黄金色に揺れる地平線
あの激動のヴェルサイユの夜から、数年の歳月が流れていた。
かつて暴動の血生臭い足音に震えていたフランス王国は、いまや驚異的な、そして世界で最も美味なる大復興を遂げていた。
マリー・アントワネットが中庭で掲げた、初代ジャネットの遺産――「ジャガイモ」は、宮廷菓子職人の長アントナン・カレームの監修のもと、瞬く間にフランス全土の畑へと普及していった。
「見てくださいな、ルイ! 畑一面が、可愛い薄紫色の花でいっぱいですわ!」
トリアノンの瑞々しい青空の下、二十代半ばとなったマリー・アントワネットは、プラチナブロンドの美しい髪に「ジャガイモの可憐な花」を編み込んだ髪飾りをつけ、満面の笑顔で夫を振り返った。
王妃が身にまとっているのは、あの日以来、すっかり彼女のトレードマークとなったシンプルな白いドレス。
彼女がこの花を身につけて以来、フランスの貴族や婦人たちの間では、ジャガイモの栽培と、その花をファッショントレンドにすることが大流行していた。
「ああ、本当に綺麗だね、マリー。……よし、この新型ギミックも、これで噛み合ったぞ」
その隣で、少しぽっちゃりとした大柄な体躯を誇る国王ルイ16世は、泥にまみれながら巨大な馬車の車輪をいじっていた。
彼は、マリーが考案したジャガイモケーキをフランス全土の貧しい地域へ、一秒でも早く、一切形を崩さずに届けるための「新型のサスペンション(バネ)と衝撃吸収車輪」を自ら開発していたのだ。
政治のドロドロから解放され、民を救うための「名エンジニア」として開花した王の垂れ目には、生気と民への深い愛が満ちていた。
「お兄様、お義姉様! パリの民衆の皆さまから、今年度の『大収穫祭』への招待状が届きましたわ!」
遠くからスカートの裾を揺らしながら、親友である義妹マダム・エリザベートが、嬉しそうに手紙を掲げて走ってくる。
あの日、王宮を包囲した民衆たちは、いまやマリーを「二代目の聖女様」と呼んで崇め、王室と民は固い絆で結ばれていた。
涙を流して改心したデムーランは、今や「王妃の真実の優しさ」を伝える御用ジャーナリストとしてペンを振るい、オルレアン公もまた、富の独占を止め、地方の開墾総監として大人しくクワを振るっている。
これこそが、マリーのお転婆な知恵がもたらした、飢えのない、最も優しいフランスの姿だった。
(『マリー・アントワネットの宮廷復興記』・完)




