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第4話 声の大きな船長

 ワットがカーテンを捲ると、避難民の生活する地下シェルターが姿を現した。

 地下空間を照らす照明は仄かに薄暗く、しかし人々が生活するのに不自由は無いだろう。


 昔から置いてあったであろう苔のついたテーブルや椅子。湿気によって僅かにカビの生えたソファや絨毯は、快適にまではいかないものの十分人々が暮らせるだけの設備となっていた。


「へぇ、この位ならウチのバーより快適かもしれませんね?」


「うっさいわねぇ……」


 にへら、とはにかみながらカリビアとポールのやり取りを見ていたワットにふと避難民の一人、洗濯籠を運んでいた初老の女性が話しかけてきた。


「あらワット君おかえり、そちらの人達は?」


「あぁどうも、こちらは旅の人達です。確か名前は……」

「荒野を駆ける海賊船の船長(キャプテン)、カリビア・ゴールドラムよ!」


 カリビアが持っていた旗を振り大声で名乗った。石の床に突き立てた旗がカンと音を鳴らし、部屋に居た他の避難民達の視線が集まった。


「えっと…、カリビアさんです」


「あらあら元気なお嬢さんねぇ。まぁゆっくりしてきなさいな。

どうせ外国の人が盗賊達を追っ払ってくれるまで外には出られないからねぇ」


「ふむ…?」


 ポールは少し不思議そうに顎に手をあてた。


「さぁ、皆さんこちらに。シェルター内の施設を案内しますね!」


 しかしワットの親切な言葉を聞いたポールはそれ以上何かを言うことも無く、カリビア達は避難民の視線に追われながらも入り口の大広間を後にした。


 ◆


「ええっと、最後に寝室は男性と女性で別になっています。男性はここ、女性は階段を降りて突き当りになります。……全部共同施設なので個室にはなっていませんが、皆さんの分のベッドの空きはまだあるはずです!

他に説明してないことは……」


 シェルター内を一通り案内したワットは、扉の前で、まだ話していないことがあったか思案していた。そして、カリビアはまだ説明されていないことがあるという風に手を挙げた。


「ねぇ、さっきから気になっているんだけど。貴方、王国軍の兵士もこのシェルターに避難してるって言ってなかった?

さっきからそれっぽい姿が見えないんだけど」


「あぁ、それ。僕も気になっていたんですよ」


 カリビアの問いかけにポールもうなずいた。

 彼女の言う通り、大広間からここに至るまでの避難民の中に、軍人と思われるような人物は見当たらなかった。


「そもそも、国王不在とはいえこの状況で王国軍が動いていないのも変じゃないですか? ワットさんも、さきほどのマダムも、外部から助けが来るまで動けないと言っていましたけど……《白》の襲撃を受けた直後だというのは知っていますが、国軍兵に死者は出ていないと聞いています。

正直、たかが盗賊に一国の軍隊が何もできないとは考えにくいのですが」


 ポールは顎に手を当てながら淡々とそう語った。ワットの表情がだんだんと暗くなっていくことにカリビア達3人の誰もが気が付いた。


「それは、そうですね……。不思議に思うのも無理はないです。実際に見てもらったほうが早いかもしれませんね……。

王国軍の皆さんは、ご無事です。大きな怪我を負った人もいません。《白の女王》は本当に王様以外の人に興味もなかったようで、軍人さん達は全員この就寝部屋にいるはずです」


 そう言うと、ワットは静かに男性部屋のドアを開いた。



 ――諦観。

 そこに広がっているのは途方も無い諦めと無気力だった。


「ハッ、心が先に死んだか……」


 リンランの乾いた笑いだけがその空間に響き渡った。


 そこに居たのは軍服に身を包んだ男達。体育館程の広さの部屋にざっと百人程居るだろう。服の上からでもわかる体格、たくましい体つきは彼ら1人1人がよく訓練された兵士であることを物語っている。


 しかし、彼らの纏う空気は重く苦しかった。

 力無くベッドに横たわっている者、壁に寄りかかって座り込み俯いている者。彼らの顔からは生気が抜け落ちており、とても人の前に立って戦うことができる様子では無かった。


 彼らはその大部屋を見て回るカリビア達を一瞥したが、特に興味を見せずまた俯いてしまう。ただ1人、他の軍人より装飾の多い軍服に身を包む口髭を巻いた男が誰よりも綺麗な姿勢で立ち、しかしやつれた顔でカリビア達の方へと歩いて来た。


