第十二話、ロックオン! 勇者一向。
「姫〜姫ったら姫〜!」
魔王は姫のところへ戻ってくると、姫は口から涎を垂らしてまだ寝ていた。
幾らなんでも寝すぎだろ? と大きな声で名を呼びながら、姫の体を揺さぶる。
「あん?」
姫が目を擦りながら薄く瞼を開けるものの、その瞳はとても冷ややかで殺気さえ漂わしていた。
「コロス……わよ……?」
魔王は思わず冷や汗をかき、尻餅をつき後ろ手を地に置いた。
地の底から響くような低い声と凍えるような冷たい瞳が、魔王を否応がなしに恐怖させた。
――あ、相変わらず寝癖悪いな……仕方ない……
「メタモ!」
魔王は変身魔法『メタモ』を唱えると、この前姫が苦労して選んだ男に姿を変えた。
白い歯を零しながら、そっと姫の頭の下に手を滑り込ませ抱きかかえる。
美形の男の優しい視線を浴びた姫が、白雪姫のようにゆっくり目を開けていく。
その姿を白く濁った視界に捉えるや、
「王子様〜〜!」
魔王の胸に抱きつき、顔を気の済むまで擦り付け、美形の顔を拝もうと顔を上げた。
「なんだ、魔王ちゃんか……」
見ると、既に変身を解いた魔王が、姫の抱きつきの快感に酔いしれ、悦に浸っていた。
そのまま、魔王は姫を抱き込もうとすると、
「調子に乗るな!」
と怪訝な顔を浮べ、姫が魔王の顔面を右足で蹴り上げた。
「いてぇ! 何も蹴る事ないだろうに」
左頬を摩りながら魔王は姫に情けない目を向けていたが、姫は一連のやりとりで、意識がしっかりしてくると、ある事を思い出して、魔王の前に座ると、まじまじとその顔を見つめる。
「そういや、魔王ちゃん! この世界に来たからには、最低守って欲しい事がいくつかあります、聞いてもらえるかな?」
「ん? 聞こうか」
案外素直に姫の要求に応じた。魔王もこの世界の事をまるで知らない訳で、一応ここではそういう意味で先輩になる姫の話を聞くのも悪くないと思った。
「じゃ〜、色々話すけど、取りあえず魔王ちゃんも私から吸引……」
姫ははっとして、言葉を途中で止める。
『吸引』と言う魔法は、対象者の知識や思想までイメージとして吸い込む事ができる魔法だが、自分から直接魔王に吸わせるに当たって、知られたくない感情や、後ろめたい記憶がある事を思い出した。
――そうだわ、魔王ちゃんに知られたくない事が山ほどあるんだわ、あんなことやこんなことや、そんなことや、ああいったことまで〜!
姫は相等魔王の知らないとこで色々な事をしているようで、
「取りあえず、大家さんから取ろうか、ハハ……」
姫がなにかごまかすような引きつった笑みを浮かべそう言うと、ある事が気にかかり魔王に尋ねる。
「そう言えば、魔王ちゃん、ここからどうやって出るの?」
「あぁ、教えてなかったな、簡単なこった、『リターン』と叫べば良い」
姫がそれを聞くと、さっそくリターン! と大きな声で言い放った。
魔王はその瞬間、姫の右肩に手を触れる。すると、二人が瞬時に箱の外へと放り出される。
部屋にふって沸いた様に現れる二人。
「じゃ、魔王ちゃん、この世界で第一に守ってもらいたい事、それは、私に迷惑を掛けないって事ね」
魔王は呆けた顔で、姫の人差し指を振りながら、したり顔で話すのを聞いていた。
更に姫はその意味を掘り下げて魔王に伝えていく。
「まず、第一に私以外の人間から見られている時に、その素の姿で私に話しかけない、半径50M以内に寄らない事、当然一緒に歩く時はさっきの格好で、人と会う時もその格好に変身する事。第2に、素の姿でこのアパートの出入り口から入らない事、アパートに近付かない事、アパートに帰ってくるときは100m手前で誰にも気づかれない場所で、人間の姿に変身する事」
姫は息付きをせずに言葉を並べ立てたので、息をハァハァ言わせていた。
