7 問題だらけの親バカ
仄かなハーブの香りが漂う室内。
メイドが運んできたハーブティーを前にユフィーと俺はスレイヴを睨みつけていた。
コーネリアは呆れ顔だ。
結論から言おう。スレイヴ、こいつアホや。
俺を攫った理由がアホ以外の何ものでもない。
あの後、ユフィー、コーネリア、スレイヴの三人から聞いた話をまとめるとこういうことだった。
まず、ここはリムルスの街を遠くに見下ろす高台にあるユフィーの家だ。
そして、この家は今俺たちのいるガーネット王国に帰属する伯爵家で、この地域を任されている領主家でもある。
コーネリアは思った通りユフィーの母親で、スレイヴは父親だったのだ。
冒険者のユフィーが貴族というのは驚いたが、悪党かと思ったスレイヴが領主で彼女の父親というのにもビックリだ。
母親のコーネリアにはそっくりだが、ユフィーとスレイヴは全然似てないし。
ユフィーには兄がいて、伯爵領を継ぐ必要がないため両親は彼女を結構自由にさせていたらしい。
冒険者をしていたのもそのせいだ。
だが、七日前に一通の手紙が届いたことにより問題が生じた。
差出人は主であるガーネット王国の王【ガーネット三世】。
内容は、隣国のアスケドニアという国と親睦を深めるため彼の国の貴族と伯爵家のユフィーを婚姻させたいというものであった。
形式上は「いかがか?」という返答を任せる内容でも相手は王である以上、正当な理由もなしに断ることも出来ない。
それはこの世界の貴族なら誰しもが諦める政略結婚なのだ。
その話を初めて聞いたらしいユフィーもショックでガックリとうなだれていた。
だが、アホなお父さんことスレイヴは違った。
その手紙を見るや否や、
「いやだああああっ!」
と子供のように叫び、コーネリアの諫めも聞かず、
「ユフィーをアスケドニアなんかのクソ男にやるぐらいなら、攻め滅ぼせばいいんだ!」
と宣ったそうな。
……超バカ親です。
流石にそこまではしないだろうとコーネリアは思ったが、それは甘かった。
スレイヴは、婚姻の件をユフィーに自ら伝えると言いながら伝えなかったのだ。
それどころか、古代の文献を読みあさり、そこに記されていた何でも願いを叶えるというパオパプの聖獣なるものを召喚することにした。
本気かは分からんが、聖獣を使って相手国に何かやらかそうとしたらしい。
本当に願いが叶うならこの結婚を白紙に! って言えば済むと思うのは俺だけか?
大事な娘が! ってテンパってたんだろうけど……。
まあ、どちらにしろ願い叶えるとか食ったら不死になるとか、結局は噂だけどな。
なぜなら、呼び出されたのがなぜか俺だからだ。
話を戻すと、スレイヴは何日かかけて準備をし召喚の儀式を行った。
だが、呼び出し場所に失敗。……このへんもアホだな。
それでも召喚自体の手応えは感じたのでどこかにいるはずだと捜索することにする。
パオパプの聖獣っていうぐらいだから、パオパプの森じゃね? って感じで森近くのリムルスを部下に探らせると、早速門番の垂れ込みで不可思議生物を見つけた。
しかし、その生物(要は俺だが)は、なんの偶然かユフィーの元にいた。
物分かりのいいユフィーに婚姻のことを知らせたくないスレイヴは、彼女にバレないように聖獣拉致を指示。
俺はまんまとスレイヴの部下に連れ去られるが、寸でのところで実行犯に遭遇したユフィー。
麻袋の中で見えなかったが、あの時聞こえた声はやはり彼女だったのだ。
ユフィーは犯人を取り逃がしはしたが、窓から逃げるその服装に見覚えがあったため半信半疑ながらも家に戻り、俺を発見した。という訳だ。
うん、長い。俺、まとめるの下手だわ。
ともあれ、スレイヴよ! お前は召喚場所に失敗したと言ったが、それは間違いだ。
君は召喚自体にも失敗したのだよ!
