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第十四話、それぞれの苦難。

 ――姫のボロアパート……


 魔王は大家から得た知識で、ある程度この世界の事を理解出来始めていた。しかし、吸引の魔法は脳の中へ対象者の脳内のイメージを直接映像とその意味を取り入れるだけで、実際それに触れたり、経験をしたりしてみないと実感というものは湧いてこない。

 魔王はこの世界の色んな物や人間に触れて、それを体感する必要があった。しかし、それは諸刃の刃である事を姫は知っていた。魔王の気質、人間への蔑視など考慮に入れると、姫の心配は尽きる事がない。なので、前段階として、外の世界に触れる前に色々薀蓄や姫が考えるルールを述べる必要もあったし、シュミレーションを交えた特訓も必要だった。


「はい次、私の働いているコンビニであなたは御菓子を手に取りました、その後どうしますか?」


「う〜ん」


 魔王は胡坐を書いて姫と向きあって問答を繰り返していた。といっても、一方的な姫からの質問ばかりではあるけれど。


「そのまま帰る……」


「ブーブー、もうそこでアウトよ」


「えぇ、難しいな……」


 魔王にとってそれは当然の答えだった。なぜ、間違っているか首を傾げ考えるが一向に答えは出てこなかった。


「ちゃんと得た物には対価を払わないと駄目。それはゼームス大陸でも同じ事よ。だけど、あの世界では魔王ちゃんは王様だから、払わなくても良かったけど、この世界ではお金を払わなければ、あなたは只の盗人になってしまうの、分かる?」


「じゃあさ、この世界でも王様になりゃいいんじゃねーか?」


「それは駄目! 絶対ーー駄目! 私の世界を壊したら……許さない!」


 姫は少し腰を浮かせて、凄い形相で魔王を睨みこんだ。魔王は大きな体を縮めて、姫の迫力に圧倒されていた。

 しかし、姫は魔王に自分の思惑全てを、押し付けるつもりは無かった。相手は知り合いとは言え、魔王なのだ。押さえ込みすぎたら、逆に鬱憤が溜まって派手にやらかす時が来るに違いない。姫は強張らせた顔を徐々に緩めると、穏やかな口調で魔王に語り始めた。


「でもね、魔王ちゃん、世界征服以外ならある程度は私も目を瞑るわよ」


「と言うと?」


 魔王は体を前に起こすと姫の説明に耳を欹てる。


「それは私に火の粉がかかって来ない事が条件だけどね、まず私に絶対迷惑を掛けない事、それを守るなら、ある程度の事は好きにしていいよ」


 更に姫はまたいつものように、人差し指を立てて振りながら、淡々と長々と自論を語る。


「この私のいる○×地区以外なら、気に入らない人がいたら、ぶちのめしてもいいし、その結果死んでも私の知り合いとかじゃなければ、全く気にしない。さっきの盗みの話だって、この地区じゃなければ、別に私は咎めないよ、私の働いているコンビニだから駄目だって言ったの。只、当然、盗人になるから、指名手配されたら困るんで、犯罪犯すときは適当な人にメタモしてね、そして、その後その姿で私の家には帰らない事! 簡単なのは、このボロアパートには基本的に最初のイケメンの姿で出入りして、他では素の姿か、違う人に変身してね」


 姫は自己中心的だった。そして悪どく、狡猾で、用意周到だった。罪人になれば、完全犯罪をやってのけるタイプだ。しかし、これでは犯罪を勧めているも同然なので、姫はそれに申し分程度に付け加えた。


「だけど、今言ったような『犯罪』はできるだけしない方が私は良いと思うな〜、本当に困った時とか、どうしようもない理由でした時は仕方ないけどね〜私は好きじゃないけどね〜」


 こう言っておけば、何か魔王がやってしまっても、自己嫌悪に陥らずに済む――姫はとことんずる賢かった。

 魔王は姫の話にふむふむと頷いていたが、内心は定かではない。口端が鋭く割れて何か、裏で考えているようでもあった。


 

 その頃、勇者達は――


「勇者さま〜、どこまで歩くの……?」


 当てもなく、海岸線沿いの道路を三人はよたよた歩いていた。

 この場所が日本である事は勇者は分かっていたが、実際どの辺りなのかは、さっきの看板の地名を見てもピンと来なかった。ドンゴロも最初は食事にありつけない怒りで、走り回っていたが、空腹の為か、今は無言で杖を支えになんとか歩けてる状態だった。ルージュも似たようなものだった。


「知らね……」


 勇者は白い布の服、青っぽい履物で歩いていた。この日本という国で元々住んでいた勇者はゼームス大陸で着ていたような鎧は、この国では目立ちすぎる事は分かっていた。砂浜で、ドラゴンアーマー装備一式を外して、もっていた大きな皮袋に詰め込んでいた。剣は銃刀法違反ですぐ捕まるので、ルージュの魔法で小型化してもらって、胸ポケットにしまっていた。

 ただ、ルージュとドンゴロはそのまんまの姿だった。ピンクのローブに大きな宝石が付いた茶褐色の杖、僧侶も似たような格好だ。このまま街中に出れば、必ず目立ってしまう。勇者は悩んでいた……


 ――こいつらの服買ってやらないとな〜……それに運賃だって。あーあ、実家に戻るのさえ金がいるよ……どうしよっかな〜……――


 そんな勇者達の前から、一台の黒い車がやってくる。ベンツだった。運転手一人が乗っていた。後部座席に人影は見当たらない。勇者はそれを見て微笑んだ。そして――


「ルージュ! あの黒い箱車を止めろ!」


「ん? はい〜! ファイアボール!」


「バ、バカ!」


 杖を両手で持ち道路に立てると、呪文を口ずさみ、杖の先から大きな火の球が飛び出て車目がけて飛んでいった。勇者は焦った、いきなり爆破かよ……とルージュの計算外の選択に動揺したがもう遅かった。

 炎の球が飛んでくるのを目にして、運転手は急ブレーキを踏んで停止していたが、直撃するかと思われたファイアボールは横にそれて砂浜の方へ飛んでいった。少し遅れて離れた所で爆裂音が勇者達に届く。魔法使いルージュはまだまだ未熟であるために、真直ぐに魔法を飛ばす事が苦手だった。たが、それが幸いして、無傷で車を止めることに成功した。

 勇者はふーっと深く息を吐くと、額の汗を手で拭ってベンツにゆっくり近付く。


「なんだ今の〜?」


 ベンツから慌てて出てきた会社員風の男は、砂浜の方を見ていた。

 砂浜から白い煙が空に一筋昇っていた。


「どうしたんですか?」


 勇者は気さくに男に話しかけた。その間にもルージュ達を背中に回した手をヒラヒラさせて呼んでいる。それに気づくと、ルージュとドンゴロは近くに寄ってきた。


「いや〜、急に大きな火の球がね……」


「はぁ、花火かなんかですかね……」


 勇者はルージュの肩に手を回し、顔近くに引き寄せる。思わず顔を赤くして照れるルージュに勇者は男に聞こえない程度の声で囁いた。


『魅了使え』


『分かった……』


「でも、あれは花火っていうには大きかった気するんだよね……」

 

 男が勇者と話しているうちに、ルージュは男の後ろに回り杖で男の頭を小突いた。

 すると、男が放心状態で話すのを止めた。その瞬間、勇者はドンゴロに素早く顔を向けた。


「金目のもの奪っちまいな!」


「ん? 分かった!」


 勇者が何をしたいのか最初は分からなくて、ぼーっと見ていたドンゴロだったが、元々悪どい彼はその言葉にすぐに反応すると、男の着ているスーツのポケットを探り、分厚い財布を抜き取る事に成功した。だが、勇者はこの時点でこのまま去るわけには行かなかった。顔を見られていたからだ。

 勇者は杖を翳して男に魅了を掛け続けるルージュに、もう一つ命令した。


「勿忘草の粉をかけるんだ」


 勿忘草――ゼームス大陸に生えている植物で、これを粉状にして相手にかけると、その粉をかけられたものは、その前に起こった10分前の記憶が全て抜け落ちてしまう。

 ルージュは勇者に言われて、右手で杖を持ち魅了を維持しながら、左手で懐から粉の入った袋を取り出すと、指で少し口を開いて器用に小さく摘んで男に振り掛ける。それを見届けた勇者が大声で二人に――


「ダァアッシュ!」


 と、叫ぶと一目散にその現場を走り去る。とてつもない速さだった。


「待って〜勇者様〜!」


「うう……」


 ルージュも少し遅れて、後を追う。僧侶は空腹が祟ってか、もつれる足でふらふらと走って行った。



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