第三十九話、青空と勇者 回想その7
ミリガンはあの話の後、『すぐに答えは出さなくてもよい、俺は酒を飲んでるから、その間ゆっくり考えて決断してほしい』と言ってからは、ドンゴロに白瓶を差しだされるがままに口へ運んでいた。
光はあばら屋の隅の壁に背をあずけ、肩膝を抱きこむようにして座っていた。
そして、これまでの経緯において、ミリガンの言動で不可解に思うものについて考えていた。
――――記憶がなければ……あの長い矛盾の多い話をすんなり受け止めるだろうってことか……
ミリガンが記憶の有無にこだわってた理由はなんとなく理解できた。
しかし、それ以外にも光は解せないことがあった。
程よく尖った顎を親指と人差し指で抱えるように挟んで思索に耽る。
――なんであれほど……饗応までして……
血も涙もない人売りが、なぜ、あれほどまでに光を手厚くもてなしたのか。
記憶障害を持つとはいえ、ミリガン一味からすれば、光はただの商売品であり、捕虜であり、奴隷も同然だ。
光は納得いかない様子で首を傾げ、
――俺が……人売りなら……
と、仮定を心中に打ちたて、シュミレートしてみる。
――――ぼんやりした少年が道の向こうから歩いてくる。相手に警戒されないよう自然な歩調で距離を縮めていく。右利きの光は道の左側を歩き、少年は右側を歩く。そして、擦れ違う瞬間――右腕を折りたたみ拳を握り締め、相手の鳩尾へ重い一発……。一撃の元に気を失い、糸がきれたようにその場に崩れ落ちる少年の腕の下に肩を素早くいれる。そして、周囲に目撃者がいないか、目を走らせ誰もいない事を確認した後は、一目散に馬車に駆け寄って少年を荷台の上に無造作に放り投げた。周りに注意しながら幌布を降ろして外界からそれを遮る。気絶している少年の脇を通り、座席に飛び乗って手綱を握り馬車を静かに走らせる……
アジトに着くと、少年を中に運び込み、太い杭に縄で縛りつけ、盥に溜めた水をぶっかけた。
『ぶは……なんだ?』
『よう、気づいた?』
光はあっけらかんとした口調で少年に言った。
『あれ、俺、なんで……あれ……ここは……』
『ここは……組織が管理する……』
言いかけて、光は口を噤んだ。場所を特定されるのを嫌った。
『あなた誰ですか!? それになんで!? 」
少年は狼狽した様子で矢継ぎ早に言葉を放つ。
『黙れ…………』
光は少年に一喝する。
威圧の篭った言葉に、少年はたじろぎ黙る。
光は少年を押さえつけるように見据えると、懐から出したタバコを咥え、ライターの火をその先につける。
煙を目を細めて吸い込んだ後、右人差し指と中指の間にタバコを挟み口から離すと同時に息を吐き出す。
おもむろに重い口を開く。
『――お前はしゃべるな……俺が一方的に話す……少しでも面倒だと思ったら殺す……』
静かな口調の中に、黒く禍々しい本性を垣間見せる。
言ってることは全て本気であると暗黙のうちに少年に悟らせるためだ。
後ろ手を杭に縛られ動けない少年。瞳には不安と怯えの色が混在していた。
今の光の言葉がトラウマのように少年の心を縛り付ける。
光は無言のまま、狭い倉庫内を行ったりきたりしていた。
そんな時、倉庫の扉向こうからトラックのエンジン音がひとしきり続いた。
光は咥えていたタバコをコンクリートの地面に吐き捨て、黒い靴で踏みにじった。
『さぁ、行こうか……』
『ど、どこへですか……? 』
少年は顔を恐怖で引きつらせ、裏返った声で光に尋ねた。
それが例え無駄だと分かっていても、聞かずにはいれなかった。
『海を越えた異国の地だ……」
そう言ったきり光は二度と口を開かなかった。
少年は諦念のようなものを顔に浮べ、ただ、力なくうな垂れる他なかった―――――
これが光の考える真っ当な人売りの姿だ。
光は意識を現実に戻すと、ミリガンの行動の不可解さを再確認する。
――やっぱり、どう考えてもやり方が……回りくどい………………う~ん、いや……まてよ……
そう考える一方で、別の思いが突然芽生える。
売られる人間とは商品であり、その保存状態の良し悪しは重要だと光は思う。
顧客の希望や目的に合ったものを相手に届けるのが売り手の基本。
扱いを決めるのも、全ては顧客の目的によって決まる。
――もしかしたら……ミリガンの話は半分は本当なのかも……
