第二十六話、それぞれの生活。
「いらっしゃいませー、何名様ですか〜?」
「三人です」
「でわ、こちらの席空いていますので、ご案内します」
姫は店の奥の席へと客を案内していく。
客が席につくと、にっこり微笑んで、
「ご注文きまりましたら、お声お掛けください」
といって、丁寧な会釈をすると、厨房の方へ引っ込んでいった。
「リーシャさん、今日空いてるね」
「はい、平日ですからね〜」
リーシャと姫は、とある繁華街のレストランでアルバイトをしていた。
こうなった経緯は、簡単に言えば、姫が薄給のコンビニを辞めて、時給が少しだけ高く、時間の融通が利きそうなレストランのウェイトレスとして、働く事にしたからである。コンビニの時給では、貯金の目減りが激しく、一向に生活は楽にならない。一年近く勤めたコンビニに愛着はあったものの、背に腹は変えられず、仕方なく決意した。
そして、リーシャも小金を稼ぐ必要性と、姫の身の回りの監視も兼ねて姫と同じ職場でアルバイトをすることにした。もちろん、魔王と話し合ってそうしたわけだが。
一応姫はコンビニでアルバイトの接客をしていたとは言え、ウェイトレスに関しては未経験だ。そして、リーシャに関してはこの世界で仕事をこなす自体初めてである。ここで働き始めてまだ二日目。二人ともまだまだ、仕事に慣れるまでには至っていない。
「卑弥呼さん、リーシャさん、美人ね」
同じ同僚の桐生孝美が微笑みながら言った。彼女は大学に通いながら、ここでアルバイトをしている学生だ。比較的穏やかな顔立ちで、美人というわけではないが、明るい笑顔が似合う感じが良さそうな女性だった。
「え、そんな事は……アハハ……」
「有難うございます」
姫は美人と言われて、照れ笑いを浮かべる。
リーシャは、素直に感謝の言葉を笑顔で孝美に返した。
「何か分からない事あれば、何でも聞いてくださいね」
「「はい、ぜひ!」」
和やかで温かい雰囲気が厨房を包む。人間関係の構築において、まずまずの出だしだった。
二人は今日は夕方まで、このレストランのシフトに組み込まれている。
姫は手先は器用な方なので、お盆に手際よく食器を載せて厨房に運ぶ。
後、数日すれば、完全に仕事をこなす事ができそうだった。
しかし、リーシャは姫と違って、慣れるまで苦戦の毎日を送りそうだ。リーシャは理知的で頭脳的労働に関しては、頭の回転が速く即座に対応できたが、殊、肉体的なものに関してはというと、少し難があり――不器用なところがあった。
リーシャは客の注文を受けて、厨房から受け取ったコーヒーを運ぶ。だが、その足取りはおぼつかず、周りから見てても危なっかしい。コーヒーの表面は不安定に揺れて、時折、決壊して外に流れ落ちる。客の場所まで着いた頃には――受ける皿は茶色に染まっていた。客にクレームを浴びて、慌てて取替えに返った。
リーシャがレストランで四苦八苦してる頃、
魔王はというと――
箱の中の世界にあるログハウスの中で、柱と柱を繋ぐハンモックに揺られて寝ていた。
リーシャは仕事に出ているし、マランガは畑をせっせと耕しに行っている。
話す相手が誰もいなかった。最初は魔王であるとは言え、部下が働きに出て、姫も新たなバイトを見つけたという事で、よし、自分も! と、意気込んでは見たものの、早々何かを思いつくわけもなく、ハンモックに背を預けて、考えているうちに眠ってしまったようだ。
そして――勇者一向は、
父天草徹はマンションに勇者達を連れてきた。
その際、母親節子も一緒に来ていた。
節子は勇者を前にして、励ましの言葉を投げかけるものの、それ以外は何も言わなかった。 少しびくびくしながら、母の反対の言葉を聞くことになるだろうと、身構えていた勇者は拍子ぬけしていた。なぜ、こんな急展開になっているのに、何も言及しないのだろう――と勇者は首を傾げたが、その裏には徹の黒子的支援があったからに他ならなかった。
あの後、回覧板を回しに行った後、帰って来た節子は、徹に別室に呼ばれた。
もちろん、自分の息子、光の話を節子に話すためである。
部屋で徹に、それまでの息子とのやり取りの詳細を聞かされ、節子は当然のごとく、猛反対をした。
せっかく帰って来た息子と、また離れ離れに暮らすことに強い反対の意志を示した。
しかし、徹は節子を宥めるべく、言葉巧みに持論を展開した。
徹の子供を育てる方針は、放任主義、つまり、自由奔放に子供に生き方を決めさせ、自分で責任を負い、自分で全てを決断させるといったものだった。
その持論をこれまでの自分の経験や、培った理論でたくみに節子に聞かせた。
節子の徹への信頼は、エベレストの頂上よりも高いものだった。多少子供に過保護な所があるのは節子も知っていたが、一代で会社をここまで大きくした最愛の夫でもある。
その夫に力説されては、しぶしぶと言えど、納得する他なかった。
とはいえ、徹に深い考えがあるかは謎である。
ただ、息子に甘いだけなのか、それとも……全ては闇の中だった。
「じゃ、頑張るのよ……」
節子は少し後ろ髪引かれる思いを胸に、息子に励ましの言葉を送る。
「おう!」
「じゃ、ドンゴロ先生、息子の事よろしくお願いします」
ドンゴロに深々と頭を下げる節子。勇者はドンゴロを自分のアイルランドでの画家の師匠であると節子に紹介していた。もちろん、ドンゴロとは話は済ませてある。設定としては、勇者がどうしても日本に来てくれと頼み込んだ形にしていた。
「はい、息子さんは私に任せてください! 必ずや私が立派な画家にして見せます」
眼光鋭く腕を組んで言いながら、勇者の頭を右手で掻き毟る。
勇者はその調子こいたドンゴロの行為に、眉を潜めながらも作り笑いを必死に浮かべていた。後で、壮絶な罵倒と折檻がドンゴロに浴びせられるのは言うまでもない。
「ルージュさん、早くお母さん見つかるといいわね……」
「はい……」
勇者はルージュを同じドンゴロの弟子だと紹介した上、更にバックストーリーまで付け加えていた。
内容はというと――アイルランド人のルージュの父親は3年前に他界し、その後、日本人であるルージュの母はある日、何も告げずに日本に帰ると置手紙を残し、ルージュを捨てて行方を眩ました――というものである。
そこまでルージュに深い話を作る必要があったかは謎だが、それは勇者なりの考えがあってのことだった。
ただでマンションに同居させてやるには、それ相応の理由が必要だと思ったからだ。弟子という設定だけでは、ずうずうしい女の子と節子に思われることを危惧してのことだった。こういう母を訪ねて三千○のような悲しい境遇なら、悲話好きの節子の同情を誘う事が出来ると、考えての勇者の知恵だった。
「おっと……そろそろ会社に戻らないと……」
父徹は腕に巻いたローレックスの腕時計を見ると小さく呟く。
「じゃ、光ちゃん、頑張ってな!」
「光、また来るわね、みなさん、失礼致します」
父徹は息子に手を振って励ましの言葉を掛ける。
母は勇者に再会を告げると、勇者達に会釈して徹と一緒に帰っていった。




