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第十六話、魔王の思い。

「う〜、腰いてぇ……」


 魔王の目の下には隈ができていた。窓の外に寝ぼけ眼を向けると、空が白みはじめている。

 今、魔王が横になっているベッドは、マランガが作ったものだ。木で組み立てて、ベッドの形を成してはいる。しかし、敷布団も掛け布団もその上には無かった。さすがのマランガも、無からベッドの寝具や布団などは作れなかった。

 だから、魔王は平坦な硬いベッドの板の上に、体を直接置いていた。筋骨隆々のごつごつした大きな体には、クッションも何も無い平坦なベッドは堪えるようだ。


「あ〜、もう起きるか」


 部屋を見渡すと、誰も居なかった。マランガやリーシャはどこに? そんな疑問が朝から沸々と浮ぶ。仕方ないので、魔王は外へ出て見た。ドアをギィ〜っという音とともに開け広げ、太陽の日差しを体一杯に浴びる。両手を上に思いっきり伸ばし、大きな欠伸を一つした。

 魔王は視界の中に昨日まで無かった幹の太い大木があるのに気づいた。根元辺りには土を掘った形跡が残っている。どうやら、突然生えたわけでないようだ。誰かがここに植えたんだろう。そしてそんなことが出来るのは――マランガだと魔王は暗に気づいた。

 魔王は恐る恐る、木に近付く。何か長方形の切れ目のようなものが、あるのが分かる。更に見ると、木を削って作った丸いノブまでついていた。

 魔王はその扉を開けることをしなかった。踵を返すと、自分の家にまた生欠伸をしながら、よたよたと戻っていった。


「あ〜腹減ったな〜……」


 魔王のもう一つの悩みであり、課題。それは毎日の食料の調達だ。実際に朝起きて、ログハウスの中に自分の食べる物は無ければ、水さえ無いのだ。

 魔族とは言え、朝昼晩必ずお腹は空くし、水分だって何日も取らなければ死んでしまう。

 ただ、水に関しては、川があるので、そこの清水を飲めば良かった。


「――冷てぇ……」


 川まで空を飛んでやってくると、さっそく、手で水を掬い取り、顔に浴びせる。

 その冷たさに魔王は身震いした。そしてしゃがみ込んで、両手で掬うとごくごく水を飲み干していく。

 水を飲み終えて、満足顔を浮かべるが、やはりそれは一時の事であって、


「なんとかしなきゃな〜……腹へった〜……」


 魔王は腹を押さえながら立ち上がる。これからの食料の調達方法をどうにしかしないとなっと思いながらも、目には力が無かった。

 これからではなく、今既に死にそうなくらい腹が減っていた。

 詰まる所、姫に頼るしか無かった……そして――


「リターン!」


 と、唱えて、姫の部屋へ移動した。

 魔王の足元には無造作に脱ぎ捨てられた、姫のネグリジェが転がっていた。布団は折りたたまれて、隅に置かれている。


「ご飯つくるのうまいね〜」


「エヘヘ、それほどでもないですよ」


 台所の方で何やら会話が聞こえてくる。一人は姫、もう一人は……


「あ、魔王様、おはようございます」


「リーシャ来てたのか、おはよ!」


 リーシャだった。台所から顔を少し出して、こちらに笑顔で挨拶をした。少し驚きながらも笑顔で返す魔王。まさか既に姫の部屋に来ているとは夢にも思っていなかった。


「魔王ちゃん、おはよ〜」


 続いて、姫がお盆に皿を3つ載せて、こちらへやってくる。空腹をくすぐるような甘美な匂いが鼻を突く。


「おぉ、おはよ! 」


 姫は重たそうに、よろつぎながらやって来る。

 それを見た魔王は素早く体を動かし、隅に置かれている折り畳み式テーブルの足を開いて、周りのゴミを足で押しのけて作った場所に、それを置いた。


「魔王ちゃん、気がきくわね〜」


「さすが、魔王様!」





「うめぇ〜!」

 

「それ、リーシャさんが作ったのよ」


「魔王様の口に合うか分かりませんが……」


 魔王はとても満足そうな顔でリーシャの作った玉子焼きを頬張る。

 リーシャは少し照れ臭そうではあるが、魔王があまりに美味しそうに食べるので、自然と笑みが毀れていた。

 姫も何故か嬉しそうだ。リーシャととても楽しそうに会話を弾ませている。

 同い年くらいの、しかも魔王の部下という事で、多少気を抜いて話せる同性の知り合いができて、機嫌が良いのかもしれない。ただ、それは魔王の部下というわけだけではない。リーシャが醸し出す独特の落ち着いた雰囲気が、姫に安らぎをもたらしていた。和やかな雰囲気が部屋を包んでいる。


