第二十七話、魔王の出会い!?
「ふぁーあ……」
魔王は目を覚ました。頭上に両手を放り出して大あくびを一つした。
眼を擦りながら、まだ濁った視界の中ログハウスの中に視線を流す。
しかし、誰も部屋にはいる気配はなかった。
「あ、そうか……」
魔王は平手を軽く拳でポンと打つ。
リーシャが今日から姫と同じアルバイト先へ出かけたこと、朝見送った事を思い出したようだ。ハンモックから降りてゆっくり両足を床につけ立ち上がる。柱にかけていた黒ローブを頭から被ると、部屋の窓に近寄り外をみた。
太陽の陽射しが照り付け、眩しそうに魔王は目を細める。
「取りあえず……」
魔王は部屋に誰もいないので、戸外へ出ることにした。
外へ出ると浩浩と照り輝く空を仰ぎ見る。
そして、視線を落として辺りをぼんやり眺めていたが、しばらくすると、魔王は地から足を宙に浮かせた。そのままふわっと舞い上がると、高度と速度を高めながら、どこかへ向かって空を駆け抜けていった。
しばらく飛んだ後、魔王が降り立ったのはこの箱世界にある川沿いの砂地だった。
この世界で唯一水がある場所だ。魔王はここを水洗所として毎日使う事にしていた。
水辺に近寄り、ありったけの水を掬わんと、大きな手を重ね合わせて水に浸し、その手皿の中に水をためた。
「うめ〜〜!」
上流から流れ来る澄んだ水を一気に飲み干すと感嘆の声をあげた。喉が潤うと、今度は顔に冷たい水を何度か浴びせかけ始める。そうしていると、ぼんやりした意識が冴え冴えと晴れ渡ってくる。
魔王は気が済んだのか立ち上がると、仁王立ちして天を仰ぎ見た。
見ると、雲ひとつない青空に浮ぶ太陽が中空にかかっていた。
「さてと……」
魔王が腹を摩ると、腹の中から低い音が響いてくる。
今日は朝、姫の部屋へ朝食に出かけた。いや、今日『も』と行った方が正しい。
今、魔王は自分たちの食事を得る方法が何もなかった。
マランガは樹液を吸ったりミミズを食べたりするが、魔王とリーシャは比較的人間に近い食生活を好む。樹液は体の構造上吸う事はできない。ミミズみたいなゲテモノを口に運ぶなど元から頭に浮んでこない。故に、今のところ、姫の世話になるしかなかった。マランガが現在畑で芋を栽培中だったが、幾ら魔法の箱世界だとは言え、育ちきるには3日が必要だった。
魔王は仕方が無いので、一息つくと、現在の空腹を埋め合わせるために、外へ出ることを決意した。
「リターン!」
呪文を唱えると、瞬時に箱世界から姫の部屋へ移動した。
部屋の中はしんとしていて、薄暗い。カーテンが窓から差す明かりを塞いでいた。
カーテンがきっちり閉められていた。この几帳面さは姫にはないものなのだ。多分リーシャが締めたのだろうと魔王は暗に思った。
だが、魔王はそれが気に入らない様子で、カーテンを大きく開け広げて陽射しを中に入れる。魔王は魔族ではあったが、明るい日の指す場所が好みだった。
実際、ゼームス大陸の魔王城の自室や謁見の場は、魔王の意向で陽光を取り込む窓が多く設置されていて、全体的に明るい光で満たされていた。
「きたね……」
明かりが入り部屋の様子が浮彫りになると、魔王が小声で呟いた。
脱ぎ捨てられた姫の寝着がビニール袋の上に覆いかぶさっている。畳6畳の部屋に所狭しとゴミやら衣類が散乱していた。
――相変わらず汚いなぁ、昨日リーシャが夜掃除したのになぁ……一晩でこれか。朝はリーシャも忙しそうだったし片付ける暇なかったんだろう……
魔王は溜息をつくと、掃除をしたい衝動に駆り立てられる。姫の衣服を一所に集め始める――が、途中で腹に力が入らずにその場に膝をついた。
「駄目だ……先飯にしないと、なんもやるきせん……」
魔王は掃除を途中で放棄すると、窓に近付き開け広げて桟に片足を上げた。
