プロローグ
それは一瞬の出来事だった。
残業で遅くなった仕事帰り、駅から自宅までの道のり。
閑静な住宅街の暗い夜道で、ボケッと信号待ちをしていた時だった。
ふと目に入ったのは一本の電柱に張り付けられた一枚の紙。
近所の公園で行われるフリマの宣伝広告だった。
「フッ、ぶさいくだな」
中央には、マスコットなのか、ピンク色で目が左右に大きく離れた二本足で立つ変顔のデフォルメコアラ。
真横にはセリフのような吹き出しがあり、『おいでよっ!』の文字。
フリマに興味はなかったが、そのお世辞にも愛くるしいとは言い難いぶさいく顔の微妙なコアラに見入っている時だった。
「うわっ!」
突如、強い光が空から降り注いできた。
眩しさに目を閉じる。
が、すぐに瞼越しの光はその力を失っていった。
いったい今のは何だったのか……。
未確認飛行物体が急接近、急離脱したとでも言うのか。
ひとまず未だしょぼつく目を薄く開いていく。
すると……、
「はあっ!?」
思わず間抜けな声を上げてしまったが、それも仕方がないだろう。
なぜなら、瞳に映し出されたものは、いままで見ていた電柱ではなく、大きな木だった。
マダガスカルに自生するバオバブの木のような逆さに突き刺したようなやつだ。
焦って辺りを見渡すと、それが無数に生えている。
バオバブの森である。
光に目が眩んでいるうちに住宅地が森である。
二匹の蝶が、仲睦まじく目の前を通り過ぎていく。
しかも……、
「あれ……そういえば、明るい?」
中点には輝く太陽が浮かんでいた。
そう、いつのまにか夜が昼間になっていたのだ。
「うそん……」
そして極めつけ。
仕事で疲れているのか? そう思い目を擦ろうとすると、
「うえっ!?」
持ち上げたその手は……、けむくじゃらだった。
ついでに言っておくと色は薄いピンクだ。
焦って体を確認すると、さらに驚愕の事実。
……全身、ケ・ム・ク・ジャ・ラ。
顔も胸も尻も足も、いつのまにか頭の上に生えた耳まで毛だらけだった。
お腹にはなぜか白いポケット。
これって……。
「まさかっ!」
焦って落ちていた自分の鞄から身だしなみチェック用の手鏡を取り出す。
そこに映し出されていたのは……。
「……夢だわ、これ」
それは、さっきまで小馬鹿にして眺めていたフリマ広告のマスコットキャラクター、マヌケ顔のデフォルメコアラだった。




