第二十八話、魔王の苦悩。
姫達が働く場所は繁華街の地下にあるレストラン街にある。
この辺りは会社も多いので、昼食時間を迎えたサラリーマンや、子供づれの主婦、学生、etc……がひっきりなしに、姫達が働くレストランに押し寄せてくる。
「3番テーブル〜卑弥呼さんお願い」
「はい〜!」
「リーシャさん! あそこ片付けて!」
「は、はい!」
尽きることのない客の入り、その客への注文取り、食事を終え、客が離れたテーブルに置かれた食器の後始末、移動中でも容赦なく追加注文などで呼び止められる。
まさに昼食タイムのホールは目が回るような忙しさだ。
リーシャも姫もただただ、この昼食タイムの苛烈な忙しさについて行くのに必死で、もはや周りはほぼ見えていなかった。黙々と食器を片付け、嵐のような接客を作業のようにこなしていた。
「2名様ですね〜、5番テーブルへ」
二人組みの客がテーブルへと案内された。
「ご注文お決まりになられましたら、お呼びください」
ウェイトレスはそう言い残すと、笑顔で会釈をしてテーブルから離れていった。
「卓〜何する?」
「あん?」
「はい、ほら、メニュー表〜!」
「ふむ……」
魔王は彩に連れられレストランにやって来た。
店内は人間たちで溢れ、談笑するOLやサラリーマン、主婦、その子供の甲高い声、とにかく周りの喧騒が気になって魔王は落ち着かなかった。この雰囲気に慣れていないのだ。
それでもメニュー表を差し出されると、空腹が手伝ってか、視線は食べ物の写真に吸い込まれるように釘付けになった。
「上手そうだな〜……何にしようかな〜」
「ふふふ、今日は珍しく食欲ありそうじゃん」
「これもうまそうだな〜、いやこれも……まてよ、これもなかなか……」
魔王は彩の言葉は耳に届いていない。メニュー表を両手で開けもち、宙に浮かせてがっつくように見ている魔王を、彩はきょとんとした目で眺めていた。
普段はもう少し落ち着いていて、食べるものを早めに選択し終える彼氏卓(現在魔王)。その彩の知っている卓とは今日は別人のようだ。彩は彼氏である卓を眺めながら、ちゃんと食べ物食べてないんだろうか……? あ、もしかして、何か嫌な事あってやけ気味とか?――と今日の変貌の理由に推測を色々心の内に立てていた。
「よし、このサーロインステーキセットにするぞ!」
魔王は顔をあげると、口端から涎を光らせながら、満面の笑顔を彩に向けた。
ぼ〜っと卓の顔を眺めて物思いに耽っているところに、突然声を掛けられ彩ははっとして卓に視線を合わす。
「あ、決まった!?」
「うむ、これにした!」
「おいしそうね〜!」
「あーじゃあ私も決めないとねぇ……何にしようかな〜……じゃ私はナポリタンにしよっと」
彩は極力笑顔を作り明るく卓に接する。そして、思い出したように、メニュー表に目を凝らし直ぐに選択を終えた。魔王は彩の様子に特に気を払うでもなく、左肘をテーブルにつき、左手のひらを頬につけて、左にある窓から通路を行き交う人々をニコニコしながら眺めていた。
「あの〜注文したいんですが〜」
「あ、はーい!」
通り際のウェイトレスを捕まえると、彩は言った。
「ナポリタンとこのセットで……」
「えーっとライスとパンありますが、どちらになさいますか?」
そうウェイトレスに聞かれて、彩は窓を眺めっぱなしで気づかない、魔王の肩を揺らして声をかけた。
「卓! ライスとパンどっちにする!?」
「ん?」
魔王は聞きなれない言葉の混ざる質問を、投げかけられ戸惑う。
しかし、すぐに冷静に吸引の情報から探る。
そして、一瞬のうちにそれが何であるか悟ると、
「じゃあ、ライスで、後、ホットコーヒーもね! 砂糖もつけてくれ」
と、質問された情報に付随した全ての答えを返した。どっちみち、後で聞かれる事を吸引の情報から知ったからだ。その際、ウェイトレスに顔を向けてにっこり微笑んだ。
だが、顔を向けた相手を見て、魔王の顔が一瞬にして凍りつく。そして、反射的に顔を伏せて、頭を両腕で隠すように抱え込んだ。
「は、はい、でわ、復唱します……ナポリタンひとつ……セット……」
魔王の顔を見たウェイトレスは、声を上ずらせて復唱し始める。
しばらくして、復唱し終えると、会釈をして小走りにその場から引き上げていった。
彩はウェイトレスの様子を見て、まだ慣れていないのだろうと勘ぐりながら、テーブルに顔を付け塞ぎこむ魔王に心配そうに囁いた。
「どうしたの……? お腹でも痛いの?」
「い、いや……そうではないのだが……」
「ん〜今日卓ちゃん何か変だよ?」
――ん? まずい……何か不審がってるぞ……
正体がばれては飯にありつけなくなる――魔王はそう思うが先か、咄嗟に顔をあげて、背筋をぴんと伸ばして起き上がった。不安げにみつめる彩に引きつりながらも、愛想笑いをその顔に浮かべる。その顔をじ〜っと彩は穴が開くほど覗き込むが、ニコ〜っっと魔王が笑顔を絶やさないでいると、安堵の息を一つついて微笑んだ。
「良かった……元気そうだね、顔色も悪くないし」
「うむ……」
「何か悩み事あったら、言ってよね……彼女なんだし……」
彩は目を伏せ気味に、長い睫の間から瞳を震わせて魔王に言った。
魔王はその言葉の意味も瞳の訴えるものも、何となく分かっていた。
人間と魔物、種族は違えど、心の構造はさほど違わない事を魔王は分かっていた。
これでも魔族の長である。数多の魔族と人間の女性は見てきている。そして、現在姫も愛している身。暴慢に見えて、意外と繊細な心の持ち主である魔王。女性に対し疎いということはなかった。
「心配するな、さっきまで頭痛がしていただけだ、でももう大丈夫、治ったようだ……」
魔王はこめかみを指で押さえ、そう優しく彩に言って聞かせる。元々二枚目な顔に更に、優しさまで滲ませて彩を見つめる。彩はその瞳に見据えられると、ぱっと花が開いたような笑顔を浮かべた。それを見て魔王はほっとして窓を見やる。
その間、機嫌を直した彩が一人で永延と話しているのに相槌を打ちながら、もっと鬼気迫る難題に頭を悩ましていた。
――ふー……びびったな……まさかここが、姫とリーシャが働いてる場所だとはな……しかし、頭を抱えたのはまずかったな……咄嗟に後ろめたくなったとは言え……
魔王はホールを見渡すと、忙しそうに料理を運ぶリーシャをみつける。そして、厨房に引っ込んでいく姫の後姿も視界に捉えると、深い息を漏らした。
「ん? どうしたの?」
「いや、飯まだかなと思ってな……」
溜息を漏らした魔王に、また彩が気遣いを見せるが、魔王は適当にごまかす。
それを聞いた彩はまた、明るく様々な話を展開し始める。
また、魔王はその間、相槌をうちながら複雑な思いに身を焦がしていた。
――まぁ、あの一瞬で、本人か俺かなど分かるまい……それに分かった所で、この姿だ。
変身した人間に彼女がいても、何ら不思議はないし……逆にちゃんと相手してるんだから、褒めてもらわんと困る。この魔王が人間といざこざを起こさず、合わせてるんだからな……
魔王は強気に心で今の状態を正当化するものの、どうしても胸の中にわだかまる、もやもやとしたものが晴れてくる事はなかった。