――行くあてはないが、外に出ればなんかあるだろ……いざとなれば……
虚ろな瞳のなかに危なっかしい光が揺らいでいる。
柱に手を掛けると食欲の赴くまま、窓から外空へふらふらと舞い上がっていった。
魔王は人気のない街の路地裏に舞い降りた。
「メタモ!」
そして、姫との約束どおり、最初、眼の中に焼き付けた人間の男の姿へと魔法を使って変身した。お洒落な黒っぽいズボンに、落ち着いた黒の高そうなシャツを身に着け、鼻がすっと高い端正な顔立ち、黒髪を短めに纏めた清潔感漂わす二枚目な年若い男性――
魔王はこの姿に満足してはいなかったが、人間にしては許容の範囲内だと思っていた。
それでも、魔王の肉体と比べると、圧倒的に胸板は薄いし筋肉のつき方も甘い。だが、それは見かけだけの話で、実際の魔王の力や肉体の機能はそのままなので良しとしていた。
薄暗い細い路地から、肩を窄めて力ない足取りで、大通りへと歩を進める。
ここは空から眺めていて、人が多そうだと判断した繁華街の一角だった。
吸引で得た知識から、こういう場所には食べ物が多いことを魔王は知っていた。
「さて、どうするかな〜……」
だが、魔王は浮かない顔で腹を摩りながら辺りを見回していた。
ラーメンと書かれた暖簾、透明のガラス窓の向こうに食べ物のレプリカが陳列された場所が
視界に飛び込んでくる。涎が出そうな食欲を誘う匂いも鼻先を突いてくるが、魔王はそこへ近付こうとはしなかった。吸引の情報にかかわらず、人間世界ではお金というものが必ず必要だという事を、魔王はゼームス大陸にいる頃から知っていた。ゼームス大陸では魔王という絶対の地位であるがゆえに、それを気にかけることなく過ごせてはいたが。
この世界においては、文無しの一匹の人間にしか過ぎない事を魔王は分かっていた。
――はぁ、腹へったなぁ……いい匂いはするんだが、金はないしなぁ……
――何で俺がこんな思いせないかんのだろうな〜……
――俺は魔王だと言うのに……
魔王は鬱々として、俯き気味に歩いていた。
だが、そんな時……
「卓ちゃん!」
「あ……? 誰だ?」
「なに寝ぼけてんのよ!」
突然、眼の前に躍り出てきた人間の女に声を掛けられた魔王。
呆然としていると、馴れ馴れしく人間の女が腕に手を絡めてくる。
――な、なんだこの人間の女は……やけに馴れ馴れしい奴だ。この男と知り合いか?
眼のぱっちりした整った顔立ち、肩までの茶色がかった艶のある黒髪。
見かけだけ言えば、リーシャに肉薄する美人であった。
円らな睫の長い澄んだ黒い瞳を魔王に向けて、人懐っこく左腕にしがみ付いてくる。
「今日大学どうしたの?」
「はぁ?」
「あぁ、またサボったんでしょ!」
魔王は面倒くさいなっと思いつつ、女を眺めながら何やら考えていた。
――この馴れ馴れしさ……吸引の情報に寄るとどうやらこいつは恋人と言う奴だな……
じーっと、魔王は女を上から見下ろしながら考える。
――そうだ……ここは腹も減ってる事だし、こいつになんか飯を調達させよう……
魔王は薄ら笑いを浮かべると、女に横柄に話しかけた。
「えーっと、お前金あるか?」
「あるよ〜、バイト代はいったばかりなんだ♪」
「そうか、ワシ、金今持ってなくってな、腹空いてるんだ」
「ワシ? アハハハ! イメチェン!? そっかーじゃあ、今日は彩が驕ってあげるよ! いつも驕ってもらってばかりだしね!」
――ラッキー! 上手くいきそうだ、ふむ、彩だな。名は覚えておいてやろう。
屈託ない笑みを浮べ、腕を抱え込むようにして魔王を引張る彩。
それに満面の笑顔で応えつつ、魔王は引張られるがまま二人繁華街の人ごみに消えていった。
ぽつりぽつり……暇な時にかければと思います。




