第四十四話、青空と勇者 回想その12
「さぁ……分かりません……」
光は少し考える素振りを見せたが、答えを導き出せなかった。
「そうか……なら言おう、俺がこれほど詳しくお前に説明する理由、それはお前が倭人だからだ」
光はソファーに体を沈め、半ば呆けていたが倭人と聞いて、
「あぁ、クライスって人も言ってましたね」
「うむ……先に伝えて置いたからの」
「ところで、倭人って何ですか?」
光が尋ねると、ドンゴロは返答に困ったように口を閉ざし首を傾げた。そのまま円を描くように首を回し、また元の位置に戻す。
「倭人とはつまり~~~このゼームス大陸が存在する空間の裏というか、向こう側というか……とにかく、今いる場所とは別次元に存在する倭国という国から何らかの方法でこちらへやってきた人間ということじゃ」
ドンゴロも実際のところ、その倭国の存在について曖昧なことしか言えなかった。
何しろ噂で聞いただけの話である。実際にこちらへやってきた倭人と会うのは光が始めてだった。
が、光はそれを聞くや目を見開いて驚いたような顔をした。
――まさか……倭国って日本のことじゃ……もしそうなら……俺が日本からこの世界に迷い込んだ人間だと知ったってことか?
光は不可思議な高揚感に身を包み、鳴りを潜めて話に耳を傾ける。
「お前をここへ連れてくる決め手になったのも、やはりお前が倭人であるからなんだ」
「――何でですか?」
「またはなすと長いんじゃが……クライス様の求める人材として倭人は都合がいいからだ、そうだな、次はここへ連れてくることになった経緯を話そうか……」
ドンゴロは大きなため意をつき顔をしかめた。
気短で長い話を順を追って話せるほど能弁でもなく、頭が良いわけでもない。
しかし、ここへ光を連れてきた以上義務を果たさなければならない。
不承不承ながらも、拙い言葉で散乱した記憶をぽつぽつと口から捻り出していく。
マイルの領土の上空に浮ぶセギト城砦。
クライスはこの城砦を魔族の国ラフレシアからマイルに移動させた。
その理由は興味本位もあったが、何より人間達との交流を持つがためだった。
クライスは元々、純粋な魔族ではない。人間と魔族の間に生まれたいわばハーフだった。
一人の魔族を慕った人間の母、その魔族と結ばれできた子供がクライスだった。
魔族の中でも身分の高い魔侯の爵位を持つクライスの父。
人間の女と契りを結ぶ事に周りの魔族からは猛反対を受けた。
有史以来、魔族と人間は何度も諍いや紛争を起こしいがみ合って来た。
その禍根は悠久の年月の中で多少は癒されたものの、まだ各々の通底には差別意識や敵意は依然として残されている。故に、クライスの父と母の契りは祝福されたものではなかった。
それでも、周りの反対を意に介さず、クライスの父は母を魔族の国の自分の屋敷に迎えた。
クライスは母に人間の国での話しをおとぎ話のように幼少から聞かされ育った。
そういうこともあってか、人間には他の魔族が持つ蔑みや嫌悪の感情はもっていない。それどころか、憧憬や好奇心の対象として人間や、その文化を捉えており、魔族の統治下に置かれ足を踏み入れることができるようになると、真っ先にマイルの国に城砦を移動し住む事に決めた。
「そういった家系で育ったクライス様は地上に降りて、無論、様々な村や町、王都を巡り、人間達と積極的に触れ合いなさった。そして、その文化を堪能された。最初は怯えていた人間達だったが、クライス様はそんな彼等に心を開けて優しく話しかけた。相手の文化を否定せず、それでいて、魔族であることを鼻にかけない鷹揚な姿に徐々に人間達は打ち解けていった。そうした活動もあってか、今じゃ……クライス様は、マイルで最も信頼され、親しまれている魔族の一人になられた」
しかし、クライスが人間に好かれれば好かれるほど、それに不満を覚えるものも多い。
特に王都に居を構える魔族の中には、クライスを煙たがっている者は少なくない。
例えセギト城砦が空にあるといっても、クライスに反感を抱いた者達が邪魔に思い、手錬の暗殺者を送り込んでくる可能性もなきにしにもあらずだった。魔族の中には空を自由に行き来できる飛行能力を持つ者もいる。クライスの城砦には一応兵と呼べる者達はいたが、その数は決して多くはない。ハーフの魔族は純粋な魔族からは嘲弄の対象とされていた。そんなクライスに仕えようとする魔族は少なかった。
