第二十一話、葛藤。
「えーっと」
フロントのちょび髭の男は不審そうな眼で三人を眺めた後、困惑したような顔つきで言いづらそうにしていた。
――そりゃあな〜……俺ともう一人は怪しい顔つきの60代のオヤジ (しかも浴衣姿)、極めつけは真ん中に童顔の乳離れしてなさそうな16かそこらの女の子……
勇者はラブホテルに入ったことが無かった。それでも、ちょび髭のおっさんの困惑する理由は痛いほど分かる。 何回かこちらに眼を向けながら、悩みぬいた末にちょび髭のおっさんは重い口を開く。
「三人様はうちはお断りしているんですよ……」
「そうですか……」
勇者はその言葉に、全く動揺を見せず淡々と返した。
二人を宥めながら外へ出ようと、各々の背中に手を回そうとした瞬間――
「てめぇ、何で駄目なんだよ! 疲れてるんだよ! 断るってんなら納得する理由聞かせてもらおうか!」
突然、勇者の手を振り切って、ドンゴロが眉間に皺を寄せて怒鳴った。
これも付き合いの長い勇者からすれば、想定内のドンゴロの反応だった。
駄目だと分かりながら、勇者はドンゴロを諦め顔で宥めにはいる。
「いやぁ、その、あの〜、うちの規則でして……」
「そんな事知るか!」
ドンゴロは益々顔をたこのように紅潮させて、杖を左手に持ち替えた。
勇者はそれを見て、
――まずい、このままでは杖に仕込まれた刀を振り回して、破壊の限りを尽くすに違いない……
ドンゴロは切れると見境が無かった。しかも、今は長旅の疲れと空腹で、ドンゴロの忍耐も限界が差し迫っていた。普段とは違い、物静かにシリアスな顔付きで、拳を握り締めながら歩いていた時から、勇者はそれに感づいていた。
更に――
「おじさん〜〜! お願い泊めてください……もうずっと歩き詰めで、疲れているんです〜、このままじゃ野宿しかないの〜! お願いお願いお願い〜!」
ルージュは丸顔の円らな瞳に大粒の涙を溜めながら、ちょび髭のおっさんをじ〜っと下から見据えて哀訴し始めた。
その悲哀に満ちた眼を見せられて、ちょび髭のおっさんは細い眼を震わせていた。
――ルージュのブリブリ涙目線は、年増のおっさんの同情を誘うからなぁ……
勇者は目を瞑って目尻に皺を寄せ、小刻みに震えるちょび髭のおっさんの出方を、黙って見ていた。
もちろん、力ずくで暴れようとするドンゴロの体を押さえつけ、その口を右手で塞ぎながら……
「ふー……じゃ、じゃあ、今回は特別で……その代わり三人様なので、1,5倍の料金頂きます」
深い息を吐くと、ちょび髭のおっさんは頬を緩めて、三人に宿泊を許可する事を伝えた。
それでも、規則通りに三人以上の場合の特別料金の旨を、しっかり事務的に付け加える。
勇者もここへきて、ずっと慣れないリーダー役を務めて疲れていただけに、それを聞いて安堵の息を漏らした。
ルージュとドンゴロはそれを聞くと、途端に表情を改めて、二人で手を繋いでその場で踊り出した。勇者は手を額に当てながら、頬を赤らめて恥ずかしそうに俯いていた。
#
「勇者様〜、この部屋すっごい〜豪華!」
この部屋は比較的広く、落ち着いた内装で暖色系の灯りが部屋を照らしていた。
それでも、ラブホテルだけあって、所々目を引くものがある。
丸い円上の透明の床の下には、透けて何重ものカラフルな電灯の輪が折り重なっている。
部屋の中心にはなぜか、浴槽がこげ茶色の斜め線が格子状に走ったガラス板に囲まれ。鎮座していた。部屋の隅にスロットマシン、カラオケようの機械まで設置されている。
「まぁな……」
大きなダブルベッドにどかっと突っ伏すと、掛け布団に顔をつけたままルージュに返事をした。ラブホテルは初めてだし、内装も目を引くものがいくつかあったが、長旅の疲れがそれへの関心を凌駕し、勇者の体をベッドへ一直線に向かわせた。
疲れた、休息をとらせてくれ……が勇者の今の紛れも無い本音だった。
それでも、勇者は力を振り絞って、最後の仕事を遂行しようとおもむろに立ち上がる。
楕円形の透明ガラスのテーブルに置かれている食事表を、椅子に腰掛けてゆっくり眺める。 自分の食べる物が決まると、傍らに二人を呼び寄せ、好きな食べ物をメニューから選ばせた。メニュー表に印刷されているものを、二人は珍しそうに眺める。