光の妄想がまた始った――――
金持ちで大きな屋敷を持つ地主の夫婦……
しかし、二人の間には子供がいなかった……
男の子が欲しい……跡継ぎが欲しい……男の子を養子として迎えたい……
しかし、普通のルートでは中々見つけることが難しかった……
夫婦は悩んだ末……
闇市場で条件にあった男の子を捜すことにした……
そのうち、一つの業者、ミリガンから夜間に連絡を受ける……
何らかの通信方法を使って光の情報を受け取った夫婦……
都合のいいことに、その青年は記憶障害があり何も覚えていないという……
夫婦は考えた末、光と取りあえず会ってみたいとミリガンに伝えた……
――……短時間の間に何らかの方法でやり取りを行い、こういう契約が成立した……それなら人質は丁重に扱わないといけない……これなら、納得がいく……あ、でも待てよ、更にこんな場合も……
光の妄想は尚も留まる所を知らない。
様々なシチュエーションを思い描き、あーでもない、こーでもないと考える光。
多岐にわたる妄想を長時間描き続けた結果、光は憔悴し疲れきっていた。
――あぁ……もういい……考えるのはやめだ…………なるようになるさ……
半ば自棄になって、全ての思考を閉じようとした時、ふと何かを思い出す。
――……そうだ……俺は……
ここの世界の住人ではなかった――――とても重要なことだった。だが、まだあまり意識に明確に浸透していなかったために、いままであまり思い出すことさえしなかった事実。
――そうだった……俺は……どっちみち、一人では生きていけない……ここは……右も左も分からない土地なんだ……
光は今一人でどこかへ逃げたところで、生きて行く自信が全くなかった。
今いる世界の文化も常識も全く知らない上、頼りにする者もいないからだ。
それにドンゴロから、この辺りには魔物と呼ばれる得体のしれない化け物が存在し、人間を襲って食べるという話も聞かされていた。
そして何より――――ミリガン達から逃げ果せる自信がなかった。
――ふ……ふふふ……
光は憑き物が落ちたかのように、強張った顔の筋肉を弛緩させ自嘲気味に口元を綻ばせる。
そして、意を決したように立ち上がり、ミリガン達の元へ向かって歩きはじめた。
「ん……どうした? 光……」
顔を紅く染めたミリガンが、だらしない居住まいで尋ねた。
白瓶の底を高くあげて、光に向けている。
その隣で酔いつぶれて眠るドンゴロ。
「あの……俺……さっきの話し……」
深夜遅く光はあばら屋の中で体を横たえていた。
藁を敷いただけの寝床に、獣臭い匂いが染み込む動物の皮でできた毛布。
家屋の壁板は所々隙間があり、冷たい夜気が時々頬をなでる。
隣にはドンゴロが寝ていた。
光は寒さのせいもあったが、色々あって神経が高ぶったままで眠りに入ることができなった。
――どこ……連れてかれるんだろうな~……
少し前にミリガンに明日、相手先に出向くことを伝えた。
それを聞いたミリガンは酔ってはいたが、『そうかそうか! なら決まりだな! 良かった!』 と滑舌よく返して、嬉しそうに光の肩を大きな手の平で何度か揺すった。そして、酔った頭で何かを考えているように宙を見据え微笑んだ後、『じゃあ、俺は自分の寝床へ帰るから、今日は一晩ここでドンゴロと寝てくれ』と言ってむくりと立ち上がり、ここを後にした。
「う~ん……もう飲めませんよ……頭……」
ドンゴロは幸せそうな顔で口元から涎を垂れ寝入っていた。
頭まで被る毛布の一部を少し浮かせて作った隙間から、その横顔を訝しげに盗み見る。
――あんたも……結構曲者だよな……
と、光は心で呟く。
ドンゴロが呟いたさっきの言葉が妙に気にかかっていた。
『いずれ分かる……』
光の悩みを見透かすように放ったドンゴロの言葉。
こうなることだけを、暗示したものだったのか、それとも……
光はまた疑心暗鬼に陥り深く考えようとしたが、
――まぁ……さっき結論は出てるし……それに……もう……だめだ……さすがに疲れた……
積もり積もった疲労が急に瞼に圧し掛かり始める。
まどろみの中へ誘われる途中で、面倒な思考は強制的に閉じられていった。
――明日……か……ん……がえ……よ……う
思考が途切れて、静かな寝息を立てて眠る。




