第二十四話、突き通せば嘘も真!?
大きな部屋に通された三人、黒い革張りの横長のソファーが向き合っている。
その真ん中に高級そうなアンティーク調のテーブルが鎮座していた。
母親が飲み物を持ってくると三人に伝え、部屋を後にした。
その間、ドンゴロは落ち着いた素振りで、部屋にゆっくり視線を一巡させていた。
金目のものを物色するような妖しい目つきだった。
ルージュは普段なら、どこにいても素の姿のまま振舞う天然少女であったが、この時ばかりは違った。黒いソファーに浅く腰掛け、緊張した面持で、きっちり揃えた肢に丸めた両拳を置いていた。それは今いる場所が、勇者の実家である上に、勇者の母親が直ぐ傍にいるためだ。
「ルージュさん、砂糖はいくつ?」
「15歳です……」
「あら、若いのね〜、紅茶に入れる砂糖はいくつにしますか?」
「あ、すみません! 砂糖少々で」
「じゃ二つ入れておきますね」
ルージュが極度の緊張のためか、ぼけた返事を返すと、節子は少し微笑んで言葉を変えて聞き返した。
それを聞いてやっと間違いに気づいたルージュが、照れ臭い笑いを浮かべて少しずれた言葉を返すが、それに対しても、節子は微笑みを絶やさず、丁寧に気を利かした言葉を選んだ。
勇者はそんな母親の優しい気遣いに、感謝しながらも、どこか冴えない表情を浮かべていた。
二年前――何も言わずに突然家を飛び出した勇者。その間、この気立てのよい母親にどれだけ哀しい思いをさせたかと思うと、胸がしめつけられるような罪悪感が込み上げてくる。
紅茶を一口含むと飲み干し、静かに元あった皿に戻すルージュ。
珍しく腕を組んで眼を瞑ったまま、大人しくしているドンゴロ。
節子もルージュとの言葉を最後に、無言のままテーブルのあたりに視線を置いている。
三人が同じ部屋にいて、これだけ静かな時間を過ごすことも珍しい。
勇者は否応なしに額が汗ばみ、この重々しい雰囲気に呑まれていた。
「光……」
そんな時、不意に母節子が重い口を開いた。
勇者は唾を嚥下して、表情を堅くした。
「どうして、急に出て行った上に、2年もの間何の連絡もよこさなかったの……?」
勇者はほらきた……と心で呟く。
聞かれて当たり前の質問だった。
これに対する答えを勇者は、来る途中ずっと煩悶として考えていた。
しかし、中々良い答えが思い浮かばない。
勇者がこの家を出た本当の理由――それは、この大きな邸宅からも分かるように、親が富豪である事が関係していた。
勇者の父――天草徹は、いくつも子会社を持つ天草グループの創始者である。
現在、携帯やコンピューター関連、それに伴う広告事業を全国的に展開していた。
若くして小さな会社を発起し、順調に大きな会社へと育て、今や巨万の富をきづいた父。
そんな父と節子の間に生まれた光=勇者。
勇者が小学校に上がる頃には既に今いる大邸宅に移り、勇者はなに不自由もない生活をこの家で送っていた。
しかし、某有名大学に合格し、安穏とした学生生活を送る勇者に、ある思いが心の内に芽生え始めていた。
俺は……このまま親の期待を受けて、親の用意したレールに乗って会社の跡取りとして一生何不自由なく暮らしていくんだろうか? このままここにいたら、俺は一生親から本当の意味での自立ができないんじゃ……? ――――と、富豪の息子にありがちな独立思考を発作のごとく抱き、そして、ある夏の満月の夜――衝動的に家を飛び出した。
勇者は家を飛び出す前にあらかじめ、あるアルバイトに応募していた。
それは夏の季節という事もあり、夏休みの稼ぎ時を前に応募を出していた、ペンションの住み込みのバイトだった。
山深くにある人里離れたペンションだという事で、少し家を離れて自然に触れながら色々一人で考えるには、丁度良いバイトだと勇者は思った。
だが――それが失敗だった。