ゼームス大陸には写真や精巧な印刷技術は無かったので、勇者は二人が驚嘆の声を発するのも仕方ないなと思う。
あーだこーだ、騒がしくするが、何とか二人が選択し終えると、部屋内の内線でフロントに食事のルームサービスを頼んだ。
従業員がしばらくして、部屋をノックして食べ物を運んできて、事務的な言葉を交わした後、部屋を出て行く。
二人ががっつきながら食べ物を貪る横で、勇者が全部食べきらない内に箸を置いた。
次にルージュが『ごちそうさま〜食った食った〜♪』と下品に腹を摩りながら、ソファーに深く腰を沈める。ドンゴロも臭いゲップを吐いた後、お茶を啜り始めた。
勇者は二人が落ち着いたのを、見計らって静かな口調で話し始めた。
「みんな疲れただろう、今日はここでゆっくり寝てくれ」
「ふ〜、本当つかれたよぉ、勇者様〜……」
「うむ、疲れたな……」
ルージュがゲップともため息ともつかない息を漏らす。
杖は無造作にガラス張りの床に転がっていた。
眉を力なく下げて、目を瞑るルージュ。
その隣で大あくびをして、両手を後ろに逸らし伸びをするドンゴロ。
勇者は二人の様子を優しい眼差しで眺めていた。
――ルージュもドンゴロも、慣れない世界での旅に、やっぱり疲れは隠せないみたいだな。
勇者はおもむろに、ソファーに背中をつけて横になると、白い天井を眺めながら物思いに耽っていた。
…………そういえば……こいつ等と旅をし始めて……もう二年になるのか……
勇者は少し遠い目をして、昔を思い浮かべながら口元を緩め微笑んだ。
ガーガー……
だが、しばらくして、美化された心地よい回想から、騒音のような誰かの鼾で現実に連れ戻される。ドンゴロが大口を開けて、ソファーで浴衣をはだけて寝入っていた。
白い下着が覗いていたので、勇者が面倒くさそうに浴衣を引張って直す。
「――勇者様〜お風呂どこ〜?」
不意にルージュが尋ねてきた。
勇者は部屋の真ん中にある、ガラス張りの浴室を指差した。
ルージュがお湯の捻り方が分からないかもと思い、一緒にその中へ入って色々説明した。
レンガのような模様の床に、メタリックな赤の浴槽――勇者はその派手な浴槽を見て、さすが……と、ここがラブホテルである事を改めて認識した。
「じゃあ、えーっとお風呂入るけど……壁透けてるんだけど、あの、こっち見ないでね……」
勇者の心臓が急に早鐘を打ち始める。
――そう言えば、このガラス張りの壁、外から透けて内部が丸見えだったんだ……ルージュ……まじで入る気か……!? ドンゴロも俺もいるっていうのに……
勇者は顔を真っ赤にすると、変な汗を掻きながら浴室を飛び出した。
真面目で女性との免疫がそれほど無い勇者は、浴室に背を向けると胸をドキドキ言わせながら、目を瞑って耐えていた。
水が流れる音や、しぶく音が背後から聞こえてくる。
――今、俺の後ろでは……く……耐えろ! 見てはならん……!
勇者が性欲と自戒の狭間で悶えながら耐えていると、不意にドンゴロが低い声で唸り目を覚ます。
そして、目を擦りながら水の跳ねる音に反応すると、浴室にその卑しい視線を向けようとした。
だが、その瞬間……
「もう一度寝てろ〜〜〜!」
勇者渾身の右拳が、ドンゴロのミゾオチに突き刺さる。
ドンゴロは目をひんむくと、声にもならない声で、
「な……な……ぜぇぇぇ……ぇ」
と断末魔の声と共に,床に突っ伏して動かなくなった。
「ふー、あ、危なかった……」
勇者が目を細めて気絶したドンゴロを見据え、一息つくと額に手の甲を押し当てる。
だが、ドンゴロを倒しに行った事で、微妙に場所が移動している事に気づかなかった。
「あ、あ……あ……」
浴槽の中で裸でタオルで前を隠しながら、顔を赤らめて固まっているルージュと視線がかち合う。
「ご、ごめん〜〜〜〜〜〜!」
「きゃ〜〜〜!」
ルージュは甲高い悲鳴を上げると、浴槽に素早く飛び込んで低く屈んで姿を隠した。
勇者は勇者で部屋の片隅のスロット前に駆け寄り、レバーをがちゃがちゃ動かして気持ちを落ち着かせようとしていた。




