第三十八話、青空と勇者 回想その6
突然入ってきた男は、黒い装束で足先から頭まで身を包んでいた。
入ってきてすぐに、ミリガンの前で腰を沈め、耳打ちをしぼそぼそ話し始める。
光はまたか……と、小休止とばかりに、胡坐をかいて外の景色を眺める。
相変わらず、闇が覆うばかりだったが、ここへ来た当初、ポツポツ見えた松明の明かりは見えなかった。
月明かりも雲に隠れているのか、光源が一切なくなり、外には真の闇が広がっている。
「――光……ちょっとコイツと話があるんで、外で話してくる」
「――はい」
「ドンゴロ、ゆっくり相手してやってくれ」
「任せてください」
光は右手を軽く振りながら、薄笑みを浮かべて大きな背中を見送る。
闇に溶け込むように消えていく二人。
あばら屋内がしんと静まり返る。
「どうしたんでしょうか? 」
一緒に残ったドンゴロに光は尋ねた。
「さぁな……」
ドンゴロは木の棒に突き刺した獣肉を、丈夫そうな歯で豪快に食いちぎる。
特にミリガンが出て行った事を気にしている様子もなく、ただただ飯を貪るのみである。
しかし、光は腹の底に言いようもない不安を感じていた。
――なぜ……ここで話さないんだ……完全に俺に知られるのを拒んでいる……
ドンゴロにせよ、さっきの男にせよ、皆光の前ではぼそぼそと話す。
それが光を一層不安にさせた。
虚ろな眼差しを床に落とし溜息をつく。
消沈した様子で光が肩を落としていると、
「心配するな……何れ分かる……」
と、ドンゴロが見透かすように言った。
光は虚をつかれ、ふいと顔を上げてドンゴロを見る。
しかし、その視線を交わすかのように、手にしていた皿と木の棒を無造作に床に置いて、ドンゴロは背を向けて横になった。不可解な今の発言に光の心は頼りなく揺れ動く。
「ふー、戻ったぞ」
「おかえりなさいまし」
ミリガンが帰ってきた。しかし、さっきの黒装束の男はいない。
ドンゴロは横になっていた体を素早く起こし立ち上がると傍によって出迎える。
「どうでしたか……?」
「……」
ドンゴロの問いに静かに首を縦に振るミリガン。
そのまま大きな巨体を光の差し向かいに沈める。
光の不安は高まっていた。
――…………俺に関る何かを……
光は十中八九、自分に関る話をミリガンはさっきの男としていたのだと考えていた。
外へ出て行く前に黒装束の男とぼそぼそ話してた時に、時々ミリガンが光をちらりと見る眼がそれを雄弁に語っていたからだ。
「光、少し話しがあるんだが、いいか?」
「――はい……」
そらきた……と心の中で吠える。
だが、光は腹を括っていた。
ミリガンの話に静かに耳を傾ける。
「さっきな、ここに訪問者がやってきたんだが……」
こんな時間に……? と光は訝る。
「その者がこの辺りで行方不明になった青年を探していている……とジャニスがさっき知らせにきた。わしはその話を聞いてピンときてな、その者の元へさっき行ってきたんだ」
――ジャニス……黒装束の男の名前か……
光は話を聞きながら、落ち着いた様子で分析していく。
「訪問者に会ってみると、そいつは懐から吸引紙を取り出して俺に見せてきた……」
「えっと、あの、吸引紙ってなんですか?」
咄嗟に光は聞いていた。
聞きなれない言葉に好奇心が先に立ったのだ。
「これも分からないか……うむ、吸引紙とは……この大陸に伝わる高等魔法『吸引』で得たイメージの一部を刷りこむ紙のことだ……」
「――はぁ……なるほど」
その説明を聞いても、光はあまり理解できなかった。
だが、これ以上聞くと話の腰を折りそうな気がして適当に納得したように返す。
「話を戻すが……その吸引紙には身なりの良さそうな青年が映っていた。その者が言うには、自分の主人のこの辺りで行方不明になったご子息だと言うのだ」
少し熱を帯びた口調で尚もミリガンは続けた。
「ワシの予想は当たっていた……そこに映っていた青年の姿はまさしく光、お前だったんだ、つまり、その者はお前を探していたわけだ……」
「…………」
光はミリガンを見上げて唇を薄く開けた。
その光の表情を観察するかのように眺め、一瞬間を空けた後、ミリガンはぽつぽつと話していく。
「わしはすぐにはお前の話を打ち明けなかった。この辺は物騒だ。しかも深夜の来客。吸引紙にお前が写っていたとは言え、俄かにその者の話を信用するわけにはいかない。素性も分からないものを信用するほどワシはお人よしではないのでな……ワシはしばしの間、相手の情報収集をしようと話を巧く導き出すのに専念した……」
そこまで話すと、ドンゴロが差し上げる白瓶を手に取り口に持っていった。
喉を鳴らす湿った音が光の耳に届く。
光は黙ったまま、床に視線を転じ、話が再開するのを待っていた。
そのうち、ミリガンがふーっと大きな息をつき、白瓶をドンゴロに渡した。
「それでな、うぃ……ワシは巧く相手の話を色々導き出した……話によると、お前の父親は1000カイルはなれた場所に屋敷をもつ地主でな、たまたま、この辺りで息子と一緒に馬車でやってきたらしいんだが、すこ~し目を離してる隙に、息子の姿をこの辺りで見失ったらしい……」
赤ら顔でミリガンは一気に話した。
どことなく話す口調も幾分軽い。
白瓶にはアルコール分が入っていたようで、ミリガンは軽く酔っていた。
光はまだ黙って静かに聞いていた。
「ワシはその者が嘘をついているようには見えないし、信じることにした……そしてお前のことを打ち明けた。そしたら、そいつは感激した様子で、お前に会いたいといってきた。だがな、夜も遅いし、今すぐこんな状態のお前にその者をあわすのも何かと不都合が多いと考え断った。記憶喪失のお前を困惑させないための配慮だ。相手はそれでも、食い下がって理由を聞いてきたが、俺は突っぱねた。いちいち説明するのが面倒だったのでな……相手は諦めたのか、質問を取り下げ、変わりに屋敷の場所がのった地図を懐から取り出しワシに示した。見たところ、場所は案外ここから近かった。俺はそこで男に『安心してくれ、明日にもワシの家来を同行させておたくのご子息を連れて行く、だから今日のところは帰って欲しい』と言った。その者は納得はしていなかったが、俺の意志が固いことを悟ったのか、しぶしぶ夜道を帰っていった……」
「なるほど~」
ミリガンが長い話を終えゲップを一つ放つ。
それにドンゴロは腕を組んで分かった風に首を縦に振った。
光は尚も黙ったまま、床に視線を置いていた。
ミリガンの今の話し振りは、饗応の席の時より酷くぎこちなかった。
まるで誰かが書いた話を内容をしらずに、ただ読み上げているようでもあった。
それもそのはず、ミリガンは手下が作った嘘話をそのまま語ったにすぎない。
――よくもまぁ……これだけでっちあげたな……
そんな事は光は百も承知していた。
矛盾点の多く、雑で長ったらしいミリガンの嘘話を、途中から呆れて聞いてすらいなかった。
話の最初の流れで光は、ミリガンの嘘話の意図するところを理解できていた。
――やっぱり俺が思ってたとおり……こいつら流れ者の人売り……そして俺は……
俺は人売りの糧として誰かに売られてゆくのだと光は悟った。




