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第四十二話、青空と勇者 回想その10

修正多めになっています。

 ――やられる……

 光は咄嗟にベッドから飛びのいた。

 床に落ちて転がりながらも、肩膝をついた姿勢を取りドンゴロに向き直る。

 その素早い身のこなしに、気後れした様子でドンゴロが回り込んでくる。

「中々やるな……」

 手に持つ小刀を突然、部屋の隅に放り投げた。

「勝負しろ!」

 拳をかち合わせて、ドンゴロが言った。

 光は慌てて立ち上がる。

 ドンゴロは腕を畳んで、ボクサーで言うファイティングポーズをとっている。

 ――小刀を捨てた……肉弾戦か……しかし……

 ドンゴロは握り締めた拳を胸元付近にかかげ、光を睨んでいた。

 闘志を漲らせている。

「どうして……」

 光はわけがわからなかったが、思い当たる節はあった。

 記憶障害の嘘がばれ、スパイ容疑をかけられている。

 襲ってくる理由としては充分だ。

 ただ、解せないことがあった。

 エンヤ婆の紅い光を見ているうちに、気が遠くなったのは覚えている。

 恐らく、あの後、気を失いここへ運ばれてきた。

 そして、同じ部屋にドンゴロがいる。

 ここへ自分を連れてきた一人であろうことは予想がついた。

 なら……なぜ……今、襲われているのか? ――――光は頭を捻るが、その理由が今一歩掴めない。

 連れてくる途中や寝ている間、いくらでも殺せる時間はあったはずだ。

「いくぞー」

 ドンゴロは声を張り上げると、光に向かってくる。

 右拳を固め後ろに引いて、殴りかかってきていた。

 走る速度は、思ったほど速くはない。

 ――仕方ない……

 光は体を沈め、その拳の軌道を見極める。

 ――ここだ!

 頬をドンゴロの大きな拳が掠める。

 だが、同時に光の拳も、ドンゴロに向かって伸びていた。

 ――右クロス……

 ドンゴロの顔面に深く拳が突き刺さる。

 全身の体重を乗せて、そのまま拳を振りぬいた。

 鈍い音が部屋に響いた。

 カウンターパンチを受けたドンゴロは、背中から倒れこみそのまま床を滑って壁に激突した。

 ――し、しまった……やりすぎた……

 光はドンゴロが本気で襲ってきているとは思っていなかった。

 小刀を捨てた時点で殺意はないと感じていた。

 にもかかわらず、半信半疑なために、思いっきり殴ってしまった。

 拳を見つめながら、罪悪感に苛まれる。


「だ、大丈夫ですか?」

 ドンゴロに駆け寄り、膝をついて屈む。

 不可抗力とは言え、年老いたドンゴロに本気の拳を当ててしまった。

 良心に咎められ、手を震わせて横たわるドンゴロに目を凝らす。

 仰向けに倒れたまま、ドンゴロは死んだようにピクリとも動かない。

 頬は赤く張れて、鼻血が出ていた。

「ドンゴロさん、しっかりして!」

 耳元で声を張り上げるが、反応がない。

 ――まさか……

 鼻に手を当てて呼吸を確かめる。

 ――……息はしている……

 左手首を掴んで脈を確認する。

 脈もしっかりしていた。

 光はほっと胸を撫で下ろす。

「おーい、ドンゴロさん!?」

 救急手当ての要領で、再度耳元で叫ぶ。

 すると、

「ぐが~……」

 ドンゴロは鼾で返してきた。

 ――寝てる? いや、そんなはずは……

 本当に寝ているように見える。

 頭に衝撃を受けて……と光は考えていると、最悪の事態が浮ぶ。

「まさか……」

 ――脳に障害が!?

 光は立ち上がり、混乱気味に部屋を見回した。

 ――救急車……!

 咄嗟に電話を探していた。

 しかし、ここは日本ではない。

 真白になった頭の中に一瞬それがよぎる。

 ――そうか……なら……人……助けを呼ばないと……

 今自分が出来る最善を尽くすため、入り口らしき扉へ走り開け放つ。

「きゃ! 」

「――え? 」

 そこには女の子が立っていた。


 


