8 NO-----!!
夕方になった。
無論、挟まったままではない。
今はユフィー家の客間にいる。
ハーブティーを下げに来たメイドさんが助けてくれたのだ。
ソファと床に顔面おしくら饅頭のその姿が滑稽だったのか、
「だいじょう、フハ、ぶ、アハハ、ですか……フフフフ」
と吹き出しながらだったが、忘れることにする。
そもそもの変顔がさらなる進化を遂げていたのだろうから無理もない。
そのメイドさんの肩に乗って広い廊下を進んでいると、別のメイドがやってきて豪華な客間に案内された。
宿屋とは違い、無駄に広くてコアラの体には大きすぎるふかふかのベッドに手入れのいき届いた清潔な室内だ。
コーネリアが客人としてもてなすように指示してくれたらしい。
部屋にご飯も運んでくれて、自由にしていいとも言われた。
ユフィーのことは気になったが、挟まった俺にも気づかず塞ぎ込んだまま最初の部屋を出て行ってしまったので、そっとしておくことにした。
昨日出会ったばかりの俺が家の問題に口を出すのもはばかられるし。
で、俺は流石に疲れたので寝た。ご飯食べたら急激な睡魔に襲われて爆睡。起きたら夕方だった。
時計がないから定かではないが、窓の外は太陽が沈み初め、綺麗なオレンジに染まっている。
街の宿屋から拉致されたのも夕方だったから、あれから丸一日経ったことになる。
異世界初めての夜が麻袋の中とか、そりゃ疲れる。
まだ、眠いには眠いが、このままいくと朝までコースになりそうなので、そこはグッと堪えて上体を起こす。
俺にはこの屋敷でやらねばならないことがあるのだ。
開けっ放しの扉から廊下に出ると、さっきメイドさんから聞いた屋敷の見取り図を思い浮かべる。
三階建てだが建屋面積は広く、庭に池まである。流石は貴族の屋敷だけあって結構デカイのだ。
現在地である客間は二階で、最初にいた部屋、応接間は一階だ。
俺は右手にある階段まで行くと、上を目指した。
何気にデフォコアラである俺には、段差が高くて一段ずつ両手使いながらっていうシンドイ作業だったが、そこは頑張る。
人間時の三倍かけてやっと三階に着くと、廊下を歩いて一番奥の部屋まで向かう。
廊下も長い……。五十メートルはないと思うが、なんか果てしなく遠く感じる。
ああ、足が超短いからか。
……。
そして、やっと目的の部屋の前にたどり着き、中へと入──れない。
鍵は掛かってないと思うが、身長低くてドアノブに手が届かない!
本当にこの体は不便だ。
一人じゃなにも出来ない。
仕方なくノック。
ポフポフ。
……力弱すぎて、ドンドンとかコンコンにならない。
けどめげない。怒りは部屋の主にぶつける。俺にはその権利がある!
ポフポフ、ポフポフ。
「ん? 誰だ」
しつこく叩き続けると、ようやく中から声がする。
「入れ」
だが。
ポフポフ、ポフポフ。
まだ、叩く。
だって自分で扉開けられないんだもん。
客間だって閉じたら監禁と同じだからメイドさんに全開にしてもらってたし。
赤ん坊体型のデフォコアラである今の俺には、プライベート? なにそれおいしいの? ってレベルだ。
それもこれも、すべてこやつのせいだ!