俺、聖獣じゃないし。
という訳で、現在。
変顔のコアラ姿で異世界にいるのはこいつのせいか! と俺はスレイヴを睨んでいる。
ユフィーは俺を拉致ったことと、婚姻話を隠していたことを怒って睨んでいるのだった。
しばらく沈黙が続いた後、スレイヴがやっと口を開く。
「す、すまん……」
「もういいわ」
ユフィーは怒りよりも婚姻話のショックがデカイらしく、ハーっとため息を吐くと、冷めかけたハーブティーを口へ運んだ。
俺? 俺はねえ……。
許さん!
「オラオラオラオラッ!」
とりあえず立場逆転したから殴ってやった。怒濤のラッシュッで。
変顔生物にされた怒りと拉致された恐怖、そして女子の裸を見逃した恨みだ!
まあ、ポフポフポフって残念な効果音で相手ノーダメージだけどね。
「それじゃあ、謝罪も済んだことですし、ここからは前向きな話をしましょう」
俺がスレイヴの肩に乗って、後頭部をポフポフしてると、コーネリアがユフィーに優し気な視線を送る。
「あなた、結婚したい?」
「それは……知らない人となんてしたくはないけど、でも王命なら仕方ないから……」
「じゃあ、もししないで済む方法があったら?」
「え!? そんな方法あるの!」
元気を失っていたユフィーが身を乗り出す。
そりゃあ、もしかしたらイケメンかもしれないけど、見ず知らずの男となんか結婚したくはないだろう。
「そうか! こいつに言ってマスケドニアを火の海にするのか!」
スレイヴが俺を摘んで、話に乗っかっていくが、コーネリアのジト目で再び沈黙する。
ざまあみろ! オラオラオラオラッ!
「あることはあるわ。ただ……」
「ただ?」
「そうするとユフィー、あなたはうちの子ではなくなってしまうの」
「コーネリア! まさかっ!」
「あなたは黙っていて下さる?」
スレイヴは何かに気づきハッとするが、再びコーネリアの冷たい視線。
「決めるのはユフィーですわ。こうなった以上、私たちに出来るのは可愛い娘を応援することだけです」
なんとできた母親だろう。美人だしスタイルいいし娘想い。三拍子揃った理想のお母さんだ。
初対面だが、心配と苦悩が入り交じった発言だって、伝わってくる。
俺がその姿に見とれていると、優しく微笑んでもくれる。
それに比べて……。
「いや、しかし」
スレイヴはまだ、ごにょごにょ言ってる。クソだなコイツは。
「それでは、ユフィーに会えなく──うごあッ!」
仕方ないので、必殺目潰しを食らわせてやった。
フッ、いくらもふもふでも目玉には勝つるのだよ!
まあ、そんなことしなくてもユフィーは、スレイヴなんか眼中になかったが。
「どんな方法?」
藁にでも縋る思いとでもいうのか、ユフィーは胸元をぎゅっと掴んでコーネリアの言葉を待つ。
すると、
「死んだことにするの」
コーネリアは一瞬少し悲しそうに眼を伏せながらも、再びユフィーを見据えて続ける。
「死んでしまえばお嫁には行けないわ。ただ、死者は家にも帰ってくることは出来ない。どこかで名を変えて暮らすということよ」
「そんな……」
「誰の目があるかも分かりませんから、戻ることはできません。中途半端に病気などと偽って、もし嘘をついていることが露呈したら王は許さないでしょう。ですから、私たちとは縁を切って生きていくのです」
「……」
「考えてみて」
そこまで言うとコーネリアは、少し寂しそうに踵を返して部屋を後にした。
その後ろを、
「お、おい、コーネリア。それはいくらなんでも──」
おたおたとスレイヴが追っていく。
もう、最初の強面のイメージはない。
後に残されたユフィーは、再びガックリと肩を落としてソファで項垂れるのだった。
俺は、俺は……、神妙なところ非常に申し訳ないんだが、スレイヴに目潰しのお返しで、ソファと床の間に挟まれていた。
誰か、助けて……。




