第十五話、魔王の新居。
「じゃあ、明日私、コンビニのバイト朝早いのでそろそろ寝る準備するね」
「そうか、ワシも自宅に帰るかな、そろそろ出来てるはずだし」
「は〜い、お休みなさい〜!」
姫は魔王と一通り挨拶を交わして、水道場へ歯を磨きに行った。姫と先ほどまで色々なルールを決めていた。その中の一つに夜寝るときは、別々で寝る事、つまり姫は自室で、魔王は箱の中の世界へ帰って寝ることがあった。魔王は、この条件は呑むしかないし、断れば追い出される。第一そのために、箱の世界を作ったようなものなので、すんなり受け入れた。
とはいえ、魔王も男であり、それなりに姫の薄いネグリジェ姿と一枚だけ敷かれた布団を見ると、後ろ髪惹かれるような思いがしていた。
「えっこらっせっと……」
箱のコウモリマークに足先から入ろうとする魔王。たまにはこういうダイナミックな入り方をしてみようと思う魔王の気まぐれだった。
足を引きずりこむ強力な引力で、ずるずると体が箱の小さな穴に向って渦に吸い込まれるように入っていく。姫が歯ブラシを咥えながら、寝床のある部屋へ戻った時、ムンクの叫びのような顔をした魔王の顔がちらっと目に映っていた。直ぐにその顔は穴の中にすっぽり入ったが、姫は寝る間際に嫌なものを見てしまって、その夜寝苦しい思いをすることになる。
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「さてと、ワシの家できたかな」
「あー、えーっと、マランガか……名前忘れかけていた……」
魔王は芝生の上で何やら頬を両手で叩いて、気合を入れていた。また今から前と同じような口調でマランガと話さなければいけないのだ。その場で足踏みしながら、体を温めると気合の声とともに空へ飛び立った。その速度は凄まじい、轟音ととも空を駆け抜け、あっという間にログハウスが建つ予定の土地の上空にやってきた。この世界も今は夜、外の世界と太陽と月の周期はほぼ、同じだった。外灯も何も無い場所で、月明かりくらいしか照らすものはなく、その月にも今は雲がかかっていて、魔王はログハウスのある辺りも真っ暗だろうと思っていた。しかし、眼下には薄っすら黄色い光が灯っているのが分かる。
「やっぱりさすが、生産系タイプの魔物だな、仕事が速い!」
魔王は顔をニコニコさせながら、ログハウスに向って飛んで行き、その手前に足から舞い降りた。
目の前に魔王が頭の中で描いていたイメージと、遜色ない立派なログハウスが建っている。
思わず、指を擦り合わせパチンと鳴らし、感嘆の声を漏らす。大きな材木を加工し、累々と積み重ねて造られたログハウス。入り口の木の扉の前には、照明灯が二つ備え付けられている。ガラスの器の中に白い光を放つ丸みを帯びた発光物質が入っていた。そしてログハウスには諸所に窓があって、中から明るい光が漏れていた。
魔王はそのあまりの出来具合にただただ感心していた。だが、この家を作ったのがあのマランガだという事を忘れてはいなかった。魔王は小さな階段を上り扉の前に立って、少し気を引き締めて、一度ゴホンっと咳込んだ。木の扉を右手の甲を二回あてて軽くノックをする。
「夜分もうしわけありやせん! 魔王今帰りました!」
「お、魔王か、入れや」
ドスのきいた声が中から魔王に届いた。魔王は軽く息を吐くと、扉を開け広げ中へ足を踏み入れた。
魔王は中の内装を見て、目をひんむいた。天井に木と丸い発光物質が組み合わさってできたシャンデリアみたいなのがあり、部屋の真ん中にお洒落な赤褐色の丸テーブル、木製の椅子もある。その椅子にさえ、変わった模様が彫られていて、独特の高級感を醸し出していた。暖炉まであったのには魔王もただただ舌を巻くばかりで、魔王はへーはーほーとは行を伸ばした感嘆の声が止まらなかった。
しかし、部屋の周りばかりに目を捉われていてはいけない――と我に返ると、テーブルの傍らの椅子に腰掛けるマランガとコミュニケーションを取り始める。
「マランガさん、素晴らしいできやん、びっくりしたわー」
「まぁ、こんなもん、朝飯前や!」
魔王は腰を屈めて低姿勢でマランガと話す。魔王の威厳もプライドも金繰り捨てた応対がしばらく続く。
「材料足りましたか?」
魔王はゼームス大陸にいた頃は、生産系のタイプは生み出すものの、その後、自分から接する事はそれほど無かった。周りの知能の高い執事系の魔物に、生産タイプとのやり取りを任せていたので、生産系がどういう能力を持ってるかまでは詳しく無かった。とはいえ、性格が荒く頭が悪いという事だけは、部下なり、色々なトラブルを通して身に染みていたが。
なので、魔王がログハウスを最初見て驚いたのは、木材だけしか材料を提供していないのに、ガラスの陶器やシャンデリア、窓、発光物質がある事で、これらの材料の出所が気になっていた。
「おう、木材はおまえの教えてくれた場所で調達はできた、後はな〜俺の体液を固めて、ガラスを作ったくらいだな、発光物質は俺のう○こだ。まぁそんだけで十分だった」
魔王は生産タイプの奥深さを知って感動していた――が同時に、ガラスや発光物質に使われている物質の詳細を知ってしまって、多少げんなりした。
――ふー……でも……まぁ多少癖はあるが、俺の創り出すものは完璧だよな!