「クライス様のお父上は身分の高いお方だ。それなりに屈強な魔族をクライス様のもとへ護衛に送ってはいる。だがそれでも、数の面でいえば決して充足されているとはいい難い。クライス様は用心深く先見性に優れたお方だ。万が一のことを考えて兵の増強策を考えているうちに思い至った。魔族がだめなら、人間の兵を集める事に……。クライス様は人間達から騎士見習いの名目で兵を募ることにした。だが、魔族も住むマイルで公にそれを募集することは何かとやりくい。そこでクライス様は人集めを信頼のおける者に依頼することにした」
クライスは人間達との交流の中で顔を広げ、信頼に足る者にだけその事を話した。
そして、三人ほどその委託を許諾してくれた者がいた。
「その一人がうちのミリガン様じゃ……」
クライスは一人連れてくるごとに報酬として3万ジルを約束している。
この国での3万ジルは高額である。
クライスは委託する際、人を絞る条件をつけていた。
まず、天涯孤独の身の上である、
年若い青年であること。
必ず相手の了承を得ること。
これらの条件を満たしたものでないと、この任の話はしないことも付け加えられている。
ドンゴロはたまたま道すがらで何の因果か光と出会った。
記憶障害のある青年、条件にあうかは微妙だった。
「だけどよー、俺達も結構ギリギリの生活をしていてな……この仕事はおいしいわけよ。だが、誰でもいいわけじゃないし、ターゲットを絞るために人の多そうな町や村を探し、その近くに掘っ立て小屋でも立てて見つかるまで数日はそこで過ごさなければいけない。移動にしても路銀はかかるし、衣食住にも金はかかる。それに加え、調査するにしても、口利きを雇ったり、誘い出すのにそれなりの土産を持参したりと、コストも時間もそれなりに費やすことになる。報酬はそれを差し引いても高額には変わりないが、やはりコストと時間はできるだけ削りたいのは本音だ。だからといって、面倒だからって手当たり次第浚うわけにもいかない。そんな事をすれば人目について、その土地に留まっていられなくなるし、クライス様にそんな乱暴なやり方が知れれば愛想をつかされ、信頼を失ってしまう。だから、一応俺達の目利きで選んで、条件にあうかな~? って思えた奴と交渉することになっている」
「それで俺を……?」
ドンゴロは光に聞かれ、複雑な表情で口を一文字に結んだ。
ふーっと息を吐いて、目を細めると口を歪めて話し始める。
「あの日はよ~……俺は趣味の山菜取りをするためだけに創世の森に来たんだ。はっきり言って、クライス様の仕事の事は頭になかった。森近くで倒れてるお前を見て、最初は無視していたんだ……しかしよ~、あの時言ったが、あの辺りは知能の低い凶暴な魔族がうろうろしててな……ほっとけば、十中八九お前は食われてしまう。俺もよ~、善人なぞでは決してないんだけどよ、何か気にかかって声かけてしまったんじゃ。最初は適当に話して別れるつもりだった。実際別れたしな……しかし、お前は俺に記憶喪失だと話し縋ってきた。見れば、お前は年だけ言えばクライス様の求める人材に当てはまる。これで天涯孤独なら儲けもんだ。だが、記憶障害があるためそれは分からないときやがる。だがよ、もし本当に記憶がないなら、巧く言いくるめれば条件にあうかどうか怪しくてもクライス様の元へ送り込めるのではと、思ったわけよ。俺はついついそんな調子で安易にお前をアジトへ連れ帰った。しかし……」
ドンゴロは光を連れてきた詳細をミリガンに話した。
しかし、ミリガンは安易な判断で光を連れてきたドンゴロに、拳を固め怒りを露にした。
「そんな理由で氏素性の分からねぇ人間をアジトに連れてくるなってどやされたよ……俺はお前の顔が嘘をついているように見えなかったのと軽い気持ちで連れてきたんだけどよ。ミリガン様は用心深いお方だ。お前が記憶障害と偽っているんじゃねぇかってまず疑いなさった」
取りあえず、ミリガンは連れてきてしまった者は仕方がないと、ドンゴロと二人で光と対面はして見ることにした。それ以外の者には小屋から出ることを一切しないように命じていた。
光と面と向かって話しているうちにミリガンの懐疑の念は募っていった。
「お前も感づいているかもしれないが……俺たちゃ真っ当な者の集りじゃなくってよ……」
ミリガンは光には行商一座などと話したが、実際は盗賊まがいのこともやっていた。
各地を巡っては道で出会った人間から追剥をしたり、商人の一団のキャンプを襲ったりもして金や食料を巻き上げていた。そんなこともあって、場所によってはその国の治安警備隊から監視の対象とされていたり、実際追っ手を差し向けられたこともあった。
「そんな事もあって、ミリガン様はお前をそいつらがアジトの場所を発見し、送り込んだスパイではないかと疑ったんだ……つまり、俺達の動向を内部から探って、あわよくば盗賊の実態や繋がる組織まで暴こうとする王宮のスパイじゃないかってな……」
「なるほど……だからか……」
光はそこまで聞いて、最初の予測とは違っていたが、納得がいったように腕を組んだ。
――しかし、早い段階から疑われてたんだな……
動揺してたとはいえ、あの時の自分の浅薄な推測の数々に気恥ずかしい思いで、話を続けるドンゴロにまた耳を澄ました。
「ミリガン様や仲間にいらぬを心配をかけて、俺はその時は本当後悔したよ……」
取りあえず、ミリガンは饗応でもてなし事を荒立てることなく光と話して探ってみた。その間、アジトの周りをジャニスに探索させた。仲間が見張っているかもしれないからだ。
だが、ジャニスの報告から取りあえず、近い位置に敵の脅威がない事を知った。しかし、光のスパイ疑惑はまだ拭いきれていない。
拷問しても吐かせても良かったのだが、スパイを痛めつけて王宮を刺激しては後々締め付けもよりきつくなる。殺害などしようものなら王宮は盗賊殲滅に本腰を入れることになるだろう。
ミリガンはそれだけは避けたいとは思う。ただ、これまでのスパイ疑惑は飽くまで仮説に過ぎない。光がスパイである確証がない今の時点では動きは取りづらい。
「ミリガン様は頭の良いお方だ、連れてきた者は仕方がないと仰って、今の状況を乗り切ることに全力で頭を捻ってらっしゃった」
饗応中に、それとなく嘘情報を流し相手の動向を見守ることにした。
すると、光はミリガンの話を肯定し、了承した。
「お前が了承したことで、またミリガン様は悩んだが……」
ミリガンに光の意図が今ひとつ分からなかった。嘘の話だと分かっていて了承をした。スパイであるなら、しばらく言われるがまま、行動を共にし情報を引き出そうという考えかもしれないとは思った。しかし、どこに連れて行かれるかも分からないのに、長居するのはスパイにとっても命がけである。ミリガンは決断した。ある程度自分の考えたシナリオの中で光を泳がしてみることにした。スパイであるかどうかは、あの場所にさえ連れて行けば……という気持ちがあったからだ。
「つまり、ミリガン様はお前をエンヤ婆の元へ連れて行くことに決めたんだ。お前は分からないだろうが、この国には相手の頭脳の中の情報を引き出す吸引という魔法があるんだ。それさえ使えば、お前が何者であるかを突き止めるのは造作もないことだった。しかし、俺達の仲間にそれを使えるものはいない。あの魔法は高等な魔族とごく一部の人間しか使えないんだ」
「なるほど……そのために……俺をあの化け物の元へ……」
「そう、エンヤ婆はあの山の主である木人だ。木人は知力に長けた魔族でな、魔法の類にも広く精通している、吸引を使える数少ない魔族だ。俺とミリガン様は彼女のちょっとした知り合いでな、今回利用させてもらうことにしたんだ」
吸引さえすれば、相手の思考は読み取れる。ミリガンはドンゴロに光を連れて行く任を与えた。そして、万が一を考え、石橋を叩いて、夜のうちに仲間と共にその場所を移ることにした。
「まぁ山に着いてからエンヤ婆に合わせる前にお前を小刀で脅してみたがな……責任の負い目もあったし、少しくらいなら良いかと思って小刀をちらつかせて、何か吐かないか試してはみた。無論、それは脅しによって正体をあぶりだす意図もあったが……途中で時間の無駄だと思いやめた……」
――やっぱり、この爺さん侮れねぇ……
エンヤ婆は催眠の魔法を使い、光の意識を奪った後、その情報を取り出した。
『おぉ、こやつ、この世界のものじゃないぞ』
『なに……?』