「なんだ、まったく!」
苛立ち紛れに扉が開いたので、俺はとりあえずそいつの足を殴る。
「なんだ、お前か」
そいつはそんなことは意にも介さず、面倒くさそうに俺を猫のように摘み上げると、中へと戻り机に置いた。
そして自らはイスに腰を下ろす。
「なんの用だ」
後ろで扉が閉まる音を背に、そいつ──スレイヴは不機嫌と疲れが入り交じった顔でこちらを見据えた。
「聞きたいことがある」
そう、俺のやらねばならないこと。それはスレイヴから情報を得ることだ。
俺を召喚した張本人なんだから人間へ戻る方法、もしくは手がかりでも知っているのではないか。そう思うのは間違いではないはず。
ユフィーの件でそれどころではないだろうが、こちらもあまり余裕はない。このままこの屋敷に居座って暮らす訳ではないのだ。
用なしのピンクコアラなんか、いつ出てけと言われてもおかしくはない以上、早いに越したことはない。
「スレイヴ、あんた俺を魔術で召喚したんだよな」
「そうだが」
「じゃあ、元に戻す魔術とかあるの?」
「知らん」
「はい!?」
ない、じゃなくて知らないだと?
「知らんと言ったのだ」
「なんで!」
「たまたま我が家の書庫にあった古文書で、願いを叶えるという聖獣召喚の書を見つけたから使ったまでのこと。それ以外、聖獣に関する文献はない。だいたい召喚は出来たが、お前が本物の聖獣かも分からん。召喚主の願いも叶えんしな」
最後はフン! とか鼻を鳴らしてちょっと小バカにしてきやがった。
「……じゃあ、なんですか。あなたは後先考えず俺をこんな姿にしたと?」
「ん? 本来のお前は違う容姿なのか?」
「それも知らんのか……」
「ならば、実のところ召喚自体が……」
「召喚自体?」
「……失敗だったのか」
カッチーン!
「てめえ……、ふざけんなよ! 出来もしねえのに適当にやったのか! 適当男か! お前は高田純次かっ! 死ね! 百回しねーーっっ!」
ああ、怒ったさ。怒りまくったさ。
知らないおっさんの適当な思い付きで変な体にされて別世界に呼ばれた挙げ句「あ、失敗」とか簡単に言われてみなさい。何となく気づいてたけど、面と向かって事も無げに言われりゃそりゃ怒るわ!
おかげで死にかけたし、喰われかけたし散々な目にあったんだ。俺の人生なんだと思ってんだ!
机の上にあったインクをあちこちにぶちまけて、積んであった書類ビリビリに破いてやったさ。
殴っても効果ないから。
けど、スレイヴもユフィーの件でストレス溜まってるのか、逆ギレしやがった。
「黙れ、珍獣! こっちはそれどころではないんだ」
インクまみれの眉間に皺を寄せて、両手で俺の顔を抓り始める。
「大事なユフィーが家を出るかもしれんのだぞ! オマエが役立たずのせいで! この変顔の虫けらめ!」
だが、そこは俺も引かない。ブサイクなめんな!
「うるせえ、へっぽこ親父! ユフィーを止められないのは単純にオマエの力不足だろがっ!」
ペッ、ペッ、ペッ!
手も足も届かないから、唾を飛ばしてやる。
「なっ! 無礼な! ──ぺっ!」
すると、スレイヴまで唾飛ばしてきやがった。
汚っ!
「なにすんだコノヤロー!」
「それはワシの台詞だーっ!」
ペッペッペッペッペ。
ペッペッペッペッペ。
ペペペペペペペペペペペ。
ぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺ。
……。
「……」
不毛や……。
なにが楽しくておっさんの唾液まみれにならなきゃいかんのだ。
同じようにスレイヴも悟ったのか、俺から手を離して大きくため息を吐き出す。
そして、フッと自嘲ぎみに笑い、「確かにアホ親じゃな」と呟いた後、多少は実になることを話はじめた。
「ここから西へ行くと、黒竜山脈という山地がある。その麓に魔術に詳しいローウェスという賢者が住んでおる」
「おっ、おお……」
なんか急にRPGのモブみたいなこと言い出したぞ。
おかげで、どもっちゃったよ。
「その賢者ならお主のことも何とかしてくれるかもしれん」
けど、なんか重要そうなのでよく聞いておくことにする。
それから小一時間、俺はおとなしくスレイヴと話をすることになった。




