第二十話、ラブホテル!?
「――む……う……」
漆黒の闇が包む場所で、意識を覚醒させたものがいた。
――ここは……? むう、体が動かねぇ……
体を動かそうと揺さぶるも、何かに全体を覆われ全く身動きができない。
辺りを見渡すと、草が生い茂ってるいるのが分かる。
そんな時――ある気配に気づく。かなり至近した位置から、静かであるが重々しい息が聞こえてくる。首を捻ってそちらへ眼を向けようとするが、首よりしたは全く動かない上に真後ろにいるらしく、それは叶わなかった。
「――目を覚ましたか……?」
首を捻った事で後方の者が気づいたらしい。
「な、何者だ……」
「――イクゾー……いや、今は……」
後方でじっと双頭犬の影を見下ろしていた者の正体は、イクゾーだった。
イクゾーは岩から立ち上がると、双頭犬の前にゆっくり姿を現す。
その影を眼にした瞬間、双頭犬の四つの耳が体に沿って倒れる。
暗闇の中なので、はっきりとその姿を捉えたわけではない。
しかし、イクゾーから発散される只ならぬ圧迫感に、双頭犬は無意識に恐怖していた。
「まぁ、名前なんぞいいじゃないか」
「じゃ……質問を変えよう……ここは何処だ……?」
「ここは――人がくる事が無いであろう、山深くにある場所だ……」
イクゾーは山麓から今いる場所を見つけるまで、相等の時間を費やした。
人の目に触れない静かな場所……そのイメージを頭に描きながら、道なき道を掻き分け、その場所を追い求めているうちに、ここへ辿りついた。山深くの秘境、ここが当面のイクゾーの隠れ家であり生活場所だ。イクゾーはここへ来るなり、気絶している双頭犬を、土を掘り返した中に放り込み、頭だけ残し地中深く埋めていた。イクゾーの鋭い爪と恐るべき怪力を以ってすれば、それは造作もない作業だった。
「そうか、お前か……俺を仕留めたのは……」
双頭犬は沈黙の間に、意識を失うまでの記憶の糸を手繰っていた。
そして、浮ぶ事象を分析して断片を繋ぎ合せ、今全てを把握した。
イクゾーはそれに重々しい口調で、
「そう……だが……謝らんよ。あんたは人一人殺している……」
双頭犬に言った。
イクゾーは元々温和な性格で、暴力など今まで一度も振るった事は無かった。それ故、双頭犬に初めて振るった暴力と言えるものに、幾ばかりの自己嫌悪や後悔の念は禁じえない。だが、将来ある少年の命を無下に摘み取った、双頭犬に対して強い憤りも感じていた。
「お前魔物の癖して、たかが人間一人の命に……馬鹿じゃねーの?」
双頭犬はイクゾーの言葉を聞いて鼻先で笑うと、蔑みに満ちた言葉を放った。
すると、イクゾーは急に憤怒の極点に達したかのように、体を小刻みに震わせると、
「お前に〜何が分かる! お前なんかと一緒にするな!」
声を荒げて、大きな足を振り上げた。
「ちょっと待ってくれ! 俺が悪かった! 命だけは……助けてくれ!」
イクゾーの余りの迫力に双頭犬は恐怖したのか、途端に態度を一変させる。掠れた声で必死に命乞いを始めた。イクゾーは荒々しい鼻息を漏らし、我を失って双頭犬を睨み続けていた。しかし、寸での所で自分を取り戻すと、足を降ろし息を整え始める。
「殺しはしない……お前には聞くことがある……」
イクゾーはそう言うと巨体をどかっと落として胡坐を掻いた。
そして、腰に携えていた布袋から、何かを取り出すと、双頭犬の顔近くに放り投げた。
「食べるがいい、話は明日聞かせてもらう」
イクゾーはそう呟くと、双頭犬に背中を向けて体を横たえた。
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「ふー疲れたな……」
勇者一向は海岸線をひたすら歩いたのち、少し北側へ向うと畑のあぜ道を歩いていた。
今いる場所はとんでもない田舎だと、大分歩いた後痛感していた。
ここへ来るまでに、偶然見つけた田舎のこじんまりとした商店街で、寂れた服屋を見つけた。
そこで二人にこの世界にあった年相応の服を買わせた。
その際、ルージュはブーブー言いながら、『ろくな服がない〜』と我ままを言っていたが、勇者が『これかわいいよ!』と黄色のワンピースを手に取り、心に思ってもいない事を言うと、表情を一変させて『これ買います!』とおばちゃんに疾風と化して持っていて購入した。
ドンゴロは無言で服を選別していたが、急に目を止めると、祭りに来て行くような白に青い魚の模様が刺繍された浴衣を手にして、『これは素晴らしい……これください……』と犯罪者のような目をおばちゃんに向けて服を差し出した。
そんなこんなで取りあえずの身なりだけでも、普通に? ――なると、商店街を抜け出し、今こうして当て所のない旅を続けていた。
しかし、薄暮の迫る頃、勇者は焦りを顕にしていた。
「おいおい、何もないぞ……もう直ぐ夜になるっていうのに……」
「野宿は嫌ぁあぁあ!」
勇者がそう呟くと、ルージュは杖を振り回し絶叫した。
その後ろでぼけーっとした顔で、黙って夕日を眺めながら歩くドンゴロ。
暮れなずむ空と畑をバックに、浴衣姿が妙に映えている。
不平不満を言いながらも、勇者一向は足を棒にしてひたすら歩き続けていた。
どんどん空は群青色の度合いを深めていく。もう畑は途切れて、どこかの小さな道路の端を歩いていた。車のライトがたまに擦れ違う。周りにちらほら民家が軒を連ね始め、まばらに人の姿も見え隠れしていた。
そのうち、夜の帳が完全に降りてしまい、星が瞬き始めた頃――
勇者はある物を目にして、歩を止めた。
――あれは……
道路の向かい側に石造りの西洋風の建物が見える。表側はライトアップされていて、諸所にカラフルな電灯が灯っていた。勇者は一瞬でそれが『ラブホテル』だと悟る。
「うわ〜綺麗な建物〜!」
ルージュもそれに気づくと、目を輝かして闇に映えるラブホテルに見入っていた。
無言でその建物を仰ぎ見るドンゴロ。やはり物珍しげに目を一巡させた後、
「立派な建物だ……勇者、これ何の建物?」
と、返答に困る質問を真顔で投げかけてきた。
「えっとー宿屋だよ……」
勇者は少し低い声でぼそぼそっと呟いた。
すると――
「おぉ〜、勇者様〜今日はここに泊まろ♪」
ルージュは事も無げに勇者に笑顔で言った。
勇者は思わず顔を赤くして言葉に詰まる。
――ルージュ……知らないとは言え……
なぜかルージュを意識してしまう勇者……何気に愛らしいルージュの顔を見つめてしまう。
だが、その勇者の火照った心を冷ますように、
「飯たらふく食うぞ〜!」
ドンゴロが大きな声で叫ぶと、すたすたとラブホテルの中へ姿を消して行った。
勇者は慌てて後を追った。その際、ルージュを引張る手に、心なしか力が入っていた。
推敲不足のため、少し後から付け足しました……




