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第8話 弱き剣士と銀星の少女 銀の星、剣の影


ふたりは、訓練所の壁際の、低い段に並んで腰を下ろした。


竹の水筒を回し飲みする。

ぬるいけれど、汗をかいたあとの水は、不思議とよく口になじんだ。


ステラは、両手の指を、おそるおそる開いたり閉じたりしている。


「わたしの手、いま、ちょっと、震えてます」


「振ったあとは、しばらくそうなります」


「あー……、こういうものなんですね」


ステラは、しみじみと、自分の手のひらを眺めた。

そして、ふと、横のカゲトを見た。


「カゲトさん」


「はい」


「さっき、本気で言ってる、って言ってましたよね」


「はい」


「私、剣の才能、ありますか」


ステラの問いは、とても素直だった。

自慢でも、謙遜でもない、ただ、自分のことを正しく知りたい、という声だった。


カゲトは、しばらく、自分の足元の砂を見ていた。

それから、慎重に、こう答えた。


「ある、と思います」


「ふうん……」


「たぶん、僕より、あります」


ステラは、瞬きを忘れたみたいに、彼を見た。


「えっ、そんなことは」


「いえ、たぶん、です。腕の長さも、肩幅も、ステラさんのほうが、僕より広いんです」


「えっ、そう、ですか?」


「気づいてなかったですか」


「だ、だって、男の人のほうが大きいって、なんとなく、思って……」


「僕は、ふつうの男の人より、ずっと小さいです」


「あ……」


ステラは、ようやく、何かに気づいたように、口を小さく開けた。

それから、悪いことをしてしまったみたいに、目を伏せた。


「ごめんなさい、私、なんか、失礼なこと、言ったかも」


「いえ、事実です」


「で、でも、カゲトさん、ぜんぜん弱そうに見えないです」


「弱そうに見えないように、剣を振ってきたから、です」


ステラは、しばらく、その言葉を、静かに飲み込んでいた。

それから、彼の横顔をじっと見つめた。


風が、訓練所の梁の隙間から、ふっと吹き込んできた。

床の砂が、軽く舞い、すぐにまた静まった。


「……それ、すごいことだと、私、思います」


ステラは、ぽつりと言った。


「弱い身体で、それを覚えるって、たぶん、ふつうじゃ、ないです」


「ふつうじゃ、ないですか」


「ええ、まったく、ふつうじゃないと、思います」


彼女は、そう言ってから、ふと、自分の手のなかの木剣を見下ろした。

壁に立てかけた剣ではなく、汗の湿りが残ったままの、たったいま振り終えた、自分の剣を。


「ねえ、カゲトさん」


「はい」


「もし、私が剣の才能があるとしても、それは、たぶん、私の力じゃないと思います」


「と、いうと」


「カゲトさんが、最初に、丁寧に教えてくれたから、です。腕じゃなくて、足で振るって、ちゃんと言ってくれたから、その通りに出来ただけ、なんです」


ステラは、自分の言葉を確かめるように、ゆっくり言った。


「だから、もし才能があるとしても、それは、半分くらいは、カゲトさんから貰ったものです」


カゲトは、ふと、自分の喉のあたりが、すこし詰まるのを感じた。


「半分も、貰ってないですよ」


「貰ってます」


「……そうですか」


「そうです」


ステラは、頑固に、そう言い切った。


そう言われて、カゲトは、何故だか、すこし、泣きそうになった。

泣くほどのことではないのに、と、自分でも思った。

けれども、泣きそうな気持ちは、たしかに、胸の奥で、淡く揺れた。


彼は、それを悟られないように、すこしだけ顔の向きを変えて、訓練所の天窓を見上げた。

板葺きの隙間から、朝の光が、いつのまにか、まっすぐに差し込んでいた。


陽の角度から見て、もう、朝の早い時間ではない。

そろそろ、訓練所も、人で混み始める頃だ。


「……次の街へ行く前に、また、何回か、ここで練習しましょう」


「はい」


「ステラさん専用の、軽い剣も、買っておきましょう。杖と一緒に、背負えるくらいのもの」


「あ、それ、嬉しい、です」


「ただし――」


カゲトは、そこで言葉を切って、ちょっとだけ、いたずらっぽく笑ってみせた。


「使うのは、最後の最後、です。詠唱が間に合わない、本当に最後のときだけ」


「はい。ぜったい、それまでは抜きません」


「いい、お返事です」


ステラは、ふふっ、と笑った。

それから、銀色の睫毛を伏せて、ぽつりと付け加えた。


「でも、わたし、剣を握れるって、思っていなかったから……、嬉しいです」


そう言うステラの横顔に、上から差し込む朝の光が、ちょうど落ちていた。


銀色の髪は、白に近い色合いで、柔らかく光っていた。

頬には、まだ、汗のあとがうっすら残っていた。


彼女は、剣を握っているのに、なお、彼女のままだった。

それが、なぜか、カゲトには、ひどく救いのある事実に思えた。


弱い身体で覚えた剣の影に、いつの間にか、もう一つ、銀色の影が重なろうとしていた。


それは、嫉妬とは、ちがった。

むしろ、見習いの札が銅に変わったあの瞬間と、よく似た感じだった。


――変わってない、のに、変わった気がする。


そんな朝だった。


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