第十一話、魔王の僕。
「ふー、なんかな〜」
魔王は姫が芝生の上で熟睡してしまったので、川の上流に移動して大岩の上に腰を下ろし、足を組んだ上に頬杖を付いて物思いに耽っていた。
姫の話を散々聞いたまでは良かったが、どこか姫の考え方につっかえる物があって、なんだか胸の辺りにもやもやとした感情が留まっていた。
「あんな調子でしんどくないかな?」
魔王は姫の苦労話は確かに、辻褄は合ってるような気はしたし、姫のこれからのここでの生活を応援したい気持ちもあった。
だが、姫から、ゼームス大陸にいた頃の好き放題やりたい放題、自由奔放に振舞っていた面影が消えていて、逆に型に嵌った、何かに捉われすぎている面が垣間見えて、どこかやるせない思いが胸の中で渦巻いていた。
「ま、姫は姫だ」
そんな思いに捉われつつも、人は人、魔王は魔王と独自の思考回路で取りあえずの結論を確立すると、それに関する思考を閉じる。
魔王は気持ちの切り替えは早かった。
悩んでも仕方がないものは仕方がない――と悟ると、今出来ることに思いを馳せる。
このへんは前向き志向とでもいうべきか。
足を崩して左足をポンと手で強く叩くと、空を見上げた。
勢い良く立ち上がると、すーっと体を浮かせ上空へと飛び立っていく。
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この世界はいわゆる魔法空間。
一見どこまでも茫漠と続くように見えるが、そうでもなかった。
この箱の入り口のコウモリマークは、触れたものを1000分の1の大きさに変える事ができる魔道アイテムだ。
体を縮めて中に入った者には、箱の中がとてつもなく広く感じる仕組みだった。
だが、小さくなっただけで、この世界はクッキーの箱の中に存在している。
それ故、空の先や地の果てがどこまで続くように見えても、大きさには限りがあった。
魔王は空を注意しながらゆっくり飛んでいる。
どこが境になっているか分からず、下手をすれば箱の壁に激突するからだ。
青々とした空、白い雲、眩しい太陽、これ等は少しは幻影も混じっているが、一応魔法によって水と熱を操作して作られたもので、外の世界と同じように雨も降らすし、空気の流れもあった。
地上に広がる森林、芝生、土の地面、これらも魔王が外で集めたものが魔法で姿を変えたものであり、実在していて、外と同じように機能する。
魔王は一通り箱の中の世界を飛んで、果ての確認をし終えると、小高い台地に降り立った。
「ここいいよな」
足を踏み鳴らし何かを確認しながら、その場所を右往左往していた。
「よし、ここに決めた」
魔王は地盤がしっかりしている土の地面を見渡すと、何かを決意した。
「さて、どうしようかな」
ここに自分の家を建てたかった。
木の丸太小屋を魔王はイメージしていた。
それは今決めた訳じゃない。
この世界を作る前からログハウス(丸太小屋)を自宅にしようと考えていた。
そのために、家に使う材木用に木の皮を集めて、森林地帯を形成したのだ。
木の皮は、魔王自ら足を運び選んだ、ログハウス向きの丈夫で太い木から得たものだ。
「俺建てれないんだよな」
材料と台地は確保されていたが、肝心の家を建てる技術は魔王には無かった。
だが、そこは頭の回る魔王。余念は無かった。
ある方法を使えば、この家を建てることは出来る。
それは分かっていた――が魔王は悩んでいた。
「生意気なんだよな……」
魔王は懐から何か黒いクリスタルのようなものを取り出した。
太陽の日差しが反射して鈍い光を放っている。
――どうすっかな……
頭を時計回りに回し、悩む素振りを見せる。
「仕方ない……背に腹は変えられないしな」
魔王は何かを決心したのか、一度頷くと、その場にしゃがみこんで、クリスタルの先を地面に突き刺し垂直に立てた。
ゆっくり立ち上がると、深く息を吸い、吐くのと同時に何かの呪文の詠唱を紡ぐ。
「魔王の名において命じる、暗黒の申し子マランガよ、その力クリスタルより解き放ち、我の『従順』な僕として、この地に降臨せよ」
魔王は詠唱中の言葉の『従順』に一際力を込めた。
最後まで詠唱を言い終えると、魔王は両手の平を揃えて翳し、網状の黒い雷のようなエネルギーの迸りをクリスタルの中へ注いでいく。
「さーーーー! でて来い! 我が『従順』な僕マランガよ!」
また魔王は従順に力を込めて大声で言った。
クリスタルが一瞬明滅すると、辺りを黒く染めていく。
視界が遮られるも、魔王はその闇の中で一点を凝視していた。
――次第に辺りを包む闇が弱まり、陽光が中へ差し込みはじめると、何か黒い影が見え隠れする。
魔王はその様子をじっと目を凝らして眺めていた。
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完全に闇が払われると、そこには黒い甲殻類のような大きな虫みたいなものが横たわっていた。
魔王はこめかみに汗を一筋垂らして、その動向を見守る。
一見、クワガタ虫のように見えるその外見。
その尻の部分の辺りから、黒い太い足が突如二本にょきっと延びる。
更に胸の上方の両側面から二本、更にその下から二本。
合計6本の足が伸びると、一番上の両手? を地に強く突き出した。
「エッコラッセっと……」
一声おっさんのような声を発すると、下部の二本足を地にどっしり付け、体を持ち上げた。