魔王は材料はともかく、自分の魔力の便利さに改めて気づかされ、陶酔し、満面の笑顔で悦に入っていた。
そんな魔王を見据えながら、マランガが立ち上がった。大きな体を揺らしながら、重い足音を立てて魔王に歩み寄ってくる。それに気づいた魔王は、緩んだ表情を少し引き締めて、待ち構える。
「でよ〜、魔王、この家建てたんだけどよ、初めに言ったよな、只じゃないってな」
「おぅ、そうでした、何でも言ってくれよ、可能な限り用意するんで」
魔王はそう言いながらも、今、自分がマランガに渡せるものは何にも無かった。そして、生産タイプが欲しがるものも知らなかった。
焦りが込み上げてくる。喉を鳴らしながら額から一筋汗を垂らし、マランガから出てくる次の言葉に耳を澄ましていた。
しかし、マランガは重い口を一向に開こうとしない。押し黙ったまま俯いて、言い難そうにしていた。魔王はきょとんとした目でそれを見ていたが、取りあえず、話すきっかけを与えるため、自分から声を掛けてみる。
「どうしたん? 何でも言ってくれよ、何が欲しい?」
マランガの黒い顔がほんのり赤くなっているようにも見える。
下を向いていたマランガは、魔王に聞かれて、ぽつりぽつりと呟き始めた。
「あ、あのよ〜、お、俺さ、ここな、殺風景やし、それにな〜、俺な〜、あのよ〜、だからな、なんていうんかな、こんな俺だけどさ、仲間欲しいんよ、しかも女とか」
最後の辺りを言い終えた後、足4本を顔にもってきて恥ずかしがるマランガ。
魔王はふーっと息を吐いて微笑んだ。
――ちっ……驚かせやがって、引張るからどんな事言われるかと思ったら、女かよ!
「お〜〜、マランガさんも、やっぱ女ほしいよな、そっかそっか〜ちょっと待っててくれよ」
「お……」
マランガは細い目を大きく見開いた。魔王は扉を開け、戸外に躍り出た。
後からマランガがのそのそと、やってきて魔王の後ろに立った。
「なにするん?」
「まぁ見といてや」
魔王はマランガに笑顔で振り向いて言うと、マランガは軽く頷いた。
懐から出した黒いクリスタルが二枚、魔王の手の平に乗っている。片方をまた懐に戻すと、手に持っているクリスタルの先を、屈んで地面に突き刺し垂直に立てた。
半身を起こすと、両手を横に大きく広げ、呪文の言葉を紡ぎ始める。
「魔王の名において命じる、暗黒の申し子リーシャよ、その力クリスタルより解き放ち、我の従順な僕として、この地に降臨せよ」
魔王が力をクリスタルに注ぐと、辺りが闇に包まれる。
そして、しばらく後、闇が払われ、ログハウスから漏れる光が人影を照らした。
「魔王様、リーシャ参りました。これから魔王様の手となり足となり尽くしていきます。なんなりとご命令お申しつけください」
目の前には、左膝をつけ頭を低くして、魔王を見据える年若い魔族の女性が向き合っていた。魔族特有の青白い顔に冷ややかな青い瞳、銀色の髪がポニーテール風に後ろで束ねられている。魔族には珍しい白っぽいブラウスに膝まであるスカートを身に着けていた。耳元に青碧色の丸い輪のイヤリングがきらりと光る。
「リーシャよ、よく来たな、さてと、お前には色々働いてもらうぞ」
「もちろんです、私は魔王様に仕えるためにやってきたのですから」
リーシャは魔王にそう言って、上品に微笑んだ。整った顔立ちは美しく、魔王はその瞳に見つめられると、一瞬はっとしたが、魔王は美形は好みでは無かった。しかし、その後ろでリーシャを見つめるマランガの様子が尋常では無かった。
頬を緩めて口元から涎が垂れている。4つの足をだらっと垂らして、完全にリーシャの美に酔いしれている様子だ。
魔王は後ろを振り向いて、マランガの様子を確認すると、にやりと笑った。
――良かった〜、気に入ったようだ。まぁ、リーシャがこのマランガ相手にするとは思えないが、別に女出したんだし、これでいいよな。――




