表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
25/52

第二十五話、勇者の父。

 勇者達は今節子、静子と夕食を一緒に食べている最中だ。

 今に至るまで家族と勇者一向は、散々楽しく談笑して打ち溶け合っていた。


 ピンポーン!


「たぶん、パパだわ」

 

 言いながら、箸をゆっくり皿に置いた節子が立ち上がった。

 

「みなさん、少し空けますね」

 

 そう言って節子は食卓を囲む勇者達に軽く会釈をして、台所の扉を開け静かに出て行った。


「静ちゃん、パ、パパってあなたの……?」

「うん」

 

 ルージュは緊張した面持で静子に聞いた。静子に笑顔で頷かれ、その顔には焦りが滲む。

 

 ――どう挨拶しよう……? 勇者様のパパ……未来の私の……変な女だと思われたくない。

最初は……えーっと、おっさん、こんちわ……違う……はじめますた……何か変だわ……な、なにか変……どないしよぉ!


「ルージュ、あんまり緊張しないでいいよ……」

 

 パニくって頭を抱えるルージュをすました顔で宥める勇者。

 勇者は案外落ち着いていた。自分の前のビフテキの肉をフォークで突き刺し、ひょいっと口に運んでいく。母との再会の時より数段余裕が感じられる。

 

「そうだよ、ルーちゃん! 気楽にしてね!」

 

 もう完全に勇者達と慣れ親しんだ様子で明るく話す静子。最初は堅い挨拶をした後、恥ずかしそうにしていたが、今はその痕跡は微塵も残っていない。同い年で少し天然の入ったルージュと馬があったのか、『ルーちゃん』、『静ちゃん』と呼び合うほどになっていた。


 玄関先から男性の声は聞こえてこない。それでも節子の甲高いよく透る声だけは、内容までは分からないが、台所にまで届いていた。だが、しばらくして、男性の驚きと喜びが入り混じった声も響く。

 少しして玄関戸が閉まる音が聞こえ、節子の声が途絶えた。

 玄関先が静寂包まれた後、廊下を擦るスリッパの音が近付いてくる。

 かなり速いテンポで廊下を渡ってくる。


 ススススス、ガタン!


 ドアが大きく開け広げられる。

 テーブルで食事する勇者達が一斉にそちらを見やる。

 そこには眼鏡をかけ黒っぽいスーツを着た男が立っていた。


「パパ、お帰り〜!」


 静子が入ってきた男に、笑顔で声をかける。

 やはり、玄関先の節子が迎えた相手は勇者の父、天草徹であった。


「お、静子ただいまあぁ……ぁぁああああぁあ……!?」

 

 天草徹は静子に返すが、テーブルの傍に勇者の顔を見つけると、口をぱくぱくさせ、時間が止まったように勇者に視線を置きっ放しにした。


「光っちゃん〜〜〜!」

 

 そして、物凄い勢いで膝で床を滑りながら、勇者の体にしがみ付いた。

 徹の眼鏡の奥の瞳は、既に赤みを帯びて充血していた。

 その激しいリアクションにルージュは目を白黒させている。

 何が起こったの――という困惑がありありと浮んでいた。


「どこ行ってたんだよ〜パパ心配で心配で〜……!」


 徹は勇者に顔を擦り付けて泣きじゃくっている。

 勇者はそんな徹をよそに、黙って口の中の肉を咀嚼していた。

 ゆっくり時間をかけて嚥下した後、不意に勇者が口を開いた。


「アイルランド行ってたんだよ……」

「そうかそうか……」

 

 アイルランドと聞いても、徹は全く表情を変えずに感慨に耽っている。

 ルージュは勇者の父を目の前にして、挨拶を交わしたかった。

 しかし、勇者の二年ぶりの帰宅に、心から喜び涙して抱きつく父親。

 とても他人が割って入れる雰囲気ではない。箸を宙に浮かせたまま、ルージュは勇者のしれっとした顔を眺めているほかなかった。

 その間、ドンゴロがフォークを豪快に操り、次から次へとテーブルに置かれている豪華の食事を平らげていく。

 

 尚も父と息子の会話は続いていた。もう徹は涙が乾ききって、笑顔を浮かべて勇者に優しい口調で語りかけていた。

 