魔王はそんなに一片に言われても……と思うが、まぁ適当でいいやなっと安易に考え、言われた事の半分程度しか理解できていないが、笑顔で頷いて、姫に分かったと呟いた。
#
魔王は変身した後二人で部屋を出ると、姫は鍵を閉めて、一階にある管理人部屋へ並んで歩いていく。
その部屋の前まで来ると、古びた木の扉を右手の甲でコンコンと2回叩いた。
少し遅れて、ガチャっと金属が擦れる音と共に扉が中へと開かれた。
「大家さんこんにちわ〜」
「あら、卑弥呼ちゃん」
高齢と思われる老婆が中から現れた。
白髪がもっさり上に持ち上げられ、頭の天辺で寄り添うよな髪型が玉ねぎのように見える。
落ち着いた花柄模様のワンピースを着た大家さん、目尻が優しげに下がり雰囲気が柔らかい。
「どうしたの?」
「あの〜、あ!」
姫が大家の後ろに見える何かに、驚いたように目を大きく開けた。
それに吊られて、大家が振り返ると、自分の指先を大家の頭に向けた。
すると、大家が虚空を見つめながら、ぼーっとした様子で動きを止める。
姫が指を右に動かすと、右に、左に動かすと左にと、大家の体が揺れた。
「あ、魅了か」
「うん、じゃ魔王ちゃん『吸引』使ってください」
「うむ」
魔王は右人差し指を大家の額に当てると、吸引の魔法で大家の知り得る全てを自分の頭の中へと流していく。
「うおぉおぉ、何じゃこりゃあ」
魔王は吸引している間、身悶えしながらその新しい知識に敏感に反応していた。
暫く吸引が続いていたが、魔王が体の揺れを止め、落ち着き始める。
「よし、全部吸ったぞ!」
「じゃあ、このまま大家さん置いといて、部屋に戻りましょう」
姫は大家に向けている指を降ろすと、そそくさと魔王の背中を押しながら部屋に戻っていく。魅了の魔法は解けてから1分はぼーっとした状態が続くので、その間に退散する事にした。
一分後、我に返った大家は、姫が尋ねてきた気がしないでも無かったが、そのへんは高齢のために、まぁいいかっと大して気にも留めず部屋の中に戻り扉を閉めた。
二人は部屋に戻ると、姫のちょっとした講義が中で開かれていた。
魔王と向き合って座り、知識を得た魔王と話を酌み交わしながら、姫の薀蓄が長々と交わされていた。
#
――その頃、二人が忘れかけているゼームス大陸では……
ドロンパが魔王をうまくエンギルの魔法で異世界に送った後で、次の策略を実行に移そうとしていたが、その前に魔王はどうやって異界へと送られてきたのか?
ドロンパは姫を異界に送った後、エンギルの次の標的に魔王を選んだ。
ゼームス大陸を支配するに当たって、一番邪魔な存在である事は想像に難くない。
だが、魔王をエンギルを使って異界に飛ばすまで丸一年かかった。
魔王は宙に浮ぶ白いエンギルの光に、あたかも偶然ふれてしまってこちらへ来たと思い込んでいるが、実はそうでは無かった。
その裏にはドロンパの血の滲むような苦労が隠されていた……
〜
ドロンパが魔王を異界に飛ばす方法として、まず考えたのが魔王城に貢物を送る謁見の時だった。
もう既にこの時、実際の王様をある場所に幽閉する事によって、サライアの王座にドロンパは即位していた。
当然王様として、謁見に出向いたのだが、
「魔王様、私、最近手品を覚えましてね」
「ほぉ、見せてみろ」
魔王の前でエンギルの魔法を披露する。
したり顔で暗い笑みを浮かべるドロンパだったが、エンギルの白い光を見た魔王が、ピクリとも反応しない。
「うむ、綺麗な光だ、だがそれだけか?」
ドロンパは動揺していた。エンギルは白い光を見たものを引き寄せる強烈な魅了の魔法と空間転移を併せ持つ究極の魔法だと自負していたが、それには欠点があった。
強い魔物やある程度のレベルの人間には、強烈な魅了魔法とは言え、効果を発揮しないのだ。