「テレビつけるね」


「テレビか」


 姫は寝室にあるテレビにリモコンを向けた。

 朝のニュース番組が映る。魔王はやはりこれを新鮮に感じていた。吸引でイメージとしてそれは魔王の頭の中にはあるが、実際見るとまた違った驚きがあった。


「箱の中でしゃべっているけど、こいつがこの中でいるわけじゃないんだな」


「そうよ、テレビ局から電波を受信してこのテレビに映すのよ」


「なるほど、なるほど〜」


 リーシャはテレビを見て、目を丸くしていた。まだ吸引を行っていないリーシャにとって、目に映る世界は新鮮なものばかりだ。魔王は姫の説明を聞いて、どんどん知識を蓄えようとしていた。ぼーっとしているように見えて、好奇心旺盛な上に、元々知能は高いので、吸収力と適応力は並では無かった。


『次のニュースです、○×3丁目にある佐谷田公園で人が殺害されているのを発見しました。警察の現場検証では、○×市に住む高校生〜16歳と判明。 殺人事件として現在捜査中。現場は住宅街から少し離れた人気のない公園で、何か事件に巻き込まれたのではないかと〜」


「怖いわね〜」


 姫は鏡台の前に座り化粧をしながら言った。

 魔王は飯を食って腹いっぱいになっていたので、ゲップをしながら、後ろ手を畳についてテレビをぼーっとみていた。その公園の様子にどことなく見覚えがあるような気はしていたが、直ぐに場面が移り変わり、それを思考から外した。





「さてと、仕事行って来ます」


 姫は私服に着替えると、手提げカバンを持ち、魔王たちに言った。

 

「仕事か……頑張ってな姫……」


「うん、6時には帰ります〜」


「気をつけてな〜」


 バタン! ガチャガチャ。


 姫は笑顔で二人に手を振り、扉を閉めて外側から鍵を閉めた。

 魔王には一応スペアキーが渡されていた。魔王はそれをいつでも取り出せるよう、耳の穴の中に入れている。

 姫が去った6畳一間の部屋に重々しい沈黙が走る。


「リーシャよ、取りあえずワシから吸引しておけ」


「はい」


 ――吸引省略。


「終りました」


 リーシャは大体のこの世界の成り立ちや、ゼームス大陸の事、経緯、全て理解したようだ。

 もともと執事系タイプの魔物であるため、知能が高い。


「大体分かったところでな、俺の話聞いてくれるか?」


「はい、なんなりと」


 その場で正座をして頭を低くし、魔王に真剣な目を向けて言った。

 魔王はふーっと息を吐き出すと、少し元気の無い口調で語り始めた。


「俺はさ、この世界へやってきて、姫の家に厄介になることになった。だけどさ、姫が働きに出てる間心配でならないし、それに寂しいとすら思う。だけど……姫は頑張っているんだし、応援してやらなきゃな」


「魔王様……」


 リーシャは生まれて間もない。魔力で先天的に持っている魔王への忠誠心は本物ではあるが、それは作られたものだ。魔王の人となりをよく知っているわけではない。

 だが、今、魔王から聞かされた本心を耳にして、その優しさに心打たれていた。

 そんなリーシャに更に魔王は思いを打ち明けていく。


「自分がこの世界じゃ情けなく感じるんだ。姫に何もしてやれない自分に腹が立つ事もある。ただ飯食らって、いつまでもこうして姫の家に厄介になる事は、魔王として、男として、我慢ならないものがある」


 リーシャは目を瞑りその話に耳を欹てていた。内にある感情を率直に語る魔王に、頷き、真剣に考え、思いを重ねていく。執事系タイプの魔物ならではの心理構造で、その魔王の言葉から、現在悩んでいる事を理解し、その解決方法を導き出し、魔王に進言する。これはこのタイプの特徴でもある。


「そうですか、ですよね。ソフィア姫はこの世界で誰の力も借りずに一年やってきたこと、それ以外の魔王様の記憶から察するに、相等の苦労をされてきた事は理解しております。私たちも自力で食料を調達したり、この世界のお金を得ることをしないと、姫に迷惑を掛けることになりますね」


「その通り! さすがはリーシャだ、よく分かっているな、そこでだ、姫が帰るまでに色々考えようじゃないか、マランガ含めて三人で、その事を話し合おう」


「分かりました! 戻りましょう!」


 魔王たちは見つめあい頷くと、すくっと立ち上がって箱の世界へと戻って行った。



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