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第18話 勇者を知る、名もなき番

『見つけたぞ、勇者』


 祭壇から響いた声を聞いた瞬間、俺は反射的に《黒天》の柄を握り締めていた。


 終焉教団の紋章に酷似した意匠と、俺を勇者と呼ぶ正体不明の声。二つの事実だけを並べれば、異世界で滅ぼしたはずの敵がこの世界にも存在していると考えたくなるが、焦って結論を出すべきではない。

 ここは日本に出現した未登録ダンジョンであり、魔物の性質も魔法体系も、俺が知るアステリオンとは異なっている。姿が似ているだけのゴブリンやオークに、異世界の知識を当てはめて何度も失敗したばかりなのだ。


「全員、祭壇から離れてください。何が起きるか分かりません」


 調査隊の面々が救出した先行部隊を抱え、神殿の入口へ後退していく一方で、朱音だけは俺の隣から動こうとしなかった。赤黒い光が広間を照らすたび、その顔には緊張が浮かんでいるものの、足取りに迷いは見られない。


「朱音さんも下がってください」


「《黒天》の状態に異常が出ているわ。刀身が、祭壇の魔力に反応してる」


 視線を落とすと、確かに《黒天》へ刻まれた青白い紋様が、俺の魔力を流していないにもかかわらず脈打つように明滅していた。黒竜の牙と心臓核から造られた剣が何に反応しているのか、製作者である朱音にも分からないのだろう。彼女は腰の計測器を操作しながら、祭壇と剣の双方へ鋭い視線を向けていた。


『勇者。魔王を殺した剣を持たぬ者。異なる器を手にした、迷い人』


 途切れ途切れに響く声には、先ほど感じた明確な意思がなかった。誰かが遠方から語りかけているのではなく、俺の存在へ反応して、あらかじめ刻まれていた言葉を再生しているようにも聞こえる。


「俺を知っているのか?」


『勇者は剣を振るう。勇者は王を殺す。勇者は門を開く』


「質問に答えていませんね」


『勇者は――喰らわれる』


 最後の言葉と共に、祭壇の表面が大きく隆起した。


 赤黒い蔦が絡まり合い、人間に似た上半身を形作っていく。顔には目も鼻もなく、胸部には祭壇と同じ紋様が刻まれており、両腕の先端は刃のように細く尖っていた。


『識別結果、ガーディアン型魔物』


『推定危険度B級』


『さっきまで反応がなかったぞ』


 調査隊が使用している計測機器から情報が共有され、離れた位置から隊長の声が飛んでくる。


「天城、そいつは祭壇を守る番人だ! 会話が成立しているように見えるが、魔物が記録された音声を発しているだけかもしれない!」


「俺もそう思います」


 少なくとも、この魔物が終焉教団の生き残りであると断定できる材料はない。俺を勇者と呼んだ理由も、祭壇へ触れた際に流れ込んだ魔力や、俺自身に残っている何らかの性質を読み取っただけかもしれなかった。


 番人が動き出すと、その両腕から赤黒い刃が伸び、足元の石床を削りながら俺へ迫ってきた。速度そのものはA級探索者でも対処できる程度だが、刃の表面には触れた魔力を吸収する薄い膜が存在している。俺が試しに小さな魔力弾を放つと、光は刃へ触れた瞬間に形を崩し、そのまま番人の体内へ呑み込まれた。


「魔法を吸うのか」


「湊、《黒天》にも同じ反応が出てる。あれに魔力を奪われ続けたら、剣の内部構造まで侵食されるかもしれない」


 朱音の警告を受け、俺は《黒天》へ流す魔力を最小限に抑えた。力押しで消し飛ばすことは簡単だが、未知の相手に対して毎回最大火力を使っていれば、能力も弱点も調べられない。何より、祭壇そのものを破壊すれば、この遺跡について得られる情報まで失われる可能性がある。


 番人が右腕を振り下ろした瞬間、俺は刃を紙一重で避け、その懐へ滑り込んだ。魔力を吸収するのが表面の膜だけなら、吸収し切れないほど強い攻撃をぶつける必要はない。魔力を使わず、純粋な剣速と技術だけで核を断てばいい。


 俺は番人の胸部へ刻まれた紋様を見据え、《黒天》を最短距離で振り抜いた。


 漆黒の刃が赤い紋様を正確に通過し、番人の動きが止まる。遅れて上半身が左右へ崩れると、祭壇へ繋がっていた蔦も力を失い、乾いた砂のように崩れ落ちていった。


「魔力を使わずに倒したの?」


「剣術だけなら、吸収されませんから」


 朱音が呆れと感心の入り混じった表情を浮かべる中、俺は完全には破壊されていない祭壇へ近づいた。先ほどまで赤黒く輝いていた紋章は色を失っていたが、その中央には小さな透明の結晶が残されている。


 結晶を持ち上げると、内部へ一瞬だけ映像が浮かんだ。


 暗い場所を歩く、黒い外套の人影。


 その手には、この祭壇と同じ紋章が刻まれた石板が握られている。


 しかし顔や場所を確認するより早く映像は途切れ、結晶も音を立てて砕けてしまった。


「今の人間は……」


 このダンジョンが自然に生まれたものではなく、誰かが祭壇を設置した可能性がある。だが、それが異世界の存在なのか、この世界の人間なのかはまだ分からない。


 分かったのは一つだけだった。


 俺以外にも、この紋章と勇者という言葉を知る何者かがいる。


 そしてそいつは、俺がこのダンジョンへ来るより前に、ここを訪れていた。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

このお話が少しでも面白いと感じていただけたら、ぜひ「♡いいね」や「ブックマーク」をしていただけると嬉しいです。

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