その場で足を屈伸したり、腕の先についた人間の手のようなものをガチャガチャ音をさせて開閉し、何かを確かめている様子。
しかし、背中の硬い甲羅を魔王に向けたまま、振り向く気配がない。
魔王は声がかけ辛かった――が、『俺は魔王!』だと自分に言い聞かせながら、マランガに声を放つ。
「我が僕マランガよ! 良くぞ我が元に現れた」
大きな声でマランガに魔王の威厳に満ちた言葉をかけた。
マランガがその言葉を聞くや、体がぴくんと跳ね反応したかのようにみえたが、まだ黙ったままだ。
振り返る気もないらしい。
――やはり、生産タイプの魔物は技術はあるが、頭が弱いせいで忠誠度が低いな。
〜
魔王の僕である魔物は先ほど取り出した『魔石』を核にして作られる。
暗黒の魔力を魔石に注入する事で生まれる魔物。
それにより生成される魔物にはいくつもタイプがあった。
魔物表。
Aタイプ 戦闘に秀でた魔物、格闘術、剣術、魔法に優れ、知性も高く忠誠心も高い。魔道師、戦士タイプ。
Bタイプ 治癒系や補助の魔法に秀でた魔物。 知性は魔物の中でも最も高く、忠誠心も高い。魔王の執事役を務めたり、雑務をこなすインテリタイプ。
Cタイプ 省略。
Dタイプ 省略。
Eタイプ 生産に向いている魔物、畑を耕し、材木を加工し、建物を建てたり、工芸品を生み出す職人タイプ。職業柄、力もあるし技術もあるが、知性が低い、忠誠心も低い。
〜
マランガはこの中ではEタイプの魔物だ。もちろん知性が低いし忠誠心も低い。
魔王はこの事が分かっていたからこそ、生成する前に悩んだ。
だが、家が無い事には、外の世界で雑魚寝するのと変わらない。
魔王は時々現れる、比較的知性と忠誠心がある生産タイプの魔物が生まれることに賭けていた。
「コラ、俺は魔王様だぞ、さっさと俺の前に跪かんか!」
魔王は開きなおって、マランガに強い口調で捲くし立てた。
マランガはやっと気持ちが動いたのか、魔王に大きな体を向ける。
内側も甲殻類特有の姿をしているが、一つ違うとすれば、頭の部分に黒い人間の顔のようなものがあるところ。
眉毛は太く、虚ろな眼差し、無精髭のようなものが鼻の下と顎に生えている。
「オラ! 跪け!」
魔王はもうこうなったら力ずくで――と思い、実力行使で跪かせようと、マランガの頭を押さえつけようとすると、
ガキン!
突然、マランガの頭の後ろのギザギザの大きなハサミが力強く閉じた。
魔王は思わずバックステップして後ろに距離を取る。
マランガは魔王を荒んだ目で睨みながらぼそっと呟いた。
「何でも力づくか……」
魔王はため息を付いた。
またこのタイプか……と心で呟く。
Eタイプに力押しすると、駄目な事は身に染みて分かっていた。
痛めつける事もできるが、このタイプはそうすると、結局自分を見限って出て行くことになるからだ。
――いつもの丸め込み作戦しかないか
「すまん、悪かった! 調子のりすぎた、許してや」
魔王は話し方まで変えた。
Eタイプにはこのしゃべり口調が受けが良かった。
マランガは魔王の態度が変わると、細めていた目を多少開いて、息を大きく吸い、
「まぁええけど、おっさん、ところで何でワイをこないなとこへ呼んだんや?」
重い口を開いて、魔王に溜め口で話しかけた。
関西弁がきつい。
「いや、俺さぁ、家たてれへんくてな、途方にくれとったら、お前さんの事思い出したんや」
更に魔王は同じ口調で淡々と言葉を紡いでいく。
「お前さんは、生産に精通してる真の職人やって聞いてるからな、あんたに頼めば立派な家建ててもらえるんやないかと思ってな! だから! な! 頼むわ! 住む家ないんや! 手貸してくれんか?」
魔王が低姿勢で揉み手をしながら必死で懇願すると、マランガの表情が緩んでいく。
さっきまでの荒んだ目にどことなく清涼感のようなものが漂い始める。
「まぁ、確かにわい、『真の職人』やしな、それにこんな殺風景な場所で家無しとか、辛いわな」
マランガは少し考える素振りを見せて俯いた後、魔王に視線を戻し、魔王の肩を右手でポンと叩いた。
「よしゃ! 分かった! だけど只やないで、後でなんかそれなりのもん渡しや!」
「おお、さすが! お前さん最高! それでこそ真の職人! いや神職人!」
魔王はわざと大きな素振りで、マランガを褒め称える、
ジェスチャーを最大限に駆使して、持ち上げると、マランガにだんだん間の抜けた笑顔が浮び、完全にやる気がでてきているのを、魔王が表情から読み取ると、
「あそこに森林があるから、あそこにある木使って今立ってる台地にログハウスお願いできるかな?」
「お、準備いいやんけ! 任せときな!、ほな切り出し行ってくるわ!」
「頼みますわ! いってらっしゃ〜い!」
マランガは完全に丸め込まれると、鼻歌を口ずさみながら背中の大きな羽を広げて森林のほうへ、ブーンという羽音を立てながら、ふらふら飛んでいった。
その後ろ姿に笑顔で手を振りながら、視界から消えるのを確認すると、魔王は大きなため息を付いて頭をうな垂れた。
魔物社会にもそれなりに苦労はあった。
「さてと、家が出来上がるまで、姫といちゃついてくるか……」
魔王は前にうな垂れていた体を起こすと、気持ちを切り替え、砂漠のオアシスに向うような満面の笑顔で、姫が寝ている場所に向けて空へ飛び立った。




