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第24話 S級迷宮の開門と、鐘を守る騎士

 探索者端末に表示された『暫定危険度S級』という文字は、単なる警告ではなく、迷宮そのものが別の存在へ変質したことを示す宣告のように見えた。階段を覆う赤黒い光はさらに濃さを増し、先ほどまで人工物に近かった黒い金属壁が、生き物の肉体を思わせる不規則な鼓動を始めている。俺が魔物たちを操っていた魔力の糸を断ち切ったことで、鐘の主は隠れることをやめ、この迷宮全体を使って俺たちを排除しようとしているのだろう。


 しかし、本当に俺だけを殺したいのであれば、配信回線を残しておく理由がない。現在も浮遊カメラは正常に作動しており、地上との連絡手段が断たれているにもかかわらず、コメント欄には外部からの情報が流れ続けている。協会は多摩第五ダンジョン周辺へ緊急封鎖区域を設定し、国内のS級探索者へ出動要請を出したらしいが、迷宮内部への転移も侵入も成功していないという。


 つまり、今ここにいる俺たちだけが、鐘の主によって選別されている。


「白銀さん、地上へこちらの状況は届いていますか?」


「映像と音声は届いているようです。ただ、こちらから特定の相手へ連絡することはできません。配信以外の通信だけが遮断されています」


「朱音さんは、あの鐘の位置を特定できますか?」


「正確な位置までは無理。でも、さっき魔物たちへ繋がっていた魔力の流れなら追えるわ。ここから真下ではなく、階段を下りた先の北東方向へ集中している」


 朱音は計測器を操作しながら、赤い線で表示された魔力経路を俺へ見せた。その線は複雑に枝分かれしながら迷宮全体へ伸びていたが、すべてを辿れば一つの大きな反応へ収束している。鐘の主が迷宮の核そのものであるのか、それとも核を奪って利用している存在なのかは分からないものの、少なくとも今まで遭遇した異常個体とは比較にならない規模の力を持っている。


 俺は床へ倒れた骸骨の騎士へ回復魔法を流し込み、青い核の状態を確かめた。魔力の糸を断ったことで赤黒い侵食は止まっているが、完全に消えたわけではない。鐘が再び鳴れば、今度は抵抗できずに自我を失う可能性もあった。


「お前たちは、ここから上へ戻れますか?」


『戻る道は閉じられた。だが、我らが共に進めば、再び主に操られる』


「それなら、この場所で待っていてください。鐘を止めるまでは、俺が障壁を張ります」


 俺は階段の壁と床へ魔力を流し、魔物たちを包む半球状の結界を構築した。異世界で避難民を魔王軍の攻撃から守るために使用していた術式であり、外部からの魔法や呪いを遮断することに特化している。迷宮全体が相手である以上、永遠に維持することはできないが、俺たちが鐘の主へ到達するまでなら十分に持つはずだった。


『なぜ、我らを守る?』


 骸骨の騎士の問いは、疑いというより純粋な困惑に満ちていた。勇者とは魔物を殺す者であり、自分たちは慈悲を受ける存在ではないと、流れ込んだ記憶によって思い込んでいるのだろう。


「話が通じる相手まで斬るつもりはありません。それに、この世界では俺も新人です。何が正しくて、何が敵なのかは、自分で確かめます」


 俺の返答を聞いた骸骨の騎士はしばらく黙り込み、やがて折れた剣を胸元へ当てながら深く頭を下げた。その動作はアステリオン北部で騎士が忠誠や感謝を示す際の礼に似ていたが、それも与えられた記憶から覚えたものなのか、それとも別の理由があるのかは分からない。


 結界を完成させた俺たちは、さらに深部へ続く階段を下り始めた。周囲の構造は進むたびに変化し、石造りだった壁は黒い金属へ、金属はやがて巨大な骨のような物質へ置き換わっていく。迷宮の危険度が上昇するという現象は、単純に強い魔物が出現することではなく、内部の環境そのものが高位迷宮へ再構成されることなのかもしれない。


 階段を下り切った先には、城門を思わせる巨大な扉が立ちはだかっていた。その両脇には全身を銀色の鎧で覆った二体の騎士が立ち、俺たちが近づくと同時に、地面へ突き立てていた長剣を引き抜いた。


 片方の騎士は兜の奥に赤い光を宿し、もう片方は青い光を宿している。姿形はほぼ同一でありながら、放たれる気配は正反対だった。赤い騎士からは獲物を殺そうとする敵意が伝わり、青い騎士からは俺を見定めようとする静かな意志が感じられる。


『勇者を確認』


『魂の波長、記録と一致』


 二体は流暢なアステリオン共通語で言葉を交わし、同時に剣を構えた。


『されど、聖剣を所持せず』


『加護も欠落している』


 俺は《黒天》を抜き、二人を背後へ下がらせながら騎士たちの動きを観察した。彼らは俺を勇者だと認識している一方で、何かを確認しなければ扉を開くつもりはないらしい。


「俺を知っているなら、鐘の主について教えてもらえませんか?」


『資格なき者に、主への道は開かれぬ』


『勇者であるならば、証明せよ』


 二体の騎士が剣を交差させた瞬間、広間全体を覆う巨大な魔法陣が起動した。端末には新たな識別結果が表示され、推定危険度は二体ともS級。さらに扉の奥からは、これまで鳴っていたものとは異なる、二つ目の鐘の音が響き始める。


 俺を呼んでいた存在は、まだこの先にいる。


 そして目の前の騎士たちは、俺を殺すためではなく、本当に勇者なのかを試すために剣を向けていた。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

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