たまたま、訪れたペンションのある山あいで、岩に足をひっかけ斜面を転がり落ちた。それだけならよくある話だ。ただその落ちた場所が悪かった。
ゼームス大陸への転送ゲートがある穴ぼこが口を開いていたのだ。
運悪くゴルフボールのように、穴の中に体を吸い込まれた勇者。
その後、ゼームス大陸に飛ばされた勇者は、やってきたは良かったが、肝心の元の世界に帰るゲートも見つける事ができずに、二年もの間家を空けることになった。
勇者からすれば思ってもいない、誤算の出来事ではあったが、一応辻褄の合う話ではある。
ただ、それをまともに母親に話したところで、到底理解してもらえる話じゃない事は馬鹿でも分かる。
「…………」
答えに苦しむ勇者。俯いたまま落ち着き無く足を揺らす。
その隣で心配そうに勇者を見つめるルージュ。
ドンゴロは腕を組んで、宙を見たまま微動だにしない。
そんな勇者の表情を見て取り、母節子は質問を変えてみることにした。
「今までどこにいたの……?」
この質問にも言葉が出てこない勇者。
ずっと黙っていると、ドンゴロの眼が怪しく光る。
「奥さん……ゼームス大陸をご存知かな?」
「はぁ……いえ……知りません」
母節子はきょとんとした顔で言った。
どこかの異国の地にそんな場所があるのかと暗に思う。
「実はですね〜……」
勇者はこれ以上ドンゴロに語らすわけにもいかず、慌てて会話に割り込む。
「あぁ、母さん違うんだ、実はさ俺……外国で働いてたんだよ」
「ええ!? ど、どこで?」
「えーっと、アイルランドの端っこの人里離れた田舎の村なんだけどね」
「何で……そんなところに?」
勇者は咄嗟に出鱈目を滔滔と口走った。
一旦嘘を語り始めると、勇者は平然と続ける事ができる。
普段無口ではあるが、その辺りは父親譲りの世渡りの上手さであろうか。
母親がそれを聞いて驚いて腰を浮かした。
ルージュは黙ったままぽか〜んと聞いている。
ドンゴロは会話が胸突き八丁に差し掛かっている事を、察知して黙って聞いていた。
「ふ……実はさ、俺絵描きになりたいんだ……だから本場で修業をしようと思ってね……」
勇者は眼を伏せ気味に、手の平を組み合わせ静かに語り始めた。
教師の優しい言葉に促され夢を語りだす学生のように……
勇者は絵描きの本場がアイルランドかどうかは知らないが、もう成行きで話を適当に進める。
「絵描き……!?」
「そうなんだ……俺は大学へ入った。だけど……そのまま卒業すれば親父の会社を継ぐことになるだろ……? だ、だけど……どうしても絵描きになる夢も捨てきれかったんだ! それで思い切って……あっちへ渡ってみたんだ!」
勇者は目を瞑って目尻に多く皺を寄せて、強い口調で嘘をつらつらと語った。
迫真の演技だった。
ドンゴロがこめかみに汗を垂らし、息をごくりと飲んだ。
ルージュはそうだったのか……と勇者の言葉に同調して、眼を潤ませて何故か納得していた。
「そうだったの……」
「うん……」
「勇者様……苦労したのね……」
ルージュは目尻に涙をため、宥めるように低い声で呟いた。
そこへ――
「ただいま〜…………ええ!? お兄ちゃん帰ってきたの?」
不意に部屋に入ってきた濃紺のセーラー服を、身に纏った年若い女の子。
絹のような艶のある黒髪を肩まで伸ばし、細面で鼻筋が通った端正な顔立ちをしている。
勇者の顔を眼にすると、驚嘆の声を発してカバンを地面に落とした。
「ただいま……静子……」
その妹静子の反応を見て、罰が悪そうに声量を抑えて返す勇者。
静子は勇者の顔を口を開けたまま、まじまじと眺めていた。
だが、他にも客がいる事を知ると、口をゆっくり閉じて場を取り繕う愛想笑いを浮かべた。 そして、慌てた様子でお辞儀を何度か四方に散らすと、部屋をそそくさと出て行った。
会話の一部がおかしいので少し変更しました……