「……やぁ、ワット君。

こちらの、ええっと……、個性的な人達は?」


「カリビアさん、ポールさん、リンランさん。

旅の人達です。こちらのシェルターに避難してきたので紹介をと……」


「そうか、こんな時に訪れるとは災難だったね……。

私は『オスカー』という。まぁ、あまり関わることもないだろうが。よろしく頼む」


 オスカーという男は丁寧に礼をしたが、それ以上話すこともないという風にその場を離れようとした。しかし、カリビアは毅然とした物腰で彼に詰め寄り、30cm以上も背丈の離れた大柄なその軍人をまっすぐに見つめた。


「軍人さん。あなたの境遇を推し量れないほど私は浅薄じゃないわ。

この国に何があったか、あなたたちがどんな経験をしたかは人伝だけど知っている。それでも、人々は今、あなた達を必要としているはずでしょ?

あなた達を責めるつもりはないわ。でも私達もしごt……、――いえ、この国のためにできることが知りたいの」


 オスカーはくたびれた顔で、しかしその言葉に縫い付けられたかのようにカリビアを見つめた。

 やがて目を閉じて小さく溜息をついた後、重々しく口を開いた。


「……君の言う通りだ。国民が虐げられている中、背中を向けている軍人など恥晒し以外の何者でもないだろうね。

……足が竦むんだ、武器に触れるだけで。

脳裏にこびり付いた鮮明な記憶。あ(・)の(・)|者(・)が踵を鳴らす音。そして割れた大地が我々の武力の象徴であった機関戦闘車を呑み込んでいったんだ。世界最強だと信じて疑わなかった、我が軍の誇りを。

私の軍人としての矜恃は粉々に砕け、指の隙間から全て零れ落ちてしまった。残ったのは唯、敗北への恐怖だけだった。

たかが盗賊に怯え、暗い地下で縮こまる屈辱を一日中噛み締めていながらも、この手の震えは一向に止まらない。

我々にはもう、命を賭して戦える程の信念が残っていないのだ……!」


 オスカーは自身の震える手を見つめ、握りしめた。そして、今にも崩れてしまいそうな震える声で「すまない、許してくれ」とだけ言い残し、逃げるように立ち去った。


 ワットとカリビア達は暗く淀んだ空気に押し流されるようにその部屋を後にした。そして、誰もが俯いたまま最初に訪れた大広間へと戻っていくのだった。


 ◆


 シェルターの入口、大広間に戻ってきたワットとカリビア達の4人は大きな丸テーブルを囲んで座り、お茶を啜っていた。


「さてと、どうしたものかしら……」


 カリビアは頬杖のつき、指でトントンとテーブルを叩いた。


「やはり頭数の差が難点ですね。ジョンという男、かなりの数のならず者を従えているように見えます。僕達がこの国に訪れた時に襲ってきた連中も、氷山の一角と見るべきかと」


「はい、ポールさんの言う通りです。僕もカリビアさん達の来る前からずっと隠れて盗賊達の動きを観察していましたが、ジョンの配下の者はかなり大勢います。

カリビアさん達が最初に盗賊に出くわしたといった国の入口付近以外にも、国中いたる所に監視役のグループが幅を利かせていますから。

やはり、外部の支援を待つのが得策だと思います……」


「う〜ん……」


 外からの救助、つまり《ギルド》や《教会》が事態を収めてくれるのを隠れて待つ。それがワットの提案であった。しかし、それではカリビア達の依頼を解決した事にはならない。カリビアは腕を組んで唸る。

 残った方法は――


「リンラン。オスカーって男と部下の軍人達、どう思う?」


「……1匹1匹は盗賊共と大差無いな。だが、群れでの戦い方に精通している。目の前の餌を追うことしかできない野良犬と、狩りの方法を知る狼だ。戦争になるなら勝機は十分あるだろう。

まぁ、肝心の狼は牙が抜かれちまってるがな」


 テーブルに足を乗せて本を読んでいたリンランがそう答える。カリビアは決心したように息を大きく吐き、椅子から立ち上がった。


「オーケー。それじゃ、方針は決まりね」

「はい、皆さんには旅の道中申し訳ないですがしばらくこのシェルターに滞在して頂きたいです。僕は引き続き外を見回って、盗賊に襲われている生存者がいないか調査します」


「え? いや、軍人さんを引き連れてって盗賊共をブチのめそうって話だけど?」

「え?」


 きょとんとしたワットとカリビアがお互いに顔を見合わせた。


「い、いやいや。無茶ですよ! 第一、あの方々は戦えるような精神状態じゃなかったでしょう!?

