1 こんなパターンですか
「一端整理しよう」
三十分は途方に暮れただろうか。
ようやく俺は自分にそう言い聞かせると、近くにあった切り株に腰を下ろした。
まず、俺は一条望、二十五歳、独身、日本在住。
彼女いない歴……それはまあいい。
仕事は事務職。
その残業帰りに夜道を歩いていた。そして光に包まれたのだ。
するとどうでしょう!
全身ケムクジャラなピンクのコアラに大変身!
しかも場所まで移動。
そこは変な木の生えた見知らぬ森の中……。
「整理できねええええっ!」
主に心が……。
叫んでみたらショック療法で少し冷静になったので、再び思考する。
今現在の俺は夢かもしれないが、変顔のコアラだ。
持ち物は黒い仕事用鞄。中身は手鏡、筆記用具一式、書類。それ以外、携帯電話や財布など、スーツのポケットに入っていたものはなくなっている。
なんせ裸ですから……。
体も相当小さくなっている。小脇に挟めた鞄が、デカく感じるぐらいだから。おそらく赤ん坊レベル。身長40センチとかそんなもんだろうか。
しかも二頭親。頭超デカイ……。
なぜここにいるのか、なぜピンクのデフォルメコアラになったのか疑問はつきない。説明してくれる親切さんはいない。誰かに聞きたくても連絡手段もない。
さしあたっての問題はこれからどうするかだ。
ぱっと思い浮かんだ選択肢はふたつ。
一つ目。夢だということにして寝てみる。
そう、こんなことは現実的に起こるはずはないからこれは夢なのだ。
だから寝る。起きたら、はい、元通り! というパターン。
だが、残念なことに意識は鮮明。
草や土を触ってもリアルな感触がある。
試しに顔を軽く叩いてみると……うん、痛い。
それにこんな状況で眠気なんてあるはずもない。
ということで、この選択はどうしようもなく行き詰まったらチョイスする。いずれ自然に眠る時に試せるだろうから。
それが永遠の眠りではないことを祈るばかりだが……。
二つ目は、移動する。
これが夢ではないと諦めて行動するということ。
まずは人を探して、ここがどこなのかを知る。その上でその後の行動を決める。
うむ、とても生産的である。
そもそも人間はいるのか、身の安全を確保しながら動けるのか、疑問はある。
だが、このままぼーっとしていてもなにも分からない。
まあ、答えは最初から決まっていたのだ。ただ、踏ん切りがつかなかっただけだ。
ということで第二の選択に決定する。
と、思ったら……。
予期せぬ第三の選択が目の前に迫っていたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ガサゴソと草をかき分けてそいつは現れた。
ふいの音に野生動物を連想したが、そうではなかった。
それは、今の俺から見れば3倍以上のデカさの二足歩行の生物だった。
服は腰布一枚の半裸。
緑色の肌をしていて手には棍棒を持っている。
どう見てもやさしそうには見えない。
「……」
「……」
相手も予期していなかったのか、目が合うと互いに固まる。
次の瞬間。
「ウゲギィヤァアアアア!」
「うわああああああっ!」
突進してきたっ!
目を血走らせて、叫びと共に涎を飛ばして。
俺?
そりゃあ逃げるでしょう。
一目散に必死こいて。無我夢中で逃げました。
だって相手化け物ですよ!
けど……。
「うがっ!?」
今の俺デフォルメコアラだった。足超短い……。
思うように速度は出ないし、飛び越えようとした木の根に見事に躓いた。
やばいっ!
振り返った時、緑生物は両手で棍棒を振り上げていた。
「ひいっ!」
思わず、生まれて初めて悲鳴にも似た変な声が口から漏れ出る。
が、
「ギョベアアアアッッ!!」
それ以上に変な声を上げ、緑生物はバタリ、真横に倒れ込んできた。
背中にはバッサリと刃物か何かで切られたような一直線の傷。
いったいなにが起こったのか?
慌てて緑生物が立っていた辺りに目をやる。
と、そこには剣を振り切った姿勢の女性の姿があった。
18歳ぐらいだろうか。ファンタジーものに出てきそうな露出度の高い白い戦闘服に身を包んだ金髪碧眼の綺麗な少女だ。……しかもかなりの巨乳。
状況から彼女が緑生物を斬り倒し、助けてくれたことはすぐに分かった。
しかし……。
「大丈夫──って、何っ!?」
彼女は俺へ近づこうとするも、目が合うと警戒するように剣先を向けてくる。
「人間の子供に見えたけど、魔物、なの……いえ、それにしては……」
ん?
「かわいい」
え?
彼女は片手で剣を向けたままだが、もう片方の手を俺の頭へと伸ばす。
細い指先が毛だらけの耳をやさしく撫でる。
「もふもふっ!」
そして、何を思ったのか猫のように首根っこを掴むと、俺を顔の高さへと持ち上げた。
こちらが威嚇もしないから安全だと思ったのか、すでに剣は鞘に収まっている。
「君、なんて生物?」
「……コアラです」
「きゃああああっ!」
「おわあっ!」
友好的な態度に安心したのがまずかったのか。
素直に答えただけなのに……。
こちらがしゃべると思っていなかったのか、彼女は俺が口を開いた瞬間、ビックリしたように叫ぶと、大きく振りかぶって全力投球するのだった。
「うべっ!」
バオバブの木に見事ドストライクでした。
こうして俺は寝るでも移動するでもなく、予期せぬ第三の選択。
──【気絶する】を強制選択するのだった。




