駆け寄った。
はっきりとした形のいい長い眉の端を吊り上げ、
「で、駆け落ちってなんなの……? どういうこと……? 」
今度は声を潜めて、ルージュに耳打ちをした。
「冗談だって、本気にしないでよ……」
「するよ……びっくりするじゃないか……君は僕の彼女なんだからね!」
シルクが顔を押し付けるように、ルージュに囁いていたが、気持ちが語尾に強くでたためか、最後の方だけ周囲に声が漏れる。瞬間、後ろから二人を冷やかすかのように口笛の音が飛び交った。
「熱いね~! お二人さん! 」
「アハハ……」
シルクは顔を上気させていた。
「さぁ……ムク……さっきの話をしようか……」
居た堪れなくなったのか、シルクは小脇に抱える黒い生き物ムクに語りかけながら、奥へすごすご戻っていく。さっきのシルクの一言で、顔を赤くしていたルージュは壁際を見て、
「あ、次、ジャンヌ姉ちゃん、ほら、ね! 」
照れ隠しのように甲高い声を響かせた。
壁際に佇むジャンヌと呼ばれた女性は金髪を艶かしく揺らし、ルージュに顔を向けた。
すらりと長い足に滑らかな曲線を描くきゅっと締まった腰、桃色の少しゆったりとした衣服の上からでも、そのスタイルの良さは確認できた。それに加えて、端正な顔立ちと襟刳りから覗くぬけるような白い肌、目の醒めるような美しい女性だった。
「…………」
ジャンヌは深い溜息をついた。
艶やかな金色の髪に手をいれ、右に掻き分けながらゆっくり歩き始める。
光の前までやってくると、ルージュが笑顔を振り撒く。
「ガツンと名乗ってあげて! 」
「はいはい……」
呆れたような顔をルージュに向け、そのまま光に視線を流し見据える。
間近でジャンヌの顔を見ると、思わず光は視線を下に逸らした。
眉間に軽く皺を寄せたジャンヌの端正な顔立ちには、対峙した者にだけ分かる気迫のようなものが漲っている。その気迫の篭った瞳に気圧されて目を逸らしたのだ。
――し、しっかりしないと……
気後れを覚えながらも手を差し出して、
「は、はじめまして光です……」
握手から……っとひきつった笑みを浮べ視線を上げる。
少し間を空けて、ジャンヌが重々しい口を開いた。
「握手はしない主義……」
「あ、すみません……」
光は反射的に謝り手を引っ込める。
冷や汗をかいて困惑する光を、ジャンルはじっと目を細めて眺めている。
妙齢ではあるが、どこか達観したような大人びた空気を身に纏うジャンヌ。
――弱いな……この手のタイプ……
光は首筋に手をやって、落ち着かない様子で摩っていた。
しかし、少しすると、ジャンヌは切れ長の美しい瞳を閉じて、薄い桃色の唇を綻ばせた。
「硬くならなくていい、私はジャンヌ、あなたの入隊歓迎するわ……でも、ここは厳しいところよ、覚悟はしといてね……」
淡々とした口調の中に峻厳を含みながらもどこかに優しさが漂う。
「は、はい! 」
さっきまでの重苦しい空気との落差のためか、何故かその微笑に心を打たれて力強く答える。
ジースはジャンヌが元の場所に戻ると、立ち上がって光の元へやってきた。
「えーっと、みんな紹介終わったか? 」
周りを見渡して、確認をとるかのように各々の顔に視線を置いていく。
「ビグがまだだよ 」
サンチョが奥のベンチに壁に向いて寝そべる青年を指差し言った。
「ビグ! 挨拶くらいしろよ!」
「……はぁ? なんで? 」
壁に向いたまま、ビグは面倒臭そうに髪を掻きながら答える。
「俺の命令だからだ」
ジースは一呼吸置くと、鋭い眼光をビグに向けて言い放つ。
周囲の仲間はその様子を息を呑んで見守っていた。
「…………分かったよ……」
舌打ちをして、体を転じて床に足を揃え、肩を左右に揺らしながら立ち上がる。
額に垂れた灰色の髪の間から覗く黒い瞳は炯炯とした光を宿している。
のそのそと光に向かって歩き始めた矢先――彼の体が突然、蒸発したかのように消えた。
「あいつ……」
「あの野朗、逃げたか! 」
周囲がざわめく中、ジースは舌打ちをして怪訝な顔を浮かべる。
その時、光は事態が飲み込めず辺りを見回していた。
「よう……新人」
すると、突然、背後から低い声がした。
驚いて光が素早く振り向くが、後ろには誰もいなかった。
「何だったんだろ……」
光が鼻先をかいて、呆けていると
「光避けろ! 」
「光君! 危ない! 」
ジースが叫んだ後、不意に横からルージュが覆いかぶさってくる。
光はたたらを踏んだ後、勢い余ってルージュと共に床に崩れ落ちる。
「いきなり、どうしたの!? 」
体を捩り覆いかぶさるルージュに言った。
「危なかった……」
ルージュはふーっと深い息をつくと、片手をついて半身を起こしどこかを眺めている。
光は彼女の視線の先を見やった。
そこには黒い擦り切れた襤褸で身を包んだ怪しい化け物が立っている。
白骨の手には長い柄が握られ、その先に長く切れ味の良さそうな鎌が鈍い光を放っていた。
そのうち、襤褸の隙間から覗く漆黒の顔がゆらりと光に向けられた。
「気をつけて! また来るわよ! 」




