第3話 弱き剣士と銀星の少女 街道のひと月
それから、二人は、ファールスを拠点に、いくつか小さな依頼を受けた。
ふたつめは、行商人の護衛だった。
隣村まで荷馬車で半日。野盗が出るほどの街道ではないけれど、若い護衛がふたりついていれば、それだけで荷主は安心する。
依頼主は、小麦と糸玉を運ぶ気のいい男で、出発のときに「お、若いの。そっちのお嬢さんは魔法使いか。豪勢だなあ」と笑った。
ステラは少し顔を赤らめて、無理に笑い返した。
道中は、何事もなかった。
風が気持ちよくて、ステラが時々鼻歌を口ずさんだ。
「家にいるとき、よく祖母が歌ってくれた歌で」
そう照れたように説明した。
カゲトには知らない曲だったが、なんとなく、聴いていると胸の奥が温かくなる種類の歌だった。
夕方、隣村に着くと、商人は木の樽から取り出した干し葡萄を、おまけに少しくれた。
「いい二人組だな。また頼むわ」
帰り道、銅貨を勘定しながら、ふたりは初めて声を揃えて笑った。
依頼でもらった金で、夕飯にいつもより少しだけ高い肉を頼もう、という相談がまとまったからだった。
三つめは、街外れの畑荒らしの獣退治だった。
正体は、人間の子供ほどの大きさの、灰色の野犬だった。
群れではなく、一頭だけ。たぶん、ねぐらを失って迷い込んだのだろう。
「魔法、当てられそう?」
「……たぶん、たぶんですけど」
ステラが小さな杖を構えると、その先に、淡い光の弾がふっと結晶のように生まれた。
それは、撃ち出される前に、一度ぱちりと弾けた。
ステラが、悲鳴に近い声を上げた。
「あっ、暴発、ごめんなさい!」
野犬は驚いて飛び退いたが、すぐに姿勢を低くしてカゲトに向かってきた。
それは、思ったより速くなかった。
あるいは、カゲトの目には、はっきりと、それが速くなかった。
彼は半歩だけ、踵を後ろに引いた。
野犬の前足が宙を切り、横を通り抜ける瞬間、カゲトの剣の腹が、ぽん、と相手の鼻先に触れた。
それだけで、野犬は意外なほど大袈裟に転んで、四肢を空に向けて、しばらくきょとんとしていた。
「……あれ」
ステラが、ぽかんと口を開けていた。
「え、っと、もう、終わりですか」
「あ、たぶん。怪我もないし、追っ払えたから」
野犬は、しばらく頭を振ってから、こちらを恨めしそうに見て、森の方へ駆け去っていった。
畑には踏み荒らされた跡が残っているだけで、もう来ない気がした。
ステラは、ようやく息を吐いて、深く頭を下げた。
「ごめんなさい、私の魔法が、ぜんぜん」
「いえ、暴発で驚いてくれたから、こっちが楽でした」
ステラは、ぽかんとしてから、ふっと目を伏せた。
「……それ、慰めですか?」
「半分くらいは、本当です」
ふたりは、また笑った。
笑いすぎて、依頼主の畑のまんなかに座り込んでしまうほどだった。
四つめの依頼は、街の中の迷子探しだった。
母親が泣きそうな顔で、ギルドに駆け込んできたのだ。
六つの女の子で、市場の人混みではぐれてしまったらしい。
マリエルは即座に依頼書を起こし、近くにいた冒険者数人にも声をかけた。
そして、
「カゲトくん、ステラちゃん、街には慣れてきたわよね? 子供の目線で考えてみて」
と、二人に小さく頷いてみせた。
ふたりは、まず噴水のあたりを当たってみることにした。
ステラが「私だったら、人混みより、水の音のほうに行きます」と言ったからだ。
そして、本当にそこにいた。
石造りの噴水の縁にちょこんと腰かけて、足をぶらぶらさせながら、自分の靴を見ていた。
「あなた、お母さんが探してるよ」
ステラがしゃがんで目線を合わせると、女の子はびっくりした顔で、それからこくんと頷いた。
「靴ひもが、ほどけて。むすべないから、ここにいた」
ステラは、迷うことなく女の子の前に膝をついて、靴ひもを結んだ。
「結べるようになるまで、お母さんに何度も結んでもらってね」と言いながら。
カゲトは、その光景を、少しだけ離れたところから眺めていた。
ステラの背中がやけに小さく見えて、それでいて、不思議に大きく見えた。
ギルドに連れて行くと、母親は泣きながら娘を抱きしめた。
マリエルがふたりにウインクをした。
「四つ目、合格。あと一つ、いい依頼があるのよ」




