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第16話 未登録ダンジョンと、勇者の背中を追う少女

 東京都西部の山間部に出現した未登録ダンジョンは、周囲を覆う深い森そのものを拒絶するように、切り立った岩壁の中央へ不自然な裂け目を開いていた。

 入口から漏れ出す赤黒い魔力は朝霧を内側から染め上げ、近くに生えていた木々は幹を捻じ曲げたまま枯れ果てている。迷宮の影響範囲を示すために設置された計測器は、俺たちが到着した時点ですでに警告音を鳴らし続けており、周囲には探索者協会の職員や自衛隊員が慌ただしく行き交っていた。


 今回編成された特別調査隊は、A級探索者を中心とした六人で構成されている。大盾を扱う防御役、二人の魔法使い、斥候、回復役、そして隊長を務める槍使い。誰もが数多くのダンジョン攻略を経験した精鋭らしく、装備にも立ち居振る舞いにも新人とは比較にならない練度が滲んでいた。


 その中で、いまだF級探索者である俺と、戦闘職ですらない朱音が並んでいる光景は、事情を知らない者から見れば場違いに映るだろう。


「本当に同行させるんですか?」


 大盾を背負った男が、朱音へ疑わしげな視線を向けた。


「御剣さんが特級鍛冶師なのは知っています。しかし、今回は観光ではありません。先行部隊との連絡が途絶えている以上、内部にはA級以上の魔物が存在する可能性があります」


「私も危険性は理解しているわ。それでも、《黒天》に異常が発生した場合、現場で整備できるのは私だけよ」


「だが――」


「彼女の安全は俺が守ります」


 俺が間へ入ると、男は口を閉ざした。昨日までならF級探索者の発言など一笑に付されていただろうが、渋谷第三ダンジョンでの配信を見た者にとって、俺が守るという言葉は無視できない重みを持っているらしい。


 朱音は少しだけ目を丸くしたあと、俺の隣へ一歩近づいた。


「随分簡単に言うのね」


「同行を認めた以上、当然です」


「私が足手まといになるとは思わないの?」


「戦えない人を守りながら戦うことには慣れています。それに、朱音さんは無意味に危険へ飛び込む人ではないでしょう」


 好奇心のためなら危険を顧みない部分はあるものの、自らの技術が必要とされる場所を見極める冷静さも持っている。昨日会ったばかりではあるが、《黒天》を扱う時の朱音を見ていれば、それくらいは分かった。


「……そういうことを、普通の顔で言うのはずるいと思う」


「何か言いましたか?」


「何でもないわ」


 朱音は顔を逸らし、腰に取り付けた工具袋を確かめ始めた。耳が僅かに赤くなっていたが、寒さのせいだろう。


 調査隊長から簡単な作戦説明を受けた後、俺たちは赤黒い裂け目の内部へ足を踏み入れた。外から見た入口は狭かったにもかかわらず、境界を越えた瞬間、視界の先には巨大な地下空間が広がっている。天井は見えないほど高く、紫色の結晶が星のように点在し、眼下には黒い森と崩壊した都市のような遺跡がどこまでも続いていた。


 自然発生した迷宮ではない。


 それを理解した途端、異世界で魔王軍の拠点へ潜入した時の記憶が、錆びついた刃のように胸の奥を掠めた。


「ここは……ダンジョンというより、別の空間ですね」


 魔法使いの女性が呟くと、調査隊長が険しい顔で周囲を見渡した。


「先行部隊の発信機は、遺跡の中央部から反応している。まずはそこへ向かう。ただし、魔力濃度が異常に高い。各自、防護装備を――」


「待ってください」


 俺は隊長の言葉を遮り、《黒天》の柄へ手を置いた。


 黒い森の中から、何かがこちらを見ている。数は五十を超え、そのすべてが息を潜めながら包囲を狭めていた。異世界の魔物とは気配が異なるため種類までは特定できないが、人間を獲物として認識していることだけは明確だった。


「囲まれています」


「斥候からは報告がないぞ」


「地面の下です」


 俺が告げた直後、足元が大きく隆起した。


 黒い土を突き破り、巨大な百足に似た魔物が次々と姿を現す。鋼鉄のような外殻に覆われた体は一体だけでも十メートルを超え、赤い複眼が侵入者たちを映しながら、不快な金属音を響かせていた。


「全員、陣形を組め!」


 隊長の号令と共に調査隊が動き、防御役が前へ出て魔法使いたちが詠唱を始める。しかし、地面の振動は収まるどころか増しており、周囲の森から現れた個体まで含めれば、すでに百体近い群れへ膨れ上がっていた。


「多すぎる……!」


「撤退経路を確保しろ!」


 精鋭たちの間へ緊張が走る中、俺は朱音を背後へ下がらせ、《黒天》を鞘から抜き放った。漆黒の刀身に刻まれた紋様が青白く輝き、流れ込んだ魔力を歓喜するように呑み込んでいく。


「朱音さん。剣の実戦試験を始めても?」


「壊したら許さないわよ」


「壊さないために、あなたが来たんでしょう?」


 俺が笑うと、朱音は一瞬だけ驚いたあと、不敵な笑みを返した。


「ええ。だから遠慮せず、あなたの本当の剣を見せて」


 その言葉に応えるように、俺は《黒天》を水平に構えた。剣へ流す魔力は、渋谷第三ダンジョンで災害級魔物を倒した時よりも遥かに少ない。それでも、放たれた圧力だけで周囲の魔物たちは動きを止め、本能的な恐怖に外殻を震わせ始める。


 百体いようと関係ない。


 守るべき者が背後にいる限り、俺の剣が届く範囲で命を奪わせるつもりはなかった。


「剣技――月輪」


 振り抜かれた《黒天》から放たれた斬撃は、青白い巨大な環となって地面すれすれを駆け抜けた。黒い森を傷つけることなく、調査隊の間を正確に通り抜けながら、包囲していた百体近い魔物だけを一瞬で両断していく。


 遅れて響いたのは断末魔ではなく、巨大な外殻が次々と地面へ崩れ落ちる重低音だった。


 静まり返った地下空間で、調査隊の全員が言葉を失う中、朱音だけが俺の背中を見つめながら、嬉しそうに《黒天》の共鳴音へ耳を澄ませていた。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

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