第2話 弱き剣士と銀星の少女 薬草の依頼
翌朝の空は、淡い金色だった。
宿の窓から差し込む光に、カゲトはほとんど寝たことを思い出せないまま目を覚ました。
それでも、不思議と身体は重くない。
知らない天井、知らない街。それなのに、足が、確かに前に進みたがっている。
ギルドの扉を押すと、もう日中の依頼を漁る冒険者たちで賑わっていた。
新人ふたりにとっては、まだ少し気後れする空気だ。
「あ、来た来た。おはよう、ふたりとも」
受付の女性は、昨日と同じ柔らかな声で迎えてくれた。
栗色の髪を後ろでひとつにまとめ、襟元を整え直しながら笑う。
「私はマリエル。ふたりがちゃんと仕事ができるか、しばらく見届ける係。よろしくね」
「よろしくお願いします」
声が、ほぼ同時に揃った。
カゲトとステラは互いを見て、ほんの少しだけ照れたように目を逸らした。
マリエルはその様子を眺めて小さく笑い、一枚の依頼書を差し出した。
「最初の依頼は、薬草採取。街道沿いの森の浅いところに、ヒソップ草が群生してるの。葉が三枚ひと組になってる、青みがかった草ね。十束、午後までに持ってくる。報酬はふたりで銅貨四十枚」
ステラが、依頼書をのぞき込んで、ゆっくりと頷いた。
「……森って、深くは入らなくていいんですよね」
「うん、街道から外れずに済む場所。たまに小さな獣が出るくらいだから、ふたりなら大丈夫」
マリエルはそう言ってから、付け足すようにこちらを見た。
「カゲトくん、剣の手入れはしてあるわね?」
「はい、毎日」
「いい返事」
彼女はそれだけを言って、笑った。
街の北門を出ると、空気が一段、清くなる気がした。
風はまだ少し冷たくて、葉先の露がちらちらと光る。
街道の脇には、名も知らない黄色い花がぽつぽつと顔を出していた。
鳥の鳴き声が、村にいた頃と同じだったり、ちがったりする。
ふたりは、しばらく無言で歩いた。
「……えっと」
ステラのほうが、先に口を開いた。
「なに、話しておいたほうがいいこと、ある気がして」
「えっ、あ、はい」
「私、まずですね、魔法は使えるんです。一応」
「はい」
「ただ、その……上手く制御できなくて、思ったより強く出たり、まったく出なかったりします」
ステラは銀色の髪を耳にかけながら、申し訳なさそうに俯いた。
「祖母が亡くなってから、急に魔力が増えてしまって、自分でも驚いてます。だから、近くにいるときは、少しだけ気をつけてもらえると、たすかります」
「あ……はい。気をつけます」
カゲトは慎重に頷いてから、自分のことも言わなければと思った。
「僕は、その、力がなくて。剣も、あんまり重いのは振れません。あと、走るのも遅いです。ご飯もあんまり多くは食べられないし、寒いと咳が出ます」
「ふふっ」
ステラが、たまらず吹き出した。
それから、急に顔を赤くして、両手を振った。
「ご、ごめんなさい、笑うつもりじゃなくて。ただ、一気に聞かされたから、つい」
「いえ、僕も……自分で言ってて、なんだか少し可笑しかったです」
そう言ったカゲトの口元も、知らないうちに緩んでいた。
風が、ふたりの間を、ふっと吹き抜けていった。
森の浅いところは、思ったより明るかった。
木洩れ日が斑に落ちて、苔の上で揺れている。
ヒソップ草は、依頼書の絵のとおりだった。
葉が三枚、ちょうど鳥の足のように開いていて、青みがかった緑が、薄暗い苔の上ではっきりと目に飛び込んでくる。
「あ、これ、です」
ステラが屈んで、慎重に一本だけ摘んだ。
「根は残しておくんです。たぶん。そうしないと、来年生えてこないから」
「詳しいんですね」
「祖母が、薬の本を読ませてくれました。子供の頃、外に出られない日が多かったので」
ステラは少し懐かしそうに目を細めた。
それから、ふと思い出したように顔を上げた。
「カゲトさんは、剣のお話、しますか?」
「あんまり、人にできるような話は……」
「私、聞きたいです。だって、これからしばらく、いっしょに仕事をする人なので」
そう言われて、カゲトは少し迷ってから、口を開いた。
「最初は、自分のために覚えた剣でした。村で、誰にも頼れなくて、ひとりで生きていくにはどうしたらいいか、考えて」
「うん」
「力が要らないように、無駄をぜんぶ削って。最短で動いて、最小で当てる。そういうのを、ずっと考えていたら、だんだん形になりました」
ステラは、薬草を摘む手を止めて、彼の話を聞いていた。
聞きながら、何度かゆっくりと頷いた。
「……それ、すごいと思います」
「いえ、そんな」
「いえ、本当に。誰も助けてくれない時に、自分で考えて、自分で形にしたって、ものすごいことだと思います」
言われ慣れない言葉だった。
カゲトは口の中で「ありがとうございます」と小さく呟いて、それから、何か恥ずかしくなって、急いで草の方に屈み込んだ。
森の中は静かで、風と、鳥と、ふたりの息の音しか聞こえなかった。
十束を集め終えるころには、午前の光が、葉の隙間から斜めに射し込むようになっていた。
ステラの銀色の髪が、その光の中で、淡くゆらめいた。
「これで、十束ですね」
「はい。たぶん、ぴったり」
「もう少しだけ多く採っておきますか? 依頼の人、喜んでくれるかも」
「あ……それ、いいですね」
ふたりは、二束ほど多く採った。
依頼で要求されているわけでもないのに、なんとなく、そうしたかった。
そして、街道へ戻る道の途中、ステラがふいに足を止めた。
「カゲトさん」
「はい」
「あの、ありがとうございます」
「えっ、なにがですか」
ステラは、少し困ったように笑った。
「初めての依頼が、こんな静かな日でよかったって、思って。ひとりじゃなくて、よかったです」
カゲトは、なんと答えていいか分からず、しばらく言葉を探した。
「……僕も、です」
出てきた言葉は、それだけだった。
それでも、ステラは満足したように頷いた。
戻り道、ふたりの影が、街道の土の上にすこし長く伸びていた。




