第19話 人気配信者の恩返しと、専属鍛冶師の不機嫌
未登録ダンジョンから帰還した俺たちは、探索者協会本部で数時間に及ぶ事情聴取を受けることになった。
発見された先行調査隊は全員が命を取り留め、祭壇の番人を討伐したことでダンジョン内部の魔力濃度も安定し始めている。今回の調査は成功と判断され、俺たちには相応の報酬が支払われるらしいが、俺が気にしていたのは金額よりも、祭壇から現れた透明な結晶に映っていた黒い外套の人物だった。
俺を勇者と認識した番人。
異世界の終焉教団と酷似した紋章。
そして、俺たちが到着するより前に祭壇へ近づいていた何者か。
それぞれの情報は不気味ではあるものの、今の段階では一つの答えへ結びつけるには足りない。異世界から敵が追ってきたと断定するのも、この世界の誰かが異世界の知識を持っていると考えるのも早計だろう。だからこそ、協会には紋章と結晶の破片を詳しく調べてもらい、俺自身は普段の探索者活動を続けながら、似た痕跡が見つからないか注意することになった。
「普段の活動と言っても、湊はもう普通のF級探索者じゃないけどね」
協会本部の応接室で、朱音は俺の腰から外した《黒天》を作業台へ置き、刀身に付着した汚れを丁寧に拭いながら呟いた。
彼女は調査から戻って以降、ほとんど休むことなく剣の点検を続けている。外見上は傷一つないように見えるものの、本人にしか分からない僅かな魔力経路の乱れまで確認しているらしく、集中した横顔には特級鍛冶師と呼ばれるだけの厳しさが宿っていた。
「探索者カードにはF級と書かれていますよ」
「災害級魔物を斬って、未登録ダンジョンの魔物を百体まとめて倒すF級が、他にいると思う?」
「探せば一人くらいは」
「いないわよ」
朱音が呆れたように息を吐いた直後、応接室の扉が控えめに叩かれた。
「失礼します」
扉の向こうから姿を見せたのは、白銀色の髪を肩口で揺らす少女――白銀ユナだった。
渋谷第三ダンジョンで俺が助けた人気配信者であり、登録者数百五十万人を超える魔法系探索者。今日は配信時の戦闘装束ではなく、淡い色のワンピースに薄手の上着を羽織っているため、街中にいれば探索者よりも芸能人かモデルに見えるだろう。
ユナは俺の姿を見つけると、緊張していた表情を僅かに緩め、胸元で抱えていた紙袋を大切そうに持ち直した。
「天城さん、お時間をいただいても大丈夫でしょうか?」
「もちろんです。体調はもう?」
「はい。天城さんが助けてくださったおかげで、後遺症もありません」
彼女は俺の前まで歩いてくると、紙袋を両手で差し出した。中には有名店の菓子折りと、丁寧に包装された小さな箱が入っている。
「改めて、私と仲間たちを助けてくださって、本当にありがとうございました。これは全員からのお礼です」
「気にしなくてもよかったのに」
「私が気にするんです。あの時、天城さんが来てくれなければ、私は……」
言葉の途中で、ユナの表情に一瞬だけ影が落ちた。十体を超えるオークに囲まれ、魔力も尽き、仲間の安否さえ分からなかった時間は、彼女の中へ想像以上に深い恐怖を残しているらしい。助かったという結果だけで、死を覚悟した記憶まで簡単に消えるわけではない。
俺が何と声を掛けるべきか迷っていると、ユナはその弱さを隠すように微笑み、俺の手を両手で包み込んだ。
「だから、もう一度会いたかったんです。配信じゃなくて、ちゃんと顔を見て、お礼を言いたくて」
「無事なら、それで十分です」
「……そういうところです」
「何がですか?」
「何でもありません」
ユナは頬を染めながらも、俺の手をすぐには離さなかった。
その時、作業台の方から金属が強く擦れる音が響いた。
「朱音さん?」
「別に。刃の汚れが少し落ちにくかっただけよ」
朱音は《黒天》へ視線を落としたまま答えたが、先ほどまで滑らかに動いていた手は完全に止まっている。声も普段より僅かに低く、刀身を押さえる指先には必要以上の力が込められていた。
ユナも朱音の存在に気づき、俺の手から名残惜しそうに指を離す。
「御剣朱音さんですよね。《黒天》を造った特級鍛冶師の」
「あなたは白銀ユナ。湊に背負われながら配信された人」
「……その言い方には、少し悪意を感じます」
「事実を言っただけよ」
二人の間に流れた空気が、突然ダンジョン深部のように冷たくなった。
俺には、朱音がなぜ不機嫌になったのか分からなかった。もしかすると、剣の整備中に騒がしくしてしまったことが原因なのかもしれない。
「二人とも知り合いだったんですか?」
「今、知り合ったところよ」
「できれば別の形で知り合いたかったです」
朱音は《黒天》を鞘へ戻すと、立ち上がって俺のすぐ隣へ並んだ。その距離は普段より近く、肩が触れそうなほどだった。
「それで、人気配信者様はお礼を渡すためだけに来たの?」
「それもありますけれど、天城さんへ配信のコラボをお願いしたいと思っています」
「コラボ?」
「はい。今度は助けられるだけではなく、私が天城さんのお役に立ちたいんです」
ユナの青い瞳は真っ直ぐに俺へ向けられていた。その奥には恩返しという言葉だけでは説明しきれない、強い熱が宿っている。死の淵で差し伸べられた手を、彼女は単なる偶然として処理できなくなっているのかもしれない。
「駄目よ」
俺が答えるより早く、朱音が言い切った。
「どうして御剣さんが決めるんですか?」
「湊は《黒天》の実戦試験を優先する必要があるから。余計な配信へ付き合っている暇はないわ」
「でしたら、御剣さんも同行すればいいのでは? 私なら魔法で後衛支援もできますし、天城さんの負担も減らせます」
「私が同行するのは決まっているわ。専属だから」
「専属……?」
ユナの表情から、柔らかな笑みがゆっくりと消えていった。
代わりに浮かんだのは、置いていかれた者のような寂しさと、簡単には退くつもりがないという意志だった。
「それなら、なおさら私も行きます。天城さんに守られるだけの女だと思われたままでは、嫌ですから」
俺を挟んだ二人の視線が、見えない火花を散らす。
こうして俺の初めてのコラボ配信は、内容も日程も決まっていないうちから、すでに別の意味で危険なものになり始めていた。
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