第四十三話、青空と勇者 回想その11
「ちょっと待っててくださいね」
「は、はい……」
部屋に入ってきた銀髪の男は少女と少し話した後、光に微笑んで言った。
優しさを湛えた目元、形のいい鼻梁、雪白の抜けるような肌を持つ美男子。
年の頃は光よりやや上、光は20後半くらいだと推測していた。
「はーい!」
「あなたはこっち……」
作り笑いを浮かべて、光と一緒に居座ろうとした少女。
しかし、銀髪の男が表情を一瞬硬化させると、諦め顔で一緒についていった。
二人は仰向けに倒れているドンゴロの前で、ひそひそと話しこんでいる。
光は怯えていた。
殺害現場からの逃亡に失敗した。
少女が言ってたように、裁判にかけられ死刑になってしまうんだろうか?
そんな事を考えながら、不安げな視線を二人に注ぐ。
やがて、二人は小声ではあるが、激しい口論をしているようだった。
話すジェスチャーが荒々しくなってきている。
男の束ねた長い銀髪が、頭の振りに合わせ白衣を着た背中で左右に揺れていた。
少女は肩まで伸びた緑の髪を掻き毟っている。
――どんな口論を……
光はいたたまれなくなり、身を竦めて赤い絨毯に視線を落として耳を塞いだ。
――もうなるようになるさ……
完全に外界からの刺激を遮断して内に篭る。
「もしもし~」
突然、肩を揺すられ、現実に意識を連れ戻された光。
目を開けると、銀髪男が膝をついて下から覗き込んでいた。
気後れして顔をもたげると正面にはドンゴロが、その隣にはさっきの少女が立っている。
「うわ……わ……ドンゴロさん……」
光が瞳を驚愕に震わせ、思わず叫んだ。
口を魚のようにぱくぱくさせながら、二の句を告げようとすると、
「まぁ、詳しい話はそこのソファーにかけて話しましょう」
銀髪の男が優しい微笑みを湛え、光の肩に手を置いて右手をソファーに差し出す。
ソファーの片方に少女と銀髪の男、その向かいに光とドンゴロは腰を下ろした。
ドンゴロは銀髪の男に白い湿布のようなものを顔にはられ応急処置を受けていた。
「本当にごめんなさい、ドンゴロさん……」
「まぁ、ルージュも反省してますし……」
ルージュと呼ばれた少女は、テーブルの上に身を乗り出し、目尻に丸い涙の粒をためて、向かいのドンゴロに頭を何度も下げる。その横合いから苦笑いを浮べつつ、二人のとりなしを続ける銀髪男。
「いやぁ、気にせんでいいですよ、ハハハ、ルージュちゃんも反省してるようですし」
最初はむくれていたが、二人の懸命な謝罪に折れたようにドンゴロは口を開き苦笑いを浮かべる。
「ほんと、ごめんなさい」
「いいんじゃよ」
「次から悪ふざけはやめようね、ルージュ」
「はい……」
そのうち話はまとまったようで、光以外はほっとした様子で安堵の表情を浮かべている。
だが、光は全く事情が掴めないでいた。
三人の話に入れず、部屋に漂う空気と一体化したようにひっそり座っていただけだ。
光は一人話題に取り残され、半ば妄想の中の住人となりつつあった。
そのうち、銀髪の男は忘れてたと言わんばかりに、光の顔を見て一言呻くと、
「あ、ごめん、自己紹介がまだだったね、僕はこのセギト城砦を管理するクライスって言います。よろしく」
屈託ない笑顔で光に握手を求める。
「え、あ、天草光といいます……」
光は気後れしたが、反射的に手を握り返した。
「私ルージュです! よろしくね!」
さっきの少女が身を乗り出し、微笑んで手を差し出すので彼女の手も握り返す。
一先ず形式的に、全ての自己紹介が巡ると、見計らったようにクライスが口を開いた。
「それじゃえっと……光君、君は困惑してるだろうけど……さっきのルージュとの駆け落ちの件……、あれは全くの出鱈目ですから気にしないでくださいね。ルージュが魔法をつかって……悪戯しただけですから」
「はぁ……」
クライスが歯切れ悪く語るが、光は何がどう悪戯なのか理解できなかった。
「気にするな光! 」
ただ、ドンゴロは生きていたし、死刑になることはないとは思っていた。
その点では幾らか安心していた。
ドンゴロが怒っていないか不安だったが、微笑みながら放ったこの言葉で杞憂だと感じる。
「光君は倭人らしいので、魔法とか言われても説明しにくいしねぇ……」
クライスは独り言のように口元に手を当てて呟く。
何があったのかを光にどうしても理解させたいようだった。
――倭人ってなんだ……?
だが、光に新たな疑問を増やすことになっていた。
クライスは考えるように俯き、逡巡していると、
「私が代わりに砕いて話します!」
ルージュが割り込んできた。
「光君良く聞いてね、簡単に言うと……」
クライスは不安げにルージュを見るが、諦めたのか黙ったままその語りを見守る。
「あなたは私の魔法……つまり催眠術の一種に操られるドンゴロさんを殴り飛ばした。それは私の計算どおりで、あなたが部屋に飛び出してくるのも予想していました。そこで偶然を装ってドアの前でスタンバイしていた私とばったり会った。そっからは私の思い描いたシナリオ通りに事を運び、あなたと下界に下りる予定だった……つまり……」
一呼吸おいて、ルージュは目を閉じたかと思うとかっと目を見開いて光を指差し、
「あなたは私の口車にまんまと騙されたってことなの! 」
早口に勝ち誇ったように語気を強めて言った。
光は一瞬呆けていたが、
「まぁ、もう済んだことだし……ハハ……」
特に心に波が立つこともなく、苦笑いを浮べて場を収めようとした。実際のところ、ルージュの説明を聞いても良く分からなかったが、もう既に光の中では済んだことと処理されていた。死刑や殺しの疑惑さえ解ければ経緯は光にとってはどうでもいい話だった。
だが、その光の大人の対応に逆に自分のしたことの恥を感じたのか、
「とにかく、悪いと思っています、ごめんなさい!」
ルージュは急にしおらしくなって素直に謝った。
緑の美しい髪が前方に流れ、その合間から目を堅く閉じている姿が光の目に映る。
――何か良く分からないけど……
「ドンゴロさんは生きていたし、罪は晴れたようなので」
光はそう声をかけ宥めると、ルージュは顔を上げ頬を赤くして微笑んだ。
「さてと、光君、大体話はドンゴロさんから聞いています。まぁ、この世界のこと一応ドンゴロさんに説明は受けたらしいけど、まだ分からない部分も多いと思う。ただ了承は得ているということなので、ゆっくりでいいですから慣れていってください」
「はぁ……?」
クライスが突然堰を切ったように、事務的な口調で話す。
光はその内容が唐突すぎてよく理解できない。
「あの~……」
「はい……?」
何のことかクライスに尋ねようとすると、
「あ、はい! 光には重々説明しておりますので心配ありません! 」
遮るようにドンゴロが話を進める。
「じゃあ、他の詳しい説明は入隊式の始る前にでもしましょうか。まだ疲れがあるだろうから、3時間ほどしたら迎えにきます。その時まで私は失礼しますね」
「わ、分かりました……」
「じゃあねー! また会いましょう! 」
クライスは品のある笑みを浮かべて一礼し、白衣を翻し部屋を出て行く。
ルージュも無垢な笑みを光に投げかけ、クライスの後を追って外の廊下へ消えていった。
二人の気配が消えると、光は大きな溜息をついた。
首の後ろでドンゴロの刃物が鈍く光っていた。
「すまぬ……ああするしかなかったんじゃ……」
「よく分からないんですけど……わけ有りですか」
「う、うむ……悪いな……説明もなんもなしでここまで連れてきてしまって……く、詳しいことは今から話そう……」
ドンゴロは光にそう話した後、素早く部屋の入り口に寄り、扉を少しあけて顔をだし廊下に誰もいない事を窺うと、扉をそっと閉じて内側から鍵をかけた。そして、ソファーに座るよう光に促す。その向かいにドンゴロは座った。真剣な表情で光を見つめる。
「なぜここへ連れてきたのかとか……真っ先に聞きたいじゃろうが……その前にお前には知ってもらいたい事が山ほどある……段階的に話すぞ……まず、この場所、このセギトが浮いている国、その成り立ちから話そうと思う……」
ドンゴロは罰が悪そうに口を切ると、まず今いる場所について語りだした。
話を要約すると――
クライスは今光がいる空に浮ぶ城砦『セギト』の管理者兼支配者である。
セギトはマイル共和国の領地内に浮いている。
マイルは以前はゼームス大陸に数ある人間が統治する国の一つであった。
しかし、二年前、現魔王の元、魔王軍は人間の領土に侵入を開始した。
その際、魔王軍に最後まで抗った国々の民衆や王族、兵士は大多数惨殺された。
マイルはその国の一つであった。
魔王は抗う者にたして容赦はなかった。
しかし、本来の目的はゼームス大陸の覇権を握ることであって、人間の全滅を望んではいない。
魔王に抗った国の王を殺し、魔王自らが選んだ魔族をその国の王としたが、その国で生き残った人間達を根絶やしにすることはしなかった。魔王は新しい魔族の王に、魔族と人間が共存共栄できる国を目指すことを公言させ、生き残った人間達にそれを求めた。
「なるほど……」
あまりに話しが壮大なために光は理屈では分かっていたが、俄かにイメージとして内に浸透してこない。感覚としては、歴史の講義を講師に聞かされているようなものだった。
「まぁ、そういうことで、この国は一応は人間と魔族が共に暮らしてはいる……まぁ、実質的には魔族の王が実権を握っていて、人間には不利なことも多い。当たり前っちゃ当たり前だがな」
「なるほど~……」
光は話を聞いているうちに、少しは興味が湧いてきていた。
それと同時にこの世界の成り立ちについても薄っすらではあるが把握し始めていた。
「魔族の支配下に置かれてから、この国には魔族の移住が増えた。その中の一人がこのセギトの管理者クライス様じゃ」
「そうすると、あの人は魔族なんだ? 」
「そういうことだ」
この時、光は大体の力関係は分かったが、魔王や魔族の存在やその詳細についてよく分かっていない。ただ、そういう民族がいると理解していた。そして、今それをここでドンゴロに詳しく聞こうとは思わなかった。話がややこしくなりそうだと感じていたからだ。
ドンゴロは一息ついて、少し間を空けた後、手を口にあてて一度咳き込む。
「しかし……俺がわざわざお前に、なんでこれほど細かい説明するか分かるか……?」
そして、片目を瞑って、神妙な面持で問いかけるように光に謎を投げかけた。