エンヤ婆は少し記憶を見ただけで、光がこの世界の住人ではなく倭人であることをつきとめた。
「俺は最初は戸惑ったが、倭人のことは聞いたことがあったので、しばらく考えて、取りあえず、ミリガン様に報告をすることにした。その際、遠距離にいる相手と念話を使って意思交換ができる念交玉を使ってその旨を伝えてみた」
念交玉はこの大陸で最もポピュラーな交信手段だった。
見た目はエメラルド色に光る拳サイズの丸い玉だ。持ち運びに適したサイズだった。
ミリガンはその時、川筋を下った先にある小さな森の中に潜伏していた。
ドンゴロの口から倭人である事を聞くと、しばらく低い唸りを長く引いていたが、急に声を穏かなものに変えて、ドンゴロにクライスの元へ光を送るよう指示した。
「俺は驚いた……ずっと慎重に事を運び疑いを光に向け続けていたミリガン様が、ここに至って、いきなり光をクライス様のところへ……しかし、話を聞いているうちにその疑問は解けていった。倭人であれば、この世界に見知った存在はいない、つまり天涯孤独も同然。年若い青年。二つの条件をクリアできていた。了承を得ることについては、多少はミリガン様も悩んでらしたが、お前は嘘話を聞かせた時点で、どこぞの分からない屋敷に向かうことを承諾したので、今回の話をしても大丈夫だろうっていうミリガン様の思惑だった。故に棚から牡丹餅とばかりに、急遽ミリガン様はお前をクライス様に送ることにしたんだ」
「なるほど……」
光は長くなってきた話に、適当に相槌を打ち聞いていた。
裏側でこれほどまで組織的且、計画的に事を運んでいたことにある意味感銘を受けていた。
「だがな……クライス様はあの通り、品があり粗暴な行いを嫌うお方じゃ。お前をこんな荒っぽい方法で連れてきたことがばれると、大目玉を食ってしまう。故に手厚くもてなし、噛んで含めるような説明をして了承を得たって事をクライス様に伝えた」
「はは……」
光は苦笑した。罰が悪そうに光を一瞥してドンゴロは一度咳き込んだ。
伝えた後、光に説明をして了承を得て、そのままクライスの城砦へすぐに向かうはずだった。
しかし、エンヤ婆の術の効果で眠りに落ちた光だったが、効果時間が長いせいか、中々目を覚さまそうとしなかった。エンヤ婆の元へ戻って術と解いてもらうこともできたが、ドンゴロと話した後エンヤ婆はまた眠りについてしまっていた。一度眠りにつくと木人は3日は目覚めない。連絡をした以上、早急にセギトに向かわなければいけないのでドンゴロは焦った。光を平手で叩いたり体を揺り動かして懸命に起こそうとはした。
だが、光はどうやっても目覚めなかった……仕方がないのでドンゴロはまた念交玉を使ってクライスに連絡を取り、向かう途中で光が魔物の急襲を受け、眠りの魔法を受けたと伝えておいた。
「しかしじゃ……セギトへ着いてもお前は目覚めない……早く本当のところを説明したかった。変な間で起きられて説明もなしにクライス様と接触することは避けたかった。俺はいちかばちか、刃物を抜いて、お前の顔を刃先でつついてみようと考えた」
「え……? 」
思わず顔を青くして、光は顔の表面を隈なく両手で触る。
しかし、傷はついていないようだった。
「大丈夫じゃ、何もしてはいない、邪魔が入ったんでな……俺は刃物の先を軽く降ろそうとしたとき、急に眠くなった……」
それはルージュが魔法を使って自らの計画を実行させようとドンゴロを利用したせいだった。
「で、次、目覚めたら、俺は手傷を負って、目の前にクライス様がいるじゃねぇか、ほんとルージュにも困ったものだよ、可愛い顔してやることが度を越す子でな……」
「なるほど……」
「まぁ、とにかくお前は倭人なんだ。今更見知らぬ土地で一人生きていくのも難しかろう、ここは一つ俺達の意を汲んでここで頑張ってみないか?」
光は少し間を空けて考える素振りを見せた。
ドンゴロはここで了承をしないと、次に何をしてくるか予想がつかない。
事実、微笑んでいるように見えるが、目が笑っていなかった。
光にとってもそう悪い話ではない。実際、今一人でこの世界に投げ出されれば生きて行く自信はなかった。ドンゴロに言われるまでもなく答えはイエスだった。
一杯一杯です……未知の領域(能力を超えた部分)に入って、四苦八苦しながら書いています……