「どうしたんですか? 」

 大きな瞳を瞬きながら、少女はきょとんとした様子で光に尋ねた。

「君誰……? いや、それどころじゃない、ド、ドンゴロさんが……大変なんだ」

「え……!?」

 光は少女を中に招きいれ、ドンゴロが倒れている場所指し示す。

「ドンゴロさん! どうしたの!?」

 少女は一際大きな声を放ち、光を押しのけ傍に駆け寄った。

 青褪めた顔で変わり果てたドンゴロの姿を見下ろしている。

「ドンゴロさん、しっかりして!」

「ぐが~……フゴ~……」

 声をかけると、やはりドンゴロは鼾で返した。

 光は心配になり、申し訳なさそうに傍に歩み寄る。

 少女は左手首の脈を取りながら、一方の空いた手を光に向けて、

「あなたはそこで待ってて! 気が散るわ!」

 切迫した声に光は、びくりと肩を震わせ立ち止まる。

「脈は……あったはずだよ、ただ、鼾が……」

 少し離れた位置から、消え入るような声で囁く。

「脈……今停止してるみたい……」

「え? そんなはずは……じゃ、じゃあ鼾は!」

 と、光が狼狽して近付こうとすると、立ち上がって両手を開け行く手を遮る。

「これ以上何をしようって言うの? 死んでる……彼は死んだの……」

 光を真直ぐみつめて、毅然とした口調で光に言い聞かせる。

 そして、間髪いれずに、

「何があったか分からないけど、状況証拠だけ言えばあなたが……」

 ドンゴロを殺した事実を、静かだが明瞭に光に示唆した。

「そんな……俺が……人殺し……でも、相手が、ドンゴロが襲ってきたんだ……」

 光は少女に口ごもりながらも、正当防衛を訴えた。

「残念ながら、そんな言い訳はここでは通じないわ……人殺しは人殺し……」

 冷めた口調で少女は酷薄に言い切った。

 ――俺が……殺人犯……

「この国では……殺人犯は死刑……」

「え……?」

 一言発して絶句する光。

 ――俺……死刑!?

 光のわななきが止まらない。

 今にも膝を折り床に、崩れ落ちそうなる。

 その光の右肩にそっと手を置き、紫色の瞳に悲壮感を漂わせながらも微笑んでみせる。

「でも安心して……いまのところ、目撃者は私だけよ……、私が黙っていればばれないわ」

 光は顔をあげ、優しさを湛える少女の顔をじっと見つめる。

 ――この子……俺を救ってくれるのか?

 藁にも縋る思いの中で、光の気持ちは少女に傾き始めていた。

 それを感じ取ったのか、少女はしなやかな白い指で光の右手を絡め取り胸元へ運ぶ。

 そして、光をみつめたまま、

「ここから離れましょう! 一緒に逃げるのよ! 」

 凛とした表情で、語気を強めて光に訴えかける。

「えぇ……でも俺、ここがどこだか、それに色々……」

 しかし、光は突然の成行きに動転し口ごもった。

「一刻の猶予もないわ、私を連れてここから逃げるの!」

「へ? なんであなたを? 」

 捲くし立てる少女のペースに飲まれかけた光だが、ふと違和感を感じて疑問を投げかける。

「なんでって、もうあなたと私は共犯者よ! ここを出てどこかに身を隠してほとぼりが冷めるのを待つのよ」

 それでも弁が立つ彼女に付け入る隙はなかった。確かに言っている事は道理に叶っている。自分を匿う以上、彼女も共犯者だと光は思う。普通であれば少女を巻きこまないよう、協力を拒んで一人で逃げるか、自首するのが筋だ。だが、光は死にたくはなかった。それに元々右も左も分からない異界。この世界の地理や文化に詳しくない光にとって、現地人である少女の同伴はありがたい。

 

 ――この際……この子と逃げちまうか……



「とにかくここから出ましょう」

「そうしますか……」

 光は腹を括った。

 一蓮托生、この子と運命を共にする覚悟だ。

「この部屋の窓から外へ出れるわ」

 窓を開けて外を見る、瞬間――膨大な風が下から吹き上げてきた。

 光の艶めく黒髪は逆立ち、激しく波打つ。

「うわ……ここは……」

 真下に広がる白い雲海……

 光はその雄大な景色に度肝を抜かれ、しばらく呆然と眺める。

「何ぼーっとしてるの!? まぁ、初めて見るんだから無理ないわね……この城砦は空の上にあるのよ」

「…………」

 一瞬言葉を失う。

 ――そんなおとぎ話に出てくるような城が……実在するなんて……

「でも安心して、私の魔法なら、落下速度を緩やかにできる」

「え?」

「時間がないわ、ほら、窓に足かけて」

 無理やり背中を押され、窓の外に押し出されそうになる光。

 少女はぐいぐい押していた。

「ちょっとまったー! 君達どこへいくつもり?」

 






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