謁見の場所で知ったその驚愕の事実に、一度は断念しかけたドロンパだが、彼のドス黒い野望が再び燃え上がると、あの手この手で魔王を異界に飛ばす方法を思案し続けていた。
魔王と表立ってケンカを売れば、勝ち目は無かった。
そこで、エンギルを白い球体として、体から離れた状態で遠隔操作できるよう半年修行をした。
ようやく、100メートルほど離れた位置から操れるようになると、魔王が城から一人出てきて
散歩している所を狙って、球体を魔王目掛けて飛ばすものの、簡単に避けられてしまう。
魔王は飛んでくるものに簡単に当たるほど、鈍くはなくその方法は失敗に終る。
色んな方法を試すが、魔王はそれに触れる事が無かった。
そのうち姫が消えた悲しみで、魔王が城から出てこなくなると、更にそれは困難となった。
だが、諦めずに魔王を異界に飛ばす方法を頭で考える。
その間、魔王城の近くに偵察を置いて、魔王が外に出てくるのを監視させていた。
ドロンパは考えた……、魔王が魅了にひっかからない上に、直接ぶつけようとしても避けられるのなら、エンギルを触りたくなるようにさせるしかないと。
それには触りたくなるような形状にするしかない。そこで頭を捻って考えたのが蝶々がひらひら舞うようなエフェクトを伴うエンギルの改良した姿だった。
ただ、これを他に色々ある場所で、魔王に見せても、興味は惹けないだろうと予想する。
何も無い空に変わった形をしたものが浮んでいれば、さすがに、魔王は興味を惹かれ自発的に触るんではないか?――ドロンパはそれに賭けた。
魔王が空を飛んで外に出るときを、監視と綿密にテレパシーでやり取りしながら待った。
ある日、監視から思わぬ情報が入ってくる。
勇者が魔王城に乗り込み、魔王と対決すると言う。
ドロンパは思った、もし勇者が勝つなら、魔王は死ぬからそれはそれでいいし、死ななくても逃げるなら空を飛ぶはず――その予想は的中した。
魔王が城から飛び立つのを見た監視がテレパシーで、ドロンパに伝えた。
監視がその飛ぶ方向とスピードを測定器で割り出すと、B1087地点に魔王が10分後に到着する事をドロンパに伝えた。
それを聞いたドロンパは先回りし、その地点までやってくると、改良されたエンギルを魔王が飛んでくるであろう位置に留め置き、離れた場所でそれを見守っていた。
魔王は奇跡に近い確率で、その場所にやってくると、案の定、蝶の舞う姿に目をとらわれ、手を突っ込んだ事で異界に飛ばされてしまう。
こうしてドロンパは魔王を異界に飛ばす事に成功し、今また、ある者をエンギルのターゲットにしていた。
魔王を凌ぐほどの実力を持つ勇者達。いつか世界を我が物とするとき邪魔になってくるのは明白だった。
そこで、ある日、魔王を追い払い、魔族に打撃を与えた功績を称えて褒美を取らすという旨を書いた文を、勇者一向に送り届けた。
勇者達はその文を受け取ると、サライアの王宮に三人揃ってやってきた――
〜
「勇者様〜、この城綺麗だね!」
「……そうか?」
勇者は面倒くさかったが、報奨金を王様がくれるというので、仕方なくやってきた。
僧侶と魔法使いを加える三人のパーティだが、三人とも働く事をしないせいで、お金は当に尽きてしまい、窮迫していた。
「いくらくらい、くれるんじゃろな? 」
「さぁね……」
強欲な僧侶がにんまりしながら、過大な妄想を頭で描いていた。
勇者はこんな目立つ所に呼び寄せられて、気が進まないといった様子で歩を進めていた。
「勇者様がこられました」
兵士に案内され、王の間に案内される三人。
僧侶と魔法使いは目を輝かせていた。それとは対象的に、さっさと金もらって帰ろう……と勇者が力ない目を浮かべて、重い足取りで王の前に来ると取りあえず、腰を屈めて平伏した。
「良く来た、勇者一向よ、楽にしてよいぞ」