彼らだって、戦えるのなら最初からそうしていたはずです!」


 ワットは驚いた勢いで立ち上がり、慌てた表情でカリビアを引き留める。しかし、カリビアは気にも留めず、持っていた海賊旗を肩にかけた。


「大丈夫よ。私に任せなさい。絶望の岬に錨を下ろしたままでいるのなら、鎖を断ち切って次の航海に出るのは船長(キャプテン)の役目でしょう?」


「それは、一体どういう……?」


 ワットの問い掛けに、行動で示してやろうと言うように、カリビアは威風堂々と歩き出す。

 そしてポールとリンランも、心配する事など無いと言った表情でそれに連なり、ワットは正反対の表情でそれを追いかけるのだった。


 ◆


 デフォイ王国の王国軍の兵士が滞在する相部屋。シェルター内の男性用寝室のドアが大きな音を立てて開かれる。勢いよく扉を開いたカリビアは、それすらも無視して塞ぎ込む兵士達の間を進み部屋の中央に立った。


「待ってくださいカリビアさん! 何を――」


 カリビアは海賊旗を掲げ、部屋中の人間に聞こえる程の大声で、叫んだ。


「兵士達よ! いつまで俯いているの? 《白》の畏怖にいつまで縛られてるつもり?」


「…っ!?」


 《白》という言葉に、俯いていたあらゆる兵士達がピクリと反応した。何名かは顔を上げ、カリビアの方をじっと見つめていた。


「この国は今、危機に瀕しているわ! 卑劣な盗賊の襲来によってこの国の美しい街並みは破壊され、善良で勤勉な国民達の汗の結晶は理不尽に奪い取られた。

青空の下を歩く事すらも叶わず、暗い地下で怯えながら暮らしている。愛する人と離れ離れになってしまった人もいるでしょう。母親に会うこともできずに1人で夜を過ごす子供もいるかもしれない。

思い出して! 貴方達が剣を握り、国に心臓を捧げた理由は何!?」


 カリビアは声を張り上げる。その声を聞く男達の表情は変わらず重く、暗い。

 しかし、部屋中の全ての人間にカリビアの声は確実に届いていた。槍のように鋭く、真っ直ぐな言葉の一つ一つが兵士達の心臓を確実に突き刺していた。


「わかっているわ。貴方達の負った傷は深くて重い。忠誠を誓った存在が脆く崩れ、惨めにも生き残ってしまった絶望、虚脱感。それが途切れること無く貴方達を蝕んでいる。

国を護る剣としての誇りが砕け散り、胸に穴が空いている様に苦しいでしょう。暗い海底に沈んで行くように、息ができない。見上げても見上げても希望の日差しは見えなくて、冷たくて、全てが堪らなく恐ろしい。そうでしょう?

だから……だから私が旗を掲げに来たの!」


 カリビアは手に持っていた海賊旗を目一杯に振りかざす。

 黒い下地に大きく描かれた真っ白な髑髏(どくろ)。部屋を照らす薄暗い灯りを反射したそれは、その部屋の何よりも輝いて見えた。


「私の名はカリビア・ゴールドラム。失意の荒波を打ち砕き、燦然と輝くこの国の夜明けへと舵を取る船長(キャプテン)! 今日これよりはこの旗が、貴方達の信念の象徴となり、揺るぎない勝利への羅針盤となる!

今一度奮い立て!

貴方達の日々の努力が培った力、欠かすことない訓練の積み重ねによって得た比類なき実力は、貴方達の身体に失われること無く残っている。 貴方達が互いを信じ抜いて、最後まで戦い抜くことが出来る戦友の証も、世界で最も誇り高きその軍服が示しているでしょう?

今こそ暗雲を断ち切る時だ!

この国を土足で踏み荒らす矮小な賊を一掃し、崇高で勇敢なこの国の守護者達の圧倒的な力を証明しろ!

さぁ、出航よ――! この旗に続く者は叫びなさい――!」


「おぉ……!」

「――叫べ!」

「「おぉ……!」」

「――まだだ!」

「「おおぉぉ!!」」

「――吼えろ!!」

「「うおおおおおぉぉぉ!!!」」


「決戦は1時間後! 私達はこの国にのさばる卑劣な盗賊を討ち倒し、この国の栄誉を取り戻す!!

今日の太陽が傾く刻、紅く広がる大空の下、私達は勝利の祝杯を交わすでしょう!!」


 部屋中の熱気を一身に受けると、カリビアの掲げる海賊旗はひときわ大きくはためいた。

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