「――アイルランドで何してたんだい?」

「画家の修業してたんだよ」

「――へーそっか、光っちゃんは昔から好奇心旺盛だったからな〜ハハハ!」


 息子の話す内容を全く否定せず、優しい笑顔を浮べ明るく受け答えする徹。

 ほのぼのとした雰囲気が食卓の一角を包む。だが、その一方的に和やかさを演出する父親の話し振りに、他人が入る余地は生まれてこない。息子に対する異常なまでの執着心が、他人を寄せ付けない空気を作り上げていた。それでも家族の一員である静子は、穏やかに微笑みを浮かべているが――


 だが。勇者が箸を置いたかと思うと、突然、咳払いをした。

 少し間を置いた後、抑揚のない顔で徹に顔を向けた。


「あのさ、俺頼みあるんだけど?」

「うんうん、何でも言ってごらん?」

「三人で住めるマンション用意してくれない?」

 

 勇者は淡々と相変わらずのペースで徹に頼みごとをした。さすがに内容が内容だけに、勇者は父の顔を観察するように目を凝らす。

 だが、初めてここで徹の表情が険しくなった。さっきまでの息子の話すべてを肯定していた穏やかな表情が消えていた。

 ルージュはその変化を敏感に感じ取ったのか、喉をごくりと鳴らした。

 静子も少し興味あるようで、箸をとめて耳を欹てている。


「マンション欲しいのかい……?」

「うん……」

「一緒に住まないの?」

「――うん、俺しばらく仲間と三人で画家の修業に打ち込みたいんだ」

 

 それを聞いた徹の様子が一変した。勇者の肩に置いていた両手を離してゆっくり立ち上がる。眼鏡を外すと懐から出した布で、レンズの曇りを拭き取り始めた。

 40代と思われる徹の渋みのある顔には、会社を一代で大きくした男の威厳のようなものがどこかに漂っている。


「そうか……もう子供じゃないんだな……」


 さっきまではまるで違う、落ち着いた素振りで徹は呟いた。

 額には三本の深い横皺が刻まれる。

 重ねてきた年齢と積み上げてきた何かを凝縮したような深い皺だった。

 ドンゴロを除いた三人が一様に、息を殺して徹の動向を見つめていた。

 そのうち、目を伏せ気味に嘆息を漏らすと、徹は重く閉ざされた太い唇を開けて、言葉を発した。


「いいだろう、マンション直ぐ用意しよう……」

「あ、ありがと、父さん……」

 

 勇者はあまりみた事のない、父の重々しい様子に戸惑っていた。

 さっきまでの息子にベタベタしていた姿が、勇者が知っている本来の父徹の姿である。

 子供を一途に愛し、欲しい物はなんでも買って与える。息子の話す事を常に肯定し、過保護なまでに勇者に甘く接してきた。その際、まるで犬のような懐き方をしてくる。

 勇者が家を出て行った本当の理由は、この父の異様なまでの過保護さにあった。

 だが、今の徹の様子は勇者が知る、父親像とは全く別物だ。会話の主導権さえも握り、父親の威厳さえ漂わしている。

 

 徹は眼鏡をゆっくりかけた。その眼鏡の奥の瞳はどこか寂しげにさえ映る。

 その父の哀愁さえ匂わす重々しい沈黙に、勇者はいた堪れなくなって言葉を切り出した。

  

「し、心配するなよ、父さん、俺達うまくやるって!」

「そうか……?」

「うん、頑張るよ、それにいつでも、遊びに来てくれてかまわないから……」

「……!?」

 

 寂寥感たっぷりの父の姿をみて、勇者が愛想良く言葉を弾ませる。その勇者の言葉を静かに、上目遣いで聞いていた父徹だったが、突然、雲が晴れたような満面の笑顔を浮かべたかと思うと、


「そうかー! マンション行っていいんだなー!」

「え!? あ、うん……」

「――――父さんそれだけが心配だったんだよ! 来たら駄目とか言われたらどうしようかって、さすが光っちゃんだーーーハハハ!」

 

 と、高らかに笑って態度を豹変させると、また初めのように息子にべたべた抱きつくのであった。

  

 そして、翌日――


「ここだよ」


 勇者達は父にベンツに乗せてもらい、天草家からそれほど離れていない場所にあるマンションにやってきた。

 高級そうな焦げ茶色のタイルが壁一面を覆うマンション。

 光沢のあるタイルの表面は白く光っていた。



 


明けましておめでとうございます、ぼつぼつ書いていこうと思います。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