第二十三話、涙の再会。
「ここが勇者の家とな? こらまたデカイ家だなぁ」
「わぁ〜、何か変わった建物だけど、向こうに大きな水溜りがある〜」
「池だ……」
勇者が門を開けると、スタスタと中へ入っていく。
白い飛び石が奥のお洒落なデザインの建物の玄関へと繋がっていた。
左側には大きめの池があり、石燈籠やら、大きな岩も置かれていた。
右側は一年草や青々とした木々が植えられている。
木の枠にガラスが埋め込まれた扉の前に来ると勇者は足を止めた。
「ふー二年ぶりの我が家だな……」
あちこち珍しそうにルージュとドンゴロは眺めていた。
勇者は落ち着かない二人とは対照的に、緊張した面持で玄関扉に備え付けられている
呼び鈴らしきブザーを鳴らした。
しばらくして――
「はい、どちらさまですか?」
「…………」
勇者は少し間を置いた後、
「光だよ……」
「え? ええ!? ちょ、ちょっと待ってね!」
勇者が呟いた名をきくと、ブザーの向こうの女性の声が一変した。
明らかに動揺した声を漏らすと、ブツっと音声が突然途絶える。
勇者は眼を細めて俯いたまま、黙りこくっていた。
「勇者様〜どうしたの?」
「どうした勇者、元気ないのー」
「お前等、もう直ぐ俺の母親が出てくるから……」
「ええ!?」
「ん〜? ふむ、分かった……」
ドンゴロは年の功か、全く動揺を見せず、黙って浴衣の乱れを直して、きりっとした目つきで背筋をピンと伸ばして佇む。
ルージュは黄色いワンピースを整え、少しはねた髪を懐から出した櫛で慌しく梳きはじめた。
あらかた髪や服を整えはしたものの、気持ちの方の準備がまだできていない。
縋るような目つきを勇者に向けて、
「ゆ、勇者様! な、なんて挨拶すればいい〜!? わ、私の格好変じゃない? 可笑しくない? 」
「何も気にする事ない……いつもの様に、普通にしてればいいよ」
「わ、分かりました……」
突然の勇者の母との対面を告げられ、狼狽してあたふたしていたルージュに、勇者が凛とした瞳で見据え、口元を緩めて宥めるように言った。
自分に向けられた包容力のある勇者の言葉に、ルージュは頬を赤らめてこくんと一度頷いた。
ルージュは勇者を信じきっていた。二年の間に培われたパーティの絆によるものか、それとも……
ガチャガチャ、ガタン!
不意に扉の鍵が開けられ、内側に扉が静かに吸い込まれる。
扉の向こうからそーっと顔を出す、中高年くらいの細面の女性。
白髪交じりの黒髪が後ろで上品に一つに束ねられ、右肩から流れている。
勇者の姿を黙って食い入るように眺めた後、何かを確信したのか、更に扉を大きく開け広げて、
「光……!」
と、大きな声をあげたかと思うと、勇者の背中に手を回し抱きついてきた。
勇者の胸に顔を押しつけると、目尻の端から零れる涙が頬を伝う。
ルージュとドンゴロはその様子を、少し後ろから黙ってみていた。
とても自分たちが割って入れるような雰囲気ではなかった。
「二年もどこ行ってたの〜! 母さん心配したのよ! お父さんだって……静子だって、みんなみんな心配してたのよ!」
勇者は強く肩を抱かれながら、虚ろな眼差しでその感情の篭った言葉を受け止めていた。
言葉を発せずに立ち尽くす勇者に抱きついたまま、泣き咽ぶ母親。
「…………」
勇者はその華奢な母親の肩にそっと手を置いた後、
「母さんごめんよ……急に出て行って……」
母親はその言葉を聞くと、ポケットからだした清潔なハンカチで涙を拭った。
そして、勇者に涙で充血した眼を向けると、咽びを押し殺して、
「ま……こうして、戻ってきたんだし……取りあえず、中で……」
と低い声で搾り出すように言った。そして、後方で少し貰い泣きをしている二人に眼を向けた。
「お友達?」
「うん、仲間だよ……」
「そう……」
取りあえず勇者から手を離した母親は、涙を綺麗に拭って一呼吸置いた後、罰が悪そうに二人に呟く。
「す、すみません、恥ずかしいとこ見せてしまいまして。天草光の母親の節子と言います」
落ち着いた水色のスカートの辺りで手を揃え、二人に上品にお辞儀をする節子。
その気品のある勇者の母の挨拶を目にして、ルージュは慌てて足を揃えて。
「ああ、えーっと、魔法使いのルージュです、おばさんはじめまして……」
と、慣れない初対面の挨拶を、戸惑いながらも返した。
そのルージュの自己紹介を聞いて、勇者の眼の辺りが少しひきつった。
――魔法使いって……く……挨拶の言葉の練習くらいさせておけば良かった……
そう苦々しく思いながら、母親の顔を覗いて反応を見る。
母親はルージュににこりと微笑んだ。
「ルージュさんですね。息子がいつもお世話になっています」
「いえいえ、お世話になりっぱなしです……」
ルージュは下を向いて、素直な気持ちをぼそぼそと呟いた。
勇者には世話になりっぱなしだと、常日頃から自覚はしていた。
正直者で例え上辺の挨拶でも、嘘を言えないある意味素直であり――不器用な女であった。
「お母さん! 私はドンゴロと申します。お宅の息子さんにはとても良い思いをさせてもらっています。この先もずっと……」
ドンゴロが更に能弁に語ろうとした時、勇者はそれに割り込んだ。
「じ、自己紹介も終わったし、 さ、さ、取りあえず中に入ろう!」
勇者は母親とルージュの背中を押すと、ドンゴロを置いて中へと入っていった。
話す途中で遮られ、口を開けたままその場に取り残されたドンゴロ。
誰もいなくなった玄関に佇む姿は、どこか寂しげだった。
しかし、こんな事でびくともするような男ではなく、
「よ〜し! 何か食うぞ〜!」
と、飯屋にでも入るかのごとく気勢をあげると、勢い勇んで後から中へと入っていった。




