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第25話 二人の門番と、勇者の資格

 二体の騎士が交差させた長剣を中心として展開した魔法陣は、広間の床だけではなく、壁や天井にまで複雑な紋様を浮かび上がらせた。赤と青の光が互いを侵食することなく空間を二分し、俺たちが下りてきた階段さえ見えない障壁によって閉ざされていく。迷宮が俺を奥へ誘っているのは間違いないが、誰でも通すつもりはなく、勇者として記録された何らかの条件を満たした者だけを選別しているらしい。


 探索者端末に表示された二体の推定危険度は、どちらもS級。それでも、放たれている魔力の総量だけなら、渋谷第三ダンジョンで戦った災害級魔物には及ばない。厄介なのは力ではなく、その構えだった。


 赤い騎士は剣先を僅かに下げ、右肩を前へ出している。青い騎士は半歩後方に立ち、剣を胸元で垂直に構えていた。


 どちらも、俺がアステリオンで学んだ王国剣術の型だった。


「どうして、その構えを知っているんですか?」


『記録されている』


『勇者と共に戦い、勇者によって滅ぼされた者たちの記憶が』


 返答の意味を考えるより早く、赤い騎士が床を蹴った。銀色の巨体は一瞬で視界から消え、次に姿を捉えた時には、長剣の切っ先が俺の喉元へ迫っている。純粋な速度だけでも現在の探索者基準なら最高峰に近いが、それ以上に、踏み込みから刺突へ移るまでの動作に一切の無駄がなかった。


 俺は《黒天》の腹で切っ先を滑らせ、剣の軌道を僅かに逸らした。赤い騎士は体勢を崩すことなく手首を返し、刺突を横薙ぎへ繋げてくる。回避先を限定するための連撃。その先には、すでに青い騎士が待ち構えていた。


 正面から迫る赤い刃と、背後から振り下ろされる青い刃。


 二体の攻撃には、互いの視界や間合いを完全に共有しているとしか思えないほどの連携があった。


『挟まれた!』


『二体とも動きが見えない』


『湊でも危ないんじゃないか?』


 浮遊カメラの向こうでコメントが加速する中、俺は《黒天》へ最低限の魔力を流し、正面の長剣を受け止めた。同時に左手を背後へ伸ばし、振り下ろされた青い騎士の刃を指先で挟み込む。


 二本の剣が完全に停止した。


 衝突による衝撃だけが遅れて広間を駆け抜け、床へ刻まれた魔法陣を激しく明滅させる。しかし、二体の騎士は驚きも恐怖も見せず、むしろ俺の反応を記録するように兜の光を強めていた。


「試しているなら、もう少し分かりやすくしてください」


『力は記録を上回る』


『されど、勇者の資格は力にあらず』


 二体が同時に後退した直後、魔法陣から無数の光景が立ち上がった。燃え落ちる城。逃げ惑う人々。魔物に包囲された兵士たち。そして、そのすべての中心に、光の剣を握る俺によく似た人影が立っている。


 だが、記憶の中の勇者は魔物ではなく、人間へ剣を向けていた。


『勇者は王を殺した』


『勇者は国を捨てた』


『勇者は仲間を置き去りにし、門を越えた』


 それは事実の一部だけを繋ぎ合わせ、意味を歪めた記録だった。


 俺は確かに王を斬ったことがある。魔王へ魂を売り、国民を生贄にしようとした王だった。戦場から撤退したこともある。目の前の一部を救うために全軍を失うより、生き残った者を連れて退くことを選んだ。そして帰還の瞬間、仲間を異世界へ残したことだけは否定できない。


 正しい選択だったと、今でも言い切れるわけではなかった。


「これが、俺を試す理由ですか?」


『記録の勇者は、救済者か』


『それとも、世界を渡る災厄か』


 青い騎士が剣を朱音へ向け、赤い騎士がユナへ切っ先を向けた。二人を殺すつもりはない。俺がどちらを選ぶのか、あるいは自分を守るために二人を切り捨てるのかを見ようとしている。


 俺は《黒天》を鞘へ戻した。


「湊?」


 朱音の声が背後から響く。


 武器を納めた俺へ、二体の騎士が同時に踏み込んだ。銀の長剣が左右から迫り、守ろうとすれば一方への対応が遅れるよう、完璧に時間を合わせている。


 それでも、選ぶ必要などなかった。


 俺は二人の間へ立ち、剣を抜かないまま両腕を伸ばした。赤と青の長剣をそれぞれ素手で掴み、刃へ込められた魔力ごと握り潰す。砕けた銀色の破片が光の粒となって舞い上がる中、二体の騎士の兜へ初めて明確な動揺が走った。


「勇者が誰かを選ぶ存在だなんて、誰が決めたんですか」


 すべてを救えるなどという傲慢さは、異世界でとうに捨てた。それでも、最初から誰かを切り捨てることを正解にするつもりはない。


「手が届くなら、両方助けます。届かないなら、届くまで強くなる。それが俺の知っている勇者です」


 広間に沈黙が落ちた。


 やがて青い騎士が剣の柄を手放し、片膝をつく。少し遅れて赤い騎士も同じ姿勢を取り、胸元へ拳を当てた。


『資格を確認』


『力ではなく、選択によって証明された』


 二体の背後にある巨大な門が、地の底を揺らしながらゆっくりと開き始めた。


 その向こうには、鐘を吊るした祭壇も、迷宮の主らしき怪物も存在しなかった。


 広がっていたのは、現代のダンジョンとは明らかに異なる、青い月に照らされた荒廃した城下町だった。


 そして遥か遠くに見える城の最上部で、一人の黒い人影がこちらを見下ろしていた。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

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