第5話 貴方の盗賊団は何処から?
先ほどまでの暗く沈んだ空気感は、もはやその部屋のどこにも存在しなかった。
カリビアの号令によって兵士達の暗雲は切り払われ、ただ燃え盛るような熱気がその部屋に立ち込めていた。
「す、すごいです……! これなら!」
目を輝かせたワットが、カリビアに駆け寄る。
部屋中の熱気にあてられ火照った表情のカリビアが、ワットにウインクをして笑った。
「ほらね。だから大丈夫って言ったでしょ?」
「……相変わらず、人を動かす才能は凄いんですよねぇウチの船長。
とにかく声が大きいので……」
「牧羊犬には向いてそうだな」
「アンタ達ねぇ……」
カリビアを揶揄うポールとリンラン、そして眉を顰めるカリビアに1人の男が近づいた。
カリビアと会話をしていた口髭の男、オスカーだった。
「カリビア殿。どう礼を述べたらいいものか……。
1度は捨てた兵士としての誇り、取り戻せるとは思ってもいませんでした。
貴女様のお言葉によって、我々は正気を取り戻しました。
デフォイ王国軍軍隊長として、深く感謝を申し上げます……!」
オスカーは震える声でそう言うと、深く頭を下げた。その変わらず丁寧な姿勢は、彼の責任感からくるものなのだろうか。
王の乱心に巻き込まれ、多くの部下が自らとともに絶望の海に沈みゆくことへの罪悪感がその両肩に重くのしかかろうとも、その責任から逃れはしないというように彼は真っ直ぐに在り続けた。
彼は兵士達を部屋から出そうとはしなかった。それも崩れ落ちそうな部下の心を守るために彼が取ることのできた唯一の選択肢だったのかもしれない。
カリビアは目を細め、優しく言葉を紡いだ。
「――オスカー、感謝はまだ早い。でしょ?
貴女様なんてむず痒い呼び方も要らない。私達は互いに力を合わせて、この国の未来の為に戦う家族よ。
今日共に、憎き盗賊達を打倒して、私達の戦いが全て終わった時、その時は、貴方のお気に入りのお酒を一緒に飲み交わしましょう?」
「はい、必ず……!」
「さ! 恩だの礼だのって話は一旦おしまい!
それより、貴方王国軍の隊長って言ってたわよね? 今用意できる戦力はどのくらいかしら」
「はい、正直なところ我が軍の機械戦闘車は全て使い物になりません。
あれは国王が外部の研究者を雇用して作ったものでして、時間があったとしても再び用意することはできません。
そのため、歩兵用の通常装備がせいぜいですね。それも襲撃の際に携帯していたもののみになります。
兵士全員の装備と銃はありますが、弾薬も豊富ではないので長期戦は難しいかと」
オスカーは苦い顔をしてそう伝える。
しかしカリビアは、全く問題無いというように寧ろ大きく頷いた。
「ありがとう、それで十分よ。
じゃあ、1時間後に盗賊のボスがいる本拠地に急襲をかけるわ。短期決戦で行きましょう」
「――承知しました。
総員! 決戦まであと1時間である! 直ちに戦闘準備を整えて大広間に集合!」
「「はっ!!」」
オスカーの号令に兵士たちは敬礼で返す。
カリビアはそれを見て満足そうに微笑むと再び、今度は希望と勇気で満たされたその部屋を後にした。
再び大広間に戻る廊下の途中で、ポールだけが怪訝な表情(とは言っても液晶に映った顔文字だったが)をしていた。
「しかし船長、1時間後に出撃というのは些か急ぎ過ぎではないですかね。
兵士の方々も、時間があればもっと装備を整えられるんじゃないですか?」
「バカねぇ。
1度植え付けられた恐怖の根は、たとえ表面を焼き払ったとしても心の奥に残っているものよ。
時間が経てば根は広がって再び心臓を締め付け始める。こーゆうのは勢いのまま進んじゃった方が良いのよ!」
「ふぅむ……」
ポールの質問に自信満々で答えてのけたカリビアは、今度はワットの方に質問を投げかけた。
「盗賊達の拠点はわかっているんでしょう、ワット?」
「はい。盗賊達が拠点にしているのはこの国の中心。つまり両断されたあの王城です。
実はこのシェルターの真上なのですが、王城と繋がる入口は全て塞いでいるので今の所盗賊達が侵入する事はありません。
シェルターの壁も分厚いのでこちらの声が漏れる心配もないと思います。『灯台下暗し』とは言いますが、案外気付かれないものですね」
「へぇ、それじゃあその塞いだ入口をもう一度開けば直接奇襲できるんじゃない?」
カリビアは思い付いたようにそう言ったが、ポールが静かに指を振った。
「可能だとは思いますが……リスクが大きいですよ船長。シェルターの存在が敵に知られれば避難している民間人も危険です」
「ん〜、それもそうね」
「正面突破、シンプルだな。狼が生き、豚が死ぬ。……はは」
闘争の匂いを感じ取ったのか、リンランが楽しそうに笑いながら尻尾を揺らした。
「それで、その……。ひとつ、気になることがあるんです」
――ふと、ワットが呟いた。
「どうしたの、ワット?」
「あぁいえ、あまり気にする程の事でもないかもしれないのですが。
ジョン・マキャべー、彼は以前からこの国の付近で活動していた盗賊なんです」
「えぇ、《ギルド》の指名手配サイトに登録されていましたね。僕も見ましたよ」
「はい。それで、1ヶ月ほど前に本部から依頼を受けてこの国に来た凄腕のシェリフがいたんです。
彼女の手によって、盗賊団は壊滅、リーダーのジョンのみ消息不明であると報告を受けていました」
「ん? じゃあ何、今アイツが率いてる盗賊団は新米集団って訳?」
「そこが不思議なんです。ジョンは何処からか新しい部下を集めて再び盗賊団を結成した。それも、国中を監視できる規模の人数を。
盗賊団の勢力は1ヶ月前と変わらないと言っても良いくらいです。何故短時間でこれ程の集団を再編成できたのでしょう?」
ワットの憂慮に、珍しく鼻を鳴らしたのはリンランだった。
「――ふん」
「何か後ろ盾があったか……、とにかく我々の予想し得ないファクターが存在する様ですね。
船長、どうします?」
続けてポールが、少し慎重になっても良いんじゃないか、と言いたげにカリビアに指示を仰いだ。しかし、そんな些末な問題に動じる彼女では無いことをポール自身もよく知っていた。
「まぁ、問題無いでしょ。全部ぶっ飛ばせば片がつく事に変わりはないわ。さてと、後1時間あるし、戻ってもう一度お茶でも飲もうかしら?
ワット、このシェルターお酒はないの?」
「いや決戦前くらいシラフでいて下さい船長……」
能天気に伸びをするカリビアと共に、一同は再び大広間へと戻って行った。
◆
大理石の床に綺麗な絨毯の敷かれた一室。
鉄筋製の王城の中でも特異なこの部屋は、他とは違う引き締まるような静けさに支配されていた。
段差で区切られた部屋の奥に佇む玉座。
そこに横暴に腰掛けているのは、到底玉座には似つかわしくないような風貌の、目つきの悪い坊主刈りの男だった。
陽の光を浴び、足を組んだまま玉座に座り、その男は物思いに耽っている。
しかし、ふと乾いた笑いを漏らすと、男は玉座から立ち上がった。
「……何度座っても居心地が悪ぃな。
硬ぇ椅子に座ってふんぞり返ってるヤツも、それをありがたがって生きるヤツも、所詮形も無ぇ肩書きと権威を力だと誤認した豚ばっかなのによ」
男は立ち上がり、後ろを振り向く。
日差しが彼の顔を照りつけ、男は眩しそうに目を細める。
日差しを取り込む窓などひとつも無く、本来であれば日の光など入り込む余地も無いであろうその部屋で。
「――だから、力で全てが奪われるんだろうが」
男の目線の先には、切断された石の壁があった。
途方もない破壊力を持つ何かによって果物のように両断された王城の、丁度断面上に位置していたその部屋。
天井側にあたる建物の上半分が重量によってズレたことで、その部屋には差し込むはずのない日の光が差し込むようになっていた。
「ハッ、こんな部屋じゃ夜雨も越せねぇな」
ぶっきらぼうに歩き、部屋を出るその男。
そこに駆け寄ってきたのは、サングラスをかけた熊のような大男だ。
「ジョン親分! こんな所に!」
「なんだエドワード、逃走用のトラックに金目のモンを詰め込んどけって言ったよな?
外部の連中がもうそろそろ到着する頃だ。今日の夜にはこんな国出ていかねぇと」
「すいやせん親分! ですが、至急お耳に入れたいことがありやして。
見回りのモンが、男を捕まえまして。その男が国民の避難場所を知っていると」
「なんだと……!」
ジョンと呼ばれた男は目を見開いてエドワードを見た。
この国を最初に襲撃した日から煙のように姿を消し、不思議な程出くわさなかった民間人を遂に捕まえる事ができたのは彼にとって想定外の出来事だった。
「おい! 連れてこい!」
エドワードの呼び掛けによって、引き摺られるように姿を見せたのは気弱そうな中年の男。
その手には埃を被ったピンク色の兎のぬいぐるみが握られていた。
「お願いだ、妻と娘だけは助けてくれ……!
みんな建物に避難してる、光学迷彩で隠しているんだ。全てでは無いが幾つか場所を知っている。探せば金目の物も見つかるだろう。
なぁ頼む、この玩具を探していただけなんだ。これが無いと娘が毎晩泣くんだよ……!」
ジョンは笑みを浮かべながらしゃがみ込み、泣きそうな声で哀願する男に顔を近づけた。
「ははっ、全く力の無ぇヤツは惨めだなぁ? だが、感心したぜ。弱者はそうやって対価を差し出して生きねぇとな。
言ってみろよ。筋の通った話は嫌いじゃねぇ。俺達に十分利のある情報なら、お前の言う通り見逃してやる」
「あ、あぁ。場所は――」
憐れな男は、ジョンの思惑通りに、自分が避難していた隠れ家。そして付近の別のシェルターの場所まで彼の知っている全てを話伝えた。
「……よし、聞いたなエドワード。
直ぐに手下共を向かわせろ。女子供まで1人残らず捕まえてこい。
人間を高く買取るコネが最近できたからな。最後に良い金稼ぎになったぜ」
「了解です、親分!」
ジョンがエドワードに指示を出し、エドワードも、捕らえた男を連れてきた部下2人に指示を出した。
命令を受けて去って行くその2人を、捕らえられていた男は涙を流しながら力無く見つめることしかできなかった。
「ああぁあぁ……! そんな、約束が違うじゃないか!
妻と娘は、妻と娘は逃がしてくれると言っただろ!!」
「バカが、テメェから隠れ家の仲間を裏切っておいて盗賊の俺には裏切るなってか?
まぁ、礼ぐらいは言ってもいいぜ。赤ん坊の時から社会に支えられて平和ボケした連中は、地獄の悪魔ですら道理を守ってくれると思い込んでるんだよな。
扱いやすくて助かるよ」
「お前、お前……! こんな事をしてただで済むと思うなよ。
直ぐに正義の鉄槌が下るぞ。
お前らなんか死んで当然だ!」
「……っ!」
顔を真っ赤に染め、涙を流してそう吐き捨てる男。
ジョンは、最初こそその言葉を聞き流していたが、何かが癪に障ったかのように額に青筋を浮かべた。
そしておもむろに立ち上がると、男の顔を強く蹴り飛ばした。
頭から壁にぶつかり芋虫のように蹲る男を踏みつけ、ジョンは声を荒らげた。
「死んで当然だと……!?
それはテメェだろうが歯車野郎!
力も無ぇ思考停止のバカが何故明日を当然のように迎えられると思ってやがる!
奪われて当然なんだよテメェみてぇな雑魚はよ! 自分の家族も守れねぇクセに正義ヅラしてんじゃねぇ!」
「親分! 落ち着いてくだせぇ!」
「――チッ!」
エドワードに抑えられたジョンは男から足を離し、イラついた様子でポケットから煙草を取り出すと口に咥えた。
「……おい」
「へ、へぇ……?」
「……チッ。俺が煙草出したら火だろうがぁ!!」
「は、はい! すいやせん!」
エドワードが慌ててライターを取り出し、ジョンの煙草に火をつける。
ジョンは大きく煙を吐くと、足下でえづく男を冷やかに見下ろした。
「……コイツを空き部屋にぶち込んどけ。もう俺の視界に入れるんじゃねぇ。コイツの家族毎、纏めて売り飛ばしてやる」
「り、了解です親分……!」
立つことすらできない男を担ぎ上げ、エドワードは足早に去って行く。
誰も居ない廊下で1人、ジョンはもう一度大きく煙を吐き出